テニスとともにマスクにも語らせた大坂なおみ選手の強さに、わき起こる支持と尊敬の嵐!
USオープンで2年ぶり、2度目の優勝を果たした大坂なおみ選手。暗い話題が多い今だからこそ、久しぶりにエキサイティングで明るい気分にさせてくれた彼女に、私も「ありがとう!」と心底思いました。
大坂選手が今大会、試合ごとに違う名前を明記したマスクをつけて登場したことは記憶に新しいと思います。警官の過剰な暴力によって命を落とした犠牲者の方たちの名前を記したマスクを、決勝戦までの試合の数だけ用意し、「7枚すべてのマスクをつけて出たい!」「警官の過剰な暴力によって命を落とした黒人の名前を知ってもらうことで、今起きていることに関心をもってもらいたい」という強い思いも、きっと彼女を優勝へ後押ししたに違いありません。
大坂なおみ選手が初戦に登場したときから毎日、つけているマスクには違う名前が。写真のマスクのその人、ブレオナ・テイラーさんは、自室にいて間違って警官に撃たれて亡くなった。全米オープン終了後、事件の裁判があり、12億円の賠償金が彼女の遺族に支払われ、市による警察改革も進める、という判決が出された 写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ
大坂選手のアクションを支えたのは、大会を運営するUSTA(全米テニス協会)の動きです。今大会の開始に先立ち、「Be Open」というキャンペーンを発表。「他者への敬意を育み、人種的不公平、男女平等、LGBTQの擁護などの緊急の社会問題に光を当てるため」に、「心を開く」と表明したのです。
実際、準決勝の試合後には、マスクに名前が載った犠牲者の遺族から大坂選手へのビデオメッセージが公開され、優勝後のコートでのインタビューでもマスクが話題に上るなど、大坂選手のアピールを大会も応援。USTAの価値観を体現するアクションとして支持され、温かく迎えられました。
優勝後、アメリカのメディアもこぞって彼女の行動を支持する記事を出しました。13日付けニューヨークタイムズのスポーツ面のタイトルは、「コートの内外でアクティブな大坂がオープンで優勝」。世界で最もタフなテニスプレイヤーというだけでなく、最もやっかいな社会問題に取り組んだと評価しています。CNNも、「大坂なおみはマスクで、人種的不公正に対する注意喚起を盛り上げた」というタイトルの報道をしました。そして、9月23日には、米『TIME』誌が選ぶ、「世界で最も影響力のある100人」にも選ばれて話題に。「今起きていることに関心をもってほしい」という大坂選手らの希望はかなったといえるでしょう。
「マスク、それヤバいでしょ?」だったアメリカ人ならではの新しい「使い道」の拡がり
ところで、アメリカでの「マスク」への認識は、日本とはかなり違うことをご存じでしょうか。日本では、マスクは病気の感染および感染させることを防ぐための手段として、長年使われてきましたが、アメリカでは、コロナが広まり始めた3月までマスクをしたことは生まれてこのかた一度もなかった人がほとんどでした。マスクは「すでに病気にかかっている人がするもの」というイメージが強く、日本の感覚でマスクをして歩くことは、アメリカではむしろとても奇異なことのように見られていました。
それが、コロナで状況が一変! 3月下旬以降、アメリカでも瞬く間にマスクが普及したのですが、その暗いイメージを塗り替えたい思いもあるのでしょうか? キャラクター付きやカラフルな色柄、ユーモラスなデザインなど、さすがアメリカ!という感じの遊び心のあるマスクがどっと出現。あちこちで見られるようになりました。
そうした動きの中で、メッセージを伝えるツールとしてマスクが使われるようになってきたことは興味深いです。黒人差別だけではありません。たとえば、アメリカの大統領選挙まであと1ヶ月半と迫る今、目立つのは、「VOTE」(投票)のメッセージ付きマスク。いろいろなデザインで出てきています。
こうした動きの背景にあるのは、ここ数ヶ月の人々の意識の高まり。社会問題に対する意見を発信することがよりよい社会をつくるという考えが、以前にも増して広がっています。その動きは、ファッション業界でも強まっています。
そうした空気の中、9月13日から17日まで開かれた、2021年春夏ニューヨークファッションウイーク。今回のコレクションは、ほとんどデジタルのみで行われましたが、唯一リアルでランウェイを行った人気デザイナー、ジェイソン・ウーは、ショーの最後に黒いマスクをして登場しました。そのマスクにはやはり、白字で書かれたメッセージが。
「Distance Yourself from Hate」。
「ヘイト(差別・憎しみ)から距離を置こう」という意味です。
台湾に生まれカナダで育ち、パリへの留学も経験するなど幅広い文化的バックグラウンドを持ち、NYを代表するデザイナーの一人として活躍するジェイソン・ウー。そのクリエイションはオバマ夫人などセレブリティにも広く愛用されている
ヘイトの拡散を止めないと、コロナ禍後も傷が残る…とアジア系の社会活動家が始めた、マスクのアクション
このマスクは、今年6月にたちあがった「Distance Yourself from hate」キャンペーン用につくられたもの。作ったのは、HIV陽性の同性愛者支援のために1982年に設立された非営利団体のGMHCと、クリエイティブエージェンシーのtheCollectiveShiftです。
キャンペーンのきっかけは、コロナが広がり始めた時にたびたび発生したアジア人への差別的な言動でした。差別の要因は、アメリカ政府のリーダーがコロナウイルスを「チャイナウイルス」と公言することをはばからないからに他ありません。
GMHCのCEOを2014年から務めているケルシー・ルーイは中国系アメリカ人です。コロナウイルスを「チャイナウイルス」と言い放つ指導者がいる中で、当事者が声をあげないとコロナがらみのアジア人差別を覆すことはできない、パンデミックは消えてもヘイト発言やバッシングが続く可能性がある、と考えました。それが、このマスクによるキャンペーンにつながったのです。中国系カナダ人のジェイソン・ウーはGMHCの役員の1人でもあり、賛同の思いをこめて、ショーの終わりにこのマスクをつけて登場したというわけです。
GMHCのCEO、ケルシー・ルーイ。同団体で、コロナ禍で困窮する人たちへの食糧を配布する支援活動に取り組んでいるところ。もちろん、このマスクを着用
コロナ禍のアメリカで、特に感染拡大当初はアジア人差別が広まっていた、というのは残念ながら事実だと感じています。日本人の友人から体験談をいくつか聞きました。私自身は直接バッシングを受けたことはないのですが、マスクをしている人が少なかった3月半ばまでは、アジア人がマスクをしているとかえって目を付けられる気がして、マスクはあえてしませんでした。3月末近くになって多くの人がマスクをするようになって、「そろそろマスクして出かけてもアジア人だからとバッシングされることはないかな」と思ったものです。
ちなみに、ニューヨークのクオモ州知事は記者会見で何度も、「アメリカ政府はウイルスは中国から来たと言うが、ニューヨークで感染が広がったのはヨーロッパからニューヨークに来た大勢の人々を通じて」と強調。アジア人へのヘイトスピーチが広がらないよう、火消しをしてくれているように感じています。しかし、それでも一度広がるとなかなか改められないのが差別や偏見、というのも事実です。
偏見、差別に対してNOを示すことは「社会をよくするため」のポジティブな発信
Distance Yourself from hateキャンペーンをアピールする動画には、ジェイソン・ウーの他、コメディアン、モデル、俳優などの著名人が参加しています。このマスクとメッセージはアジア人差別だけでなく、黒人差別やLGBTQ差別など、幅広いカテゴリーでのヘイト反対に連帯していると受け止められています。
distanceyourselffromhateのサイトには、多くのセレブ賛同者が出演するまとめ動画のほかに、それぞれの個別の動画も。マスクは1つ30ドル(送料別)で、アメリカ国内では同じサイト上で販売されています。日本など米国外からの購入は、サイトからではなく、同団体あてのメールから連絡を
マスクの利益は100%、GMHC他2団体に寄付されています。ニューヨークでは、コロナで経済的に困窮している人たちのために、あちこちで食事やマスクが支給されています。GMHC も、受け取った寄付を食材などを配給することに使っています。
GMHCのコミュニティーリレーションズのディレクター、クリシナ・ストーンに「このマスクをすることでアジア人差別は減ったと思いますか」と問いかけたところ、「ソーシャル・ジャスティス(社会正義)への関心を高める方法としては役にたっている」との答えが返ってきました。少なくとも、何も行動を起こさなかったら、「チャイナウイルス」と公言する人々の意のままになって差別が固定化してしまいます。それが嫌なら何か行動を起こさないと! という思いが、彼らの活動を支えています。
こうしたマスクをしていれば、「どういう意味なの?」「へ~いいね、どこで買えるの?」といった会話が始まります。マスクをソーシャルメディアに投稿することで、関心をよび起こすこともできます。そうしたことが積み重なれば、社会を変えることに繋がるでしょう。大坂なおみ選手だけでなく、ファッション業界や、一般の人々の間でも広がる「社会をよくするための発信」。そのツールの1つとして、メッセージ付きマスクは今後も広まっていくのでしょうか。注目したいと思います。