56歳のパート主婦・I子さんが相談に来たのは、年の初めのこと。
「今離婚したら、私の場合慰謝料はいくらもらえるのでしょうか?
少なくとも夫の退職金の半分はもらえますよね」
つまり、離婚した場合の慰謝料を知りたいとのご相談でした。
I子さんは、前年10月に一つ年上の夫(57歳)の会社が主催した退職後に向けたライフプランセミナーに夫婦で参加し、夫が60歳で定年退職した場合2000万円近い退職金がもらえることを初めて知りました。
この退職金の半分と慰謝料をもらい、鬱陶しい夫と別れるつもりでご相談に来たというわけです。
離婚を思い立った理由を尋ねてみたところ、とくに夫が不倫したとか暴力をふるったりしたわけではありませんでした。
「子どもが大学を卒業して社会人になり会社の寮に入ってから、夫婦二人だけの生活が始まったんですけど……。
夫とは特に会話も無く、食事中は二人で黙ってテレビを見ているだけの生活です。
休日も夫は新聞や本を読んでごろごろしているだけ。
これから先、夫が定年退職した後にこんな生活が毎日続くようになるのだとしたら、息苦しくてとうてい我慢できません。
実はおととし銀婚式を迎えたとき〝私、結婚してから今まで家族のため十分頑張ってきたよね。これからは少しくらい自分優先で生きてみたっていいんじゃない〟って思ったんです。
それに平均寿命を思えばこれから20年はこの人と一緒にいるのかと思ったら、元気なうちに小さなアパートでも借りて気ままな老後生活への具体的な準備をした方がいい!と思い立ったんです」
気持ちは、わかります。
I子さんのような思いをもってご相談に来る方は本当に多いですから。
でも、ちょっと待って。
離婚で手にできるお金について、I子さんをはじめとして誤解している方が多いんですよ。
誤解しているのは、大きく分けて2つ。
「慰謝料」と「財産分与」の考え方についてです。
今回はこのふたつについてご説明しますね。
離婚に際してのお金というと、週刊誌やワイドショーで取り上げる芸能人や有名人の離婚報道から断片的に得ている情報を自分にも当てはめてしまう方が多いみたいで、そこから誤解が生じてしまうんですね。
まず誤解の一番が、離婚したら「慰謝料」がもらえると思っていること。
でもね、慰謝料は離婚の際に必ず支払われるものではないのですよ。
精神的な苦痛を受けた人が請求してもらえる損害賠償のことなんです。
配偶者から暴力を受けた場合、その時の恐怖など身体的な痛みだけでなく精神的な苦痛も伴います。
また配偶者が浮気や不倫をしていたら、ショックで眠れなくなったり食事がとれなくなったりします。
それも精神的な苦痛です。
精神疾患を患うまでいかなくても、暴力や浮気をされた場合は慰謝料を請求できるのです。
そしてこの場合、離婚や別居に至らなくても慰謝料は請求できます。
また浮気をされた場合は、自分の配偶者だけでなく浮気相手にも慰謝料を請求することもできます。
他には下のようなケースに当てはまる場合も慰謝料を請求することができます。
・「のろま!」「イライラするんだよ」「こんな料理まずくて食えない。最低だ」など人格を否定するような暴言を日常的に受けている
・無視されてコミュニケーションがとれなかったり、執拗な嫌がらせを受けたりしている
こうしてストレスにさらされ、うつ病や不眠症などの症状に悩まされたりした場合も精神的苦痛を受けたといえるからです。
一方で離婚の原因としてよくきく「性格の不一致」や「価値観の相違」は慰謝料の請求はできません。
どちらかが一方的に悪いわけではないからです。
とはいえ協議離婚(話し合いで離婚に合意すること)では、慰謝料や財産分与の額について自由に取り決めることができますから、相手も納得するような精神的な苦痛を自分が被ったとあれば慰謝料を払ってもらえる可能性があります。
が、I子さんのケースでは現実的には慰謝料は請求できなさそうです。
慰謝料についてはこれでおわかりいただけたでしょうか。
次にもうひとつの誤解、財産分与についてご説明しますね。
I子さんは「財産分与は、夫婦の財産を半分に分けることだ」と思っているので、近々もらえる退職金も半分もらえると思っています。
ところがところがそうではないんですよ。
そもそも財産分与とは、結婚期間中に夫婦で築きあげた財産を離婚に際しその貢献度に応じて分けることです。
退職金の支給より前に離婚する場合、退職が数年先で勤務先の状況も安定している場合には就業規則に基づいて、いくらいくら支払われるだろうと想定し、財産分与の対象として計算していきます。
一般的には「半分ずつ」に分けることになっていますが、退職金の場合は「勤続年数のうちの婚姻年数分の半分」となります。
退職金の丸々半分ではないんですよ、間違えないでね。
一般的な計算の方法は以下のようになります。
退職金×(婚姻期間/勤続年数)×1/2
繰り返しになりますが、もし退職金が財産分与の対象になったとしても、退職金の総額の半分をもらえるわけではありません。
ただ、協議離婚の場合、相手との合意ができれば財産分与の額を自由に決められるので、 この計算とは関係なく半分もらってもよいのです。
例えばI子さんを例にとって具体的に説明しますと……
●夫が22歳で会社に勤め始め60歳で退職した場合、38年間の勤務に対しての退職金が会社から支払われます。
退職金は2000万円。
●一方婚姻期間は30歳のときに結婚して57歳で離婚するとしたら27年間です。
上の計算方式に当てはめると2000万円×27/38×1/2=約710万円。
I子さんが夫の退職金からもらえるのは約710万円となります。
退職金の財産分与はI子さんの期待とは違い総額の半分以下でしたが、ひとまずいくらもらえるのかこれで把握することができました。
それ以外にはご夫婦の預貯金や金融資産と生命保険が財産分与の対象になります。
預貯金や金融資産の場合、財産分与の対象になるのは、結婚以来夫婦で築いてきた財産だけです。
結婚前や親からの贈与または相続による財産は、財産分与の対象にはなりません。
次回はこれらについてI子さんの場合を例としてわかりやすく解説します。
気になる〝離婚後の年金〟についても触れますのでお楽しみに!
★明るく気さくな人柄でギリコもすっかりファンになってしまった安田さん。
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