「やめられない」性格がばれる!?
公益財団法人河野臨床医学研究所北品川クリニック所長の築山節(つきやま たかし)先生
「ところで、体重は現在、ベストをキープしていますか」
定年認知症の不安にさいなまれ、1万人以上の脳疾患を診てきた築山節先生のもとを訪ねた私に、先生は、さらに問いかける。
え? それと脳となにか関係ありますか? わたしにとってダイエットは、まあその、永遠のテーマともいえますが……。
すると先生は子どもに対してかんで含めるように言った。
「次は、好きなものを食べたくても理性で節制できているかどうかです。それは端的に、第二層の大脳辺縁(だいのうへんえん)系がうまくコントロールできているかどうかに関わります。病気でない限り、その人の体形は脳の第二層のトリセツがちゃんと実行できているかどうかの結果をあらわしていると言えるのです」
その指摘を受けたとき、わたしの体重はベストではなかった。正確にいうと、数年来、明日からダイエットと言い続けてややぽっちゃりな体形を維持していた。でも多少脂肪が多いほうが長生きするというじゃありませんか、先生。小太りはわたし的にベストと言ってはいけないのでしょうか。
最後はほとんど懇願であった。しかし先生は首を横に振って言った。
「第二層の脳は欲望と感情の脳です。その暴走を抑えることができるかどうかが、将来の認知症を防ぐ、もうひとつの大事なポイントなのです」
がーん。ふたたび頭の中で鐘がなる。今度は本当に除夜の鐘、煩悩の鐘だ。暴走だとは、にわかに認めたくなかった。あれ食べたい、これ飲みたい。こっちは好き、そっちはキライ。それのどこがいけないというのか。そう訴えたかったが、脳機能から見ると、そういった感情に振り回され、怒りや嫌悪、あるいは嗜好や依存、中毒めいた行動をやめられないということは、この先、立派な認知症リスクになるのだという。そのいちばん見た目でわかりやすい例が体重をベストにコントロールできているかどうかであり、いいわけ無用の「結果がこそが正直な答え」なのだった。
「やめられない、はすべて大脳辺縁系(第2層)の暴走と考えてください。それは言うことをきかない子供のようなものです。…
「やめられないのは、大脳辺縁系(第2層)の暴走で、言うことをきかない子供のようなものです。大の大人でも自分で第2層を制御できていない人はいっぱいいます。第2層を抑えるのはその上の理性、つまり大脳新皮質です。人間、理性のタガを外すのは簡単ですが、好き放題やってきて年をとってから急に理性で動けるようになるというのは不可能に近いと思います。ですから、わたしたちは第2層の脳の取り扱い方として、なるべく早くからしつけに取り組んで、定年の前に身につけておくことが肝心なのです」
なるほど、それは古くからの美徳、道徳と称するよりも、定年後に認知症になるリスクを医学的に避けるための、脳の重要取扱事項と呼ぶのがふさわしいということか。
「世の中には暴走老人という言葉がありますね。わたしはこれまでの症例から、第2層の暴走によって認知症に陥ってしまっている人は、みなさんが思っているよりはるかに多いだろうと考えています」
ぐうの音も出なかった。わたしは、すでにしていくつもの地雷を踏んでいた。記憶力とか理性とか、そういう上等な問題を考える前に、足下がこっぱみじんに崩れ去っているのだった。
「まあまあ、あなたはこれから気をつければ挽回できますから」
先生はわたしに元気を出すように言った。そしてこれら第1層、第2層の取り扱いを正しくふまえたうえで、最後に第3層(大脳新皮質)のトリセツも、それほどむずかしいことではないですよ、と解説してくれた。
「第3層の正しいトリセツは、仕事をやめないこと、これに尽きます」
え!?
みたび、先生の言葉に面食らった。脳の先生に、この先の人生設計を助言されるとは思いもよらなかった。しかし、定年になっても転職力をきたえて社会に貢献し、脳のために、きちんと評価を受ける仕事をし続けなければならないと先生は断言するのだった。第3層は複雑なので、一言ではなかなかアドバイスしきれないけれども、とにかく少しずつ新しいことに挑戦し続けることが、生涯、まちがいなく脳を成長させてくれる糧になると言った。そのためには、今から次のステージに備えて準備しなさい、とも言われた。
第1層、第2層、第3層、どの脳の取り扱いにも、間違えれば脳の健康を損なう落とし穴がある。どうしてこれまで、このような脳の健康法を誰も教えてくれなかったのだろう。そう独り言のようにつぶやくと、先生はこう答えて言った。これまで、今ほど多くの人間が長生きできた時代はなかったので、要するにだいたい脳が壊れる前に寿命が尽きていたのです。今こそどのように脳を健康に保つかということに、やっとみな目を向ける日が来ているのです、と。
確かにそうだ。わたしの幼い頃、80歳、90歳、100歳といった今はそこかしこにいるような高齢の人を、住んでいる社会の中で見かけることなどほとんどなかった。老人だと思ってわたしが見ていた人は、今思えば60歳そこそこの年齢だった。祖父母もそうだった。認知症で家族を困惑させる前に体を壊し、寝たきりになり、孫の成長をどこまで見られたか、定年を迎えてまもなくして世を去った。
今はそうではない。今はみなが、体より前に脳が枯れてしまう事態を、大事にしてきた人生が失われる危機だと心配している。体の健康法ではなく、脳専門の健康法を知りたいというニーズは、わたしたちの中に気がつかないうちに大きくふくらんでいるのだ。
人生100年時代も、目の前…
21世紀は再生医療の世紀だといわれる。近未来、体のパーツのほうは、極端な話、どんどん新しく取り換えのきく時代に入っていくのだろう。しかし脳は、過去からの経験と知恵を積み上げた脳だけは、どうあっても置き換えることはできない。それを壊さずに正しく扱って若返らせ、できるだけ多くの人々がセンチュリアン(百年長寿者)になっていくことが、本来描くべき未来社会の設計図なのだと、先生は言う。
知らなかったということはこわいことだ。しかし今、これらのトリセツを知ることができたことは、これから定年を迎えるわたしたちにとって幸運であり、とてつもなく心強いことなのだ。反省点は多いけれど、脳の正しいトリセツ、さっそくやってみよう! そんなふうに思った。
まずは明日朝から、同じ時間に起きるぞ! 家族も起こすぞ! それぞれにたったひとつの大切な、脳と人生を守るために!
◆目次概要
はじめに
第一章
あなたの脳の状態を知る
第二章
定年と認知症はどう関係するか
第三章
まず脳幹を守れ
まとめ 第一層 脳幹 脳が冴える新5習慣
第四章
あなたの中の動物、大脳辺縁系
まとめ 第二層 大脳辺縁系 脳が冴える新6習慣
第五章
生涯育つ脳、大脳新皮質
まとめ 第三層 大脳新皮質 脳が冴える新6習慣
おわりに
◆著者プロフィール
築山節(つきやま たかし)
1950年愛知県生れ。日本大学大学院医学研究科卒業。医学博士。
埼玉県立小児医療センター脳神経外科部長、
財団法人河野臨床医学研究所附属第三北品川病院長、同財団理事長などを経て、
公益財団法人河野臨床医学研究所附属北品川クリニック所長。
脳神経外科専門医として数多くの診療治療にたずさわり、1992年、
脳疾患後の脳機能回復をはかる「高次脳機能外来」を開設。
著書に『脳が冴える15の習慣―記憶・集中・思考力を高める』
『いくつになっても、脳は磨ける』など多数
◆書籍情報
定年認知症にならない
脳が冴える新17の習慣
公益財団法人河野臨牀医学研究所
北品川クリニック所長
築山節
集英社
ISBN978-4-08-781561-0
定価 本体1300円+税