新年のエネルギーがもらえる、いま輝いている同年代の女性たちの「新しいチャレンジ」のストーリー、最終回は伊藤和江さんの登場です。ホテル立ち上げ、伝説のレストランを経て、今はミーナもやってみたいと思っている「金継ぎ」を広めるお仕事をされているそう。いくつになってもチャレンジしている人は、美しいですね。
新しい世界で、ますますパワフルに活躍する
4人のストーリー
最近、何かに夢中になったことがありますか?
ここでは、さまざまな分野で活躍する4人の、新たにOurAge世代で始めた夢中になっていること、充実の毎日を過ごすための方法などをご紹介します。
今までしてきたこと以外に新しく何かを始めることは年齢を重ねる中でもさらに人生を充実させる秘訣です。ぜひ4人のストーリーからそのヒントを見つけてください!
今回は、食文化インストラクター・コーディネーターとして活躍する伊藤和江さんの、人生のベースとなることとの出会いのストーリーをご紹介します。
物を大切に、つねに美しく…
それが金継ぎであり、人生のベースです
伊藤和江さん Kazue Ito
profile
1945年生まれ。食文化インストラクター・フードコーディネーター。外資系ホテル勤務を経て、2001~07年に表参道にて玄米を中心にした自然食レストラン「Kuh」を経営。日本に伝わる文化と斬新なアイデアで、独自の食カルチャーを確立。現在は料理教室や金継ぎ教室を開催
今までとは違う
もうひとつの道を持つといい
「金継ぎ」あるいは「金繕い」をご存じですか? 陶磁器が割れたり、欠けたりしたものを、漆で継ぎ、金や銀で上化粧をして直す、日本の伝統修復技術です。お気に入りの器が欠けて、泣く泣く捨てた経験をした人も多いのでは? そんな器が以前と違う趣をもって生まれ変わる、改めて今、注目を集めている技術です。
伊藤さんは現在、この技術を使い、現代に合う感覚の作品制作や、デパートなどが主催する講座の講師として活躍。多くの生徒を抱えています。
「金継ぎと出会ったのは40代後半でした。その頃はまだ外資系ホテルの仕事に就いていて、毎日を多忙に過ごしていましたが、たまたま友人のところで金継ぎを施された陶磁器を見たのです。その美しさに感銘を受けたのがきっかけです」(伊藤さん・以下同)
当時まだその技術を教えてくれるところがほとんどなく、あちこち探しては、さまざまな講座を受けたそう。そうして少しずつ技術の習得を積み重ねていきました。
そんな伊藤さんに転機が…。55歳でホテルを退職!
「年齢的に再就職も難しいし、何かやらなきゃと、思いついたのが飲食店でした。ホテルの立ち上げを経験してきたので、なんとかなるかって(笑)。まわりの人には『絶対にやめたほうがいい』と反対されましたけれど」
これが後に伝説のレストランとなる「Kuh」です。2001年のことでした。玄米を中心にした自然食、昔懐かしいスローフードが大評判に。そして、ここで金継ぎの器も活躍します。
「お店をやっていると、本当によく食器を割るの。必要に迫られて、金継ぎを施したものを出しているうちに、お客さんに教えてほしいと言われるようになって。定休日の店で教室を開くこともありました」
これが金継ぎ教室の始まりです。7年後、店舗ビルの立て替えにより、惜しまれながら店は閉めましたが、現在は金継ぎの教室や料理教室などを開催し、食文化インストラクター・コーディネーターとして活躍しています。
「女性の50歳前後はさまざまな人生の転機があるものです。仕事のこと、子どものこと、親の介護と人それぞれに考え悩む時期ですね。そんなとき、今までやってきたこと以外に、もうひとつの道を作っておくといいと思います。何か趣味を持ったり、違うことにチャレンジすることはとても大事」
金継ぎは単に修復するだけでなく、違う魅力を吹き込まれ、新しい作品に生まれ変わります。その技術や美しさが世界からも注目されています。
「生徒さんにも作品展への出品を積極的にすすめています。日本だけでなく、パリやサンフランシスコで作品展を行い、大好評でした。何か目標があると、張り合いになるでしょ?」
伊藤さんは来年70歳になります。その美しさの秘訣を伺うと…。
「つねに〝それはきれいか?〞という価値基準を持っています。生活、身のまわりが美しくあること。そして、〝負(マイナス)〞の言葉を使わないように心がけています。それは表情に表れ、やがて立ち居振る舞いに影響しますから。金継ぎの原点もここにあります。物を大切に使う心、そしてそれが美しいこと。年齢を重ねるほど、そうした気持ちが必要な気がしますね」
撮影/洞澤佐智子(CROSSOVER) 取材・原文/山村浩子