Q
「暑い盛りに微熱が出て喉がかなり痛くなりましたが、風邪だと思って特に検査はせず家で安静にしていました。1週間ほどで熱や喉の痛みは治まったのですが、その後、咳が出始めて2週間ほど続いています。市販の咳止め薬を飲んではいますが、夜になると咳が出やすくなかなか寝つけず、睡眠不足が続いています」(53歳・Nさん)
A
「漫然と咳止め薬をとり続けているとかえって回復を遅らせることも。咳が2週間以上止まらない、咳で1週間以上眠れない場合は、ただの風邪ではないかもしれません。
血液検査と胸部の画像検査をおすすめします」(根来秀行先生)
新型コロナ後遺症に多い慢性炎症による咳
根来 この夏は猛暑で体調をくずされた方も多いですね。熱中症や感染症にかかる人も例年より増えたようです。
いし ご相談者Nさんのように、新型コロナも5類になって以降、検査や診察で受診する人も減り、自分で様子を見る人が増えましたね。
実は私も、昨年末から正月にかけて風邪症状が出てひたすら家でじっとしてたんですけど、咳が長引いたなあ。ひょっとして新型コロナだった可能性もあるのかな?
根来 ありますね。実際、隠れ感染者は少なくないと思います。7月あたりから第11波が到来して、僕も対応に追われる日々でした。
現在、新型コロナウイルス感染者の約8割を占めているのは、冬に流行していたオミクロンJN.1株から派生した変異株「KP.3」。
僕の研究室でとったデータでは、主な症状として発熱と強い喉の痛みが2トップで、鼻水が止まらない、咳が続く、倦怠感、頭痛、下痢や嘔吐の順でした。
味覚や嗅覚の異常は少なく、一般的な風邪や熱中症と似た症状なので、検査をしなければ見分けるのは難しいです。
いし 症状だけ聞くと、新型コロナも風邪と変わらないのではという気もしますが。
根来 確かに重症化は減りましたが、咳が長引いたり、疲労・倦怠感が続いたりと、後遺症を引きずって全身状態が悪くなっている人が多い印象です。KP.3は学習免疫をかいくぐる力が増していて、これまでに新型コロナに感染した人もワクチンを打った人も大勢感染しています。
新型コロナの今の主流は「KP.3株」
KP.3はワクチンや過去の感染で作られた抗体をすり抜けやすい特徴があり、感染力が高いといわれています。
発症までの潜伏期間は3日程度、ウイルス排出量が特に高くなるのは発症直前・直後と考えられます。発症の2日前から発症後7~10日間程度はほかの人に感染させてしまう可能性があります。
いし 咳が長引くのは、ウイルスが悪さをし続けているということですか?
根来 いえ、体内に侵入したウイルスは、免疫機能がしっかり保たれていればある程度のところでなくなっていきます。
咳が残ってしまうのは、免疫細胞がウイルスと戦うために作る炎症性物質(サイトカイン)が毛細血管に沿って広がっていくからです。
一般的な風邪の咳であれば3週間ほどで回復しますが、新型コロナウイルスの場合、通常の風邪より炎症がガッと広がる感じなので、ちょっとしゃべったりするだけでも喉に負荷がかかって、気管支の下のほうにまで炎症が広がって激しい咳を引き起こします。
炎症が肺胞の壁の部分である「間質」にまで広がれば、血液中に酸素を取り込みにくくなり、それがひどくなるとデルタ株のときに大流行した「間質性肺炎」になって呼吸不全に陥ってしまうこともあります。
いし 免疫の暴走、サイトカインストームですね! 以前教わりました。
根来 そもそも炎症は体の防御反応で、炎症によって血流が上がることで、免疫細胞が現場に集まりやすくなったり、発熱で体温を上げることでウイルスの活性を弱めているわけです。
けれどもウイルスが検出されなくなり急性炎症が治まっても、炎症が引き切らず長期にわたって持続すると、その部分の機能が損なわれます。
ウイルスがなくなっても肺の間質で弱い炎症がくすぶり続けていれば咳が長引くし、全身をコントロールする脳の視床下部に炎症が残ると疲労感が抜けないということになる。
これが新型コロナの後遺症が長引いている背景と考えられます。
いし 後遺症が長引くのは最近の新型コロナの特徴ですか?
根来 統計をとってみると、感染回数が増えていくに従って後遺症が長引きやすくなることがわかっています。
感染が重なると、前回の感染によって学習された免疫機能「学習免疫」によって抗体が作られやすくなり、それは次に新型コロナウイルスが来たときに重症化を防ぐ武器になります。
その一方で、抗体による免疫機能が働きすぎると炎症物質を誘導しすぎて、サイトカインストームを引き起こしたり、慢性炎症につながったりもするのです。
いし なるほど。ではこの方の長引く咳は新型コロナの後遺症なんですかね?
根来 その可能性もありますが、細菌感染の可能性もあります。
今、流行っているのがマイコプラズマという細菌に感染することで引き起こされる「マイコプラズマ肺炎」。
発熱としつこい咳が特徴で、夜間や早朝に激しい咳が目立ちます。
咳は発症から3〜5日ほど遅れて始まることが多く、熱が下がったあとも3~4週間と長期にわたって続くのが特徴です。
子どもに多い病気で約8割が14歳以下ですが、飛沫感染や接触感染で広がるので家族の中で感染が広がりやすく、大人がかかることも珍しくありません。
いし 「マイコ」、流行ってますよね! 私の周りでも感染した人がいて咳が続いています。
根来 マイコプラズマ肺炎はオリンピックイヤーに増えるといわれています。オリンピック開催年は世界的に人流が激しくなり、人の出入りが激しく密な状況が増えるため感染リスクが上がるのです。
前回の東京オリンピックのときに激減したのは、新型コロナ感染対策の影響でしょう。パリオリンピック開催のこの夏は8年ぶりの高水準となっています。
オリンピックとともに到来!?「マイコプラズマ肺炎」
マイコプラズマは感染力はそれほど強くありませんが、感染してから発症するまでの潜伏期間は2~3週間くらいと長いため、感染に気づかないまま外出する人も多く「歩く肺炎」とも呼ばれます。発症の約8日前〜発症後6週間以上にわたり人にうつる可能性があります。
「マイコプラズマ=肺炎」ではなく、多くの人はマイコプラズマに感染しても軽い気管支炎ですむんですよ。軽症の場合は自然に回復するのを待ちますが、抗菌薬による治療を行うこともあります。ただし、抗生物質の使いすぎもあり、これまでの治療薬が効かない耐性菌も増えていて、回復までに時間がかかるケースが少なくありません。子どもより大人のほうが重症化する傾向があり、中には呼吸不全を伴うような状況を引き起こしたりすることもあります。
いし マイコプラズマと新型コロナは咳の特徴で区別がつきますか?
根来 咳だけで区別するのは難しいですね。咳には大きく分けて痰(たん)の絡んだ湿った咳と、痰の絡まない乾いた咳の2種類があります。
痰は口や鼻と肺をつなぐ気道から出る分泌物で、気道にウイルスや細菌など異物が入り込むと、それらと絡まり痰となって吐き出されます。
マイコプラズマ肺炎は、気管支や肺胞の外にある間質で炎症を起こすため、痰が絡まない乾いた咳になります。
新型コロナの場合は、痰が絡んだ湿った咳も出ますが、間質性の炎症が主なので、痰の絡まない乾いた咳になることが多いです。
咳の種類は2タイプ
乾いた咳
痰が出ない・少ない咳は「コンコン」「ケンケン」「コホコホ」といった乾いた音がします。気管支や肺胞の外側にある間質で炎症や過敏反応が起こっている状態で、うまく異物を排出できず乾いた咳が出ます。風邪やインフルエンザ、マイコプラズマなどの感染症は、最初に乾いた咳が出て、炎症が進むと痰が混じった湿った咳に変わることもあります。
湿った咳
痰を伴う咳は「ゴホゴホ」「ゲホゲホ」「ゼロゼロ」という湿ったような濁った音がします。気道や喉に炎症が起こると気道からの分泌液が増え、その一部が食道から気管支の中に入って呼吸を妨げるため、咳によって口内に出されます。つまりウイルスや細菌と戦った白血球の残骸や大気中のちりなどを、痰として吐き出しているのが湿ったせきです。
アレルギー体質の人に多い「咳喘息」が増えている
根来 長引く咳の原因として、最近クローズアップされているのは「咳喘息(ぜんそく)」です。乾いた咳が続き、風邪が長引いているのかなと思っていたら咳喘息だったというケースが増えています。
厳密には咳が8週間以上続いているときに咳喘息と診断されますが、3週間以上続く咳は、咳喘息も疑ったほうがいいですね。
いし 喘息といえば、「ヒューヒューゼーゼー」といった呼吸音がするイメージですが。
根来 そういった呼吸音がするのは気道に慢性炎症がある気管支喘息で自己免疫疾患です。
咳喘息は喘息の一歩手前の病態で、白血球の一種である好酸球が、何らかの原因によって気道に集まってくることで炎症が起こり、気道が刺激に対して敏感になって、から咳が先鋭化している状態です。
もともとアレルギーの素因を持っている人がなりやすく、ほこりや温度差、香り、花粉などちょっとした刺激で激しく咳込んで、なかなか止まらなくなることもあります。
私が診た咳喘息の患者さんは検査でハウスダストがアレルゲンとわかったので、マットを含めた寝具をすべてクリーニングしたのですが改善せず。結局、ベッドの下のほこりが原因で、掃除を徹底したら、眠れないくらい激しい咳が出ていたのがすっかり治って、ぐっすり眠れるようになりました。ベッドの下は意外に盲点で同様のケースが数人います。
いし ベッド下(もと)暗しですね(笑)。
根来 呼吸器感染症が引き金となって、咳喘息が発症したり、悪化することも多いです。風邪になって咳が出始めた頃に、花粉や黄砂が飛んできて咳喘息になったり。要するに炎症が炎症を呼ぶんです。
咳喘息の3割くらいは、喘息に移行します。炎症が気管支まで広がっていてなかなか改善しない場合には、気管支拡張剤やステロイドでの治療が検討されます。
いし まさに負の炎症連鎖。どんな原因であれ、咳は体力をかなり消耗するので長引けば長引くほどつらいですよね。
根来 咳1回で2kcalのエネルギーを使い、10回の咳で10分散歩するくらいの体力を消耗するといわれています。
いし はっ、効率よく痩せられる!?
根来 いやいや、本当にしんどいですよ。ひどいときは咳のしすぎで腹筋やあばら骨が痛くなることもあるし、夜や明け方になると咳が出て睡眠不足にもなりやすい。痩せるというよりやつれるだけですよ。
いし うっ、咳で眠れなくなったお正月を思い出しました。つらかったなあ‥。
根来 夜は副交感神経が優位になるため、体の緊張が緩んで気管支が狭くなり、咳が出やすいのです。また、明け方になって気温が下がったり、睡眠中の口呼吸で喉が乾いたりすると、気管支の粘膜が刺激されて咳が出やすくなります。
市販の咳止め薬を使うならピーク時の応急処置に
いし 市販の咳止め薬や風邪薬に頼る人も多いですが、咳は鼻や口から入ってきたウイルスなどの異物を気道から取り除こうとする体の防御反応ですよね?
薬で止めるのは逆効果な気もしますが。
根来 そうですね。咳止めや風邪薬はあくまで対症療法であって、根本原因を解決するものではありませんしね。
とはいえ、咳がひどくて夜眠れない日が続くと、寝ている間に活動する体の再生工場が働かず、回復も遅くなります。
市販の咳止め薬や風邪薬は風邪などの感染症による咳をやわらげる効果はあるので、ピーク時の応急処置として服用するのはひとつの方法です。
ただし、湿った咳の場合、咳を止めると痰を出しづらくなり悪化してしまう恐れがあるので、痰を排出しやすくする去痰薬(痰切り薬)のほうがよいです。
いし 市販薬は処方薬より効果が弱い分、副作用も少ないというイメージもありますが、若い世代を中心に市販の咳止め薬でのオーバードーズが社会問題になっていますね。
根来 はい、深刻な問題です。例えば、市販の咳止め薬に含まれている「コデイン」は脳の中枢神経に働きかけることで、強制的に咳が出るのを防ぐ成分ですが、医療用麻薬に指定されていて、12歳未満の子どもへの使用は禁止されています。
咳止め薬「メジコン」の主成分である「デキストロメトルファン」も、脳の中枢から咳を抑える作用があり、多量に使用すると幻覚を誘発することがあります。
応急処置で市販の咳止め薬を使う場合も必ず薬剤師に症状を説明し、相談して用法・用量を守りましょう。
いし 咳が長引くからといって、咳止め薬を漫然と使用し続けるのは危険ですね。
根来 市販薬を使うにしても1週間ほどに限ったほうがいいですね。どんな薬にも必ず副作用がありますし、漫然と服用し続けると依存を招いたり、代謝系に負担がかかり、体の自然免疫を妨げることになって、かえって回復が遅くなることもよくあります。また、そもそも何らかの原因がある場合、それをマスキングしてしまう可能性があります。
ウイルスや細菌による感染症の場合は、自分の免疫機能も作動しますし、一定の時間で治癒するということが見込めるので、夜、咳がひどくて眠れないときだけ市販の咳止め薬を効果的に使って様子を見てもいいでしょう。
一方、咳喘息は原因となるアレルゲンを突き止めて、それに対処しないと一向によくなりません。また、喘息が原因で咳が出ているときにコデインが含まれた咳止め薬を使用すると、かえって症状が悪化する恐れもあります。ほかにも長引く咳の陰には、喘息、肺炎や結核、肺がんなどの悪性疾患、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの病気が隠れている場合もあります。
咳が2週間以上止まらない場合や眠れないほど激しい咳が1週間ほど続く場合は、一般的な風邪とは違う病気の可能性があります。
まずは病院で血液検査やレントゲン、できればCTをとって、咳喘息の疑いがあるようなら呼吸器内科などで肺機能検査も受けることをおすすめします。
いし 次回はウイルスや菌に感染しても咳などの不調を長引かせないコツやセルフケアを伝授していただきます。お楽しみに!
いしまるこ(いし)
年明けから長引く咳でますますスローペースになっているぐうたらライター。
すっかり回復した今も活動が落ちているのはなぜ?
撮影/角守裕二 イラスト/浅生ハルミン 構成・原文/石丸久美子