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ハーバード大が注目する地中海式ライフスタイルとは ?/ 世界中の学会や大学を巡る、根来秀行教授の最先端医学リポート

根来秀行 さん

根来秀行 さん

医師、医学博士。1967年、東京都生まれ。この連載から生まれた『ハーバード&ソルボンヌ大学 Dr.根来の特別授業 病まないための細胞呼吸レッスン』『ハーバード&パリ大学 根来教授の特別授業 「毛細血管」は増やすが勝ち!』(いずれも集英社)が好評発売中。ハーバード大学医学部&ソルボンヌ大学医学部客員教授のほか、奈良県立医科大学、信州大学特任教授、高野山大学など、複数の大学の客員教授・教授を兼任。専門は内科学、腎臓病学、抗加齢医学、睡眠医学など多岐にわたり、世界の最先端で臨床・研究・医学教育にあたる。

Hideyuki Negoro MD and PhD

Professor of Medicine, Director, Visiting Professor

Harvard Medical School
University of Paris
The Graduate School of Project Design
University of Tokyo
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超多忙なハーバード大学&ソルボンヌ大学客員教授の根来秀行さん。取材依頼の寸前に「明日からアメリカに行ってきます!」とサッと旅立たれました。アメリカ→ギリシャ→フランスと延べ23日間にわたり、各国で講演、講義、司会、審査員をこなしてきたそう。トップクラスの研究者たちとの交流や、最先端医療の潮流とは? 

根来教授のTravel Schedule

Oct23,2024  東京発

Oct24-26 サンディエゴで「米国腎臓病学会総会」で2回講演。今年逝去された「腎臓医学の神様」バリー・ブレナー博士の追悼を兼ねたハーバードのパーティに出席

Oct27 移動 ボストンでハーバード大に立ち寄り、シカゴ、ミュンヘン経由でギリシャヘ

Oct28-Nov1 クレタ島で「地中海健康会議」に参加。コアメンバーとミーティングを重ねつつ、論文の審査にあたる

Nov2-13 パリ ソルボンヌ大学で講義や指導

Nov.14 帰国

 

San Diego

米国腎臓病学会総会で登壇
腎臓病と体内時計について発表!

旅の始まりはアメリカから。年に1回開催される「アメリカ腎臓病学会総会」に参加するためです。根来教授も所属する「アメリカ腎臓病学会(American Society of Nephrology、略称ASN)」は、100 カ国以上の会員を有する世界最大級の腎臓病学会

毎年秋に開催される総会は「Kidney Week(腎臓週間)」と称され、数日間にわたって開催されます。2024年は、10月23日〜27日にカリフォルニア州サンディエゴで開催されました。

American Society of Nephrology Annual Meeting 2024 が開催されたサンディエゴコンベンションセンター。会場となる場所は1年毎にアメリカ西海岸と東海岸の持ち回りで開催。

 


「Kidney Week(腎臓週間)」には例年、世界中から循環器や腎臓病を専門とする医者や研究者、医療従事者、製薬会社や関連企業などが集い、参加者は約1 万 5,000千人にも上ります。

 

根来教授は2日にわたって登壇。

 

「私の研究室では、腎臓病と体内時計が深く関わっていることを検証していて、体内時計のリズムが乱れると毛細血管が次第に劣化して血管が詰まりやすくなり、腎機能不全などの障害が起こりやすくなることを明らかにしています。

動物実験では、マウスの体内時計をずらしていくと血管を障害する障害因子が増え、逆に体内時計を物理的に調整したマウスでは動脈硬化など危険因子を減らせることを確認できました。

 

またミトコンドリアでヘモグロビンの元である「ヘム」が作られる前段階でできる「プロトポルフィリン」という物質が、血管障害因子を減らせることを確認し、プロトポルフィリンを増産して動脈硬化の治療薬の開発につなげています。

さらにプロトポルフィリンは新型コロナウイルス増殖の鍵となる「G4」というRNA構造体を抑えることも私たちの研究でわかってきています。

G4は染色体の末端にあるテロメアの中にも存在してその安定化に関わっていて、以前から着目していたのですが、そうした研究をもとに、ヘムができるところを加速させてプロトポルフィリンをたくさん作って、ウイルスをブロックする方法を考えついたんです。そこから発展して、コロナ治療薬の開発も進めていて、その進捗も発表しました」

 

Crete

クレタ島で「地中海健康会議」に参加
長寿食の鍵となるオリーブオイルの抗酸化・抗炎症作用

サンディエゴでの腎臓病学会総会を終えた根来教授は、ボストンにあるハーバード大に立ち寄ったのち、ミュンヘン経由でギリシャ・クレタ島へ。

「第3回地中海健康会議(The Third Edition of the Mediterranean Health Conference)」に参加しました。テーマは「クレタ島のライフスタイル – 地中海の伝統と現代の応用(Cretan Lifestyle – Mediterranean Tradition & Modern Applications)」です。

 

初回は主催であるハーバード大学医学部で開催され、2回目はコロナ下でこじんまりと、3回目となる今回はクレタ島で10月29〜11月1日まで開催。上は、第3回地中海健康会議のポスター。

地中海に囲まれた自然豊かなクレタ島で、ヘルシーな地中海料理や伝統的な地中海式ライフスタイルを体験しながら、クレタ島のホスピタリティについて学び、検証する体験型カンファレンスです。

 

会場となった高級リゾートホテルのグレコテルのエントランス。会期中は全館貸切。

 

セミナールームもブルーの照明でとってもムーディー。椅子もウッディでリゾート感が漂います。

 

ハーバードの主要な教授陣が多数参加し、アメリカ大使や政府関係者、NIH(米国国立衛生研究所)のコアメンバーも出席していたそうで、米国政府も強い関心を寄せていることが伺えます。

 

 

「地中海健康会議は、ハーバード大学医学部が近年目指している「ビヘイビア・ヘルス」を具現化して研究、検証する一環で立ち上がったプロジェクトです。

ビヘイビア・ヘルスとは、行動や生活習慣を変えることで病気にならない、より健康な体を自ら作っていくという考え方。保険の問題が深刻なアメリカでは、これまでの薬に依存する医療を脱却して、ビヘイビア・ヘルスにシフトすることが医療費削減にもつながるというスタンスに移行しつつあります。

健康の最先端の研究と実践を突き合わせて、どういう方向性にもっていくかを模索する中で、ハーバードが注目しているのが、地中海食や地中海式ライフスタイルなのです」

 

プレスリリースの写真でも、皆さん楽しそうです。

 

地中海食は地中海沿岸地域の伝統料理。EPAやDHAなどオメガ3系脂肪酸が豊富な魚や、ファイトケミカルやポリフェノールなど抗酸化物質を豊富に含む野菜や果物をたっぷりとり、オリーブオイル、ナッツ、豆類、全粒粉などを多く使用しているのが特徴です。

2010年に世界無形文化遺産に登録されました。

 

地中海食の特徴

・野菜や果物をふんだんに使う

・オリーブオイルを使う

・タンパク質は魚介類を中心にとる

・肉類は鶏肉を中心に、牛肉や豚肉は控えめに

・低脂肪のチーズやヨーグルトをとる

・豆類やナッツ類、ハーブやスパイスなども取り入れる

 

地中海健康会議で供された地中海食の一部。ハーブやトマト、豆類、チーズ、プランツミート、全粒粉パンなどを使ったヘルシーで美しいディッシュ。

日本でも地中海式ダイエットは何度かブームがありましたが、百寿者の多い地中海地域の食事や生活習慣について、ハーバード大学ではかねてより研究を重ねていて、その効果を地道に実証してきたといいます。

 

「地中海食が肥満、糖尿病、心血管疾患、慢性腎臓病などの生活習慣病のリスクを低下させることは、多くの研究で確認され続けています。ハーバード大学の最新研究では、地中海式ダイエットがテロメアの長さに影響し、長寿を促すという報告や、近年増加している認知症関連死亡のリスクを下げたことも報告されています」

 

中でも地中海食で頻繁に使われるオリーブオイルの抗酸化・抗炎症作用については、改めて注目が集まっています。

 

「今回の会議でもオリーオイルに関する多数の研究が報告されましたが、さまざまな植物性オイルと比較しても、その有効性は突出していました。

オリーブオイルはその成分の7〜8割が血中の中性脂肪やコレステロールを減らす作用があるオレイン酸です。抗酸化作用があるポリフェノールも多く、「悪玉」LDLコレステロールを抑えるなど、動脈硬化の予防も期待できます。

ハーバード大学が9万人以上を対象に28年間にわたりオリーブオイルの摂取量を追跡した研究では、小さじ半分ほどのオリーブオイルを毎日摂取することで、心臓病発症のリスクが5分の1も軽減されることがわかっています。

私たちの研究室では、オリーブオイルの成分が免疫細胞にどういうメカニズムを介して抗炎症作用を及ぼすのか解明しつつあります。

抗酸化・抗炎症作用の高いオリーブオイルを調理用オイルの中心にするだけでも健康効果が期待できると思います。普段の食事に地中海食と和食を上手に組み合わせていけば、自然に栄養バランスのいい食事になるでしょう」

 

シエスタもだらだら眠らない
日中のアクティブレストが夜の快眠に

もうひとつの重要なテーマは地中海式ライフスタイル。話題の世界五大長寿地域 “ブルーゾーン”で挙がっているのはギリシャのイカリア島ですが、似た環境にあるクレタ島も元気な百寿者がたくさんいる長寿地域です。今回の会議ではクレタ島のご長寿もゲスト参加されました。

「とても明るくてお元気でおきれいな方で、地中海食はもちろんのこと、よく歩く、人とのつながりを大切にするなど、ブルーゾーンに挙がっている百寿者に共通する生活習慣を自然に実践なさっていました。ブルーゾーンの研究はハーバードでも進めていて、私もハーバード大学のコアメンバーとして、沖縄での長寿調査に参加することになっています」

 


『ブルーゾーン セカンドエディション 世界の100歳人に学ぶ 健康と長寿9つのルール』

ダン・ビュイトナー著(祥伝社)

2008年全米ビジネス書ベストセラー『The Blue Zones』の補強改訂版。イタリア・サルデーニャ島、沖縄、アメリカ・ロマリンダ、コスタリカ・ニコジャ半島、ギリシャ・イカリア島の5つのブルーゾーンのライフスタイルが紹介されています。

 

ブルーゾーンの百寿者に共通する
健康と長寿の9つのルール

1適度な運動を続ける

2腹八分で摂取カロリーを抑える

3植物性食品を食べる

4適度に赤ワインを飲む

5はっきりとした目的意識を持つ

6人生をスローダウンする

7信仰心を持つ

8家族を最優先にする

9 人とつながる

そもそも地中海式ライフスタイルの源流は、『ヒポクラテスの誓い』と通じている、と根来教授。紀元前5世紀にギリシャのコス島に生まれたヒポクラテスは、それまでの迷信や呪術的医療と異なり、健康・病気を自然の現象と考え、科学に基づく医学の基礎を作り“西洋医学の父”と称されています。

ヒポクラテスの弟子たちによって編纂された「ヒポクラテスの誓い」は、医師の職業倫理についての宣誓文。西洋医学教育では現代に至るまで継承されていて、医学部に入ると必ず教え込まれます。

 

「ヒポクラテスは『人は自然から遠ざかるほど病気に近づく』と明言し、健康に生きるための最も大切なこととして “適度な運動と食事、適切な睡眠、適切な休息” を挙げています。

一見当たり前のことですが、現代の最先端医療でも薬に頼るだけでなく、自然に立ち返って自然に即した生活のリズムを築いていくことが改めて重要視されています。

 

デジタル化が急速に進んでいる現代社会では、暮らしは便利になったけれど生活のリズムはどんどん崩れ、体内時計の乱れからくる慢性不調を抱えている人が大勢います。サーカディアンリズムや時間栄養学など、科学的スタンスでそれぞれ適切に微調整していくのが今後のウェルネスの課題です。その方向性を“ヒポクラテスの誓い”を共有する世界の第一線で活躍する医師たちと確認できたことが、僕にとってはいちばんの収穫です」

 

 

 

地中海式ライフスタイルといえば、「シエスタ」という長いお昼休みの習慣があります。地中海健康会議でもシエスタの活用がホットな議題に。

 

「シエスタというと昼寝を連想しますが、日中に30分以上眠ってしまうと体内時計が乱れ夜の寝つきが悪くなります。むしろウォーキングをしたり、ストレッチや軽く筋トレをするなど、きもちよく体を動かす“アクティブレスト”がおすすめです。

日中眠気を感じる人は、昼食後から15時までの間に15分以内の昼寝をすれば、脳が活性化して心身がリラックスします。地中海食で体の中の成分を高めつつ、日中の休養もしっかりとることで、夜の睡眠の質が高まり、栄養がたっぷり入った血液を全身に巡らしていくサイクルが整います。

 

お昼の休憩を長くとると働く人の生産性が向上するとして世界的にも注目されていて、日本国内でもシエスタ制度を導入する企業が出てきていますが、こういったメリハリのある生活習慣を推進していくことが、医学の新しいアプローチになっていくのではと思います」

 

 

Paris

ソルボンヌ大学でみっちり教授職
コロナ治療薬の開発も順調!

旅の最後はパリ。1週間の滞在期間はソルボンヌ大学での教授職でびっちり。

学生への講義や研究室の指導、合間にハーバードからの仕事をオンラインでこなしていたそう。

ところで、講義はフランス語で行うの?

 

「フランス人あるあるで、最初はフランス語で話さないと聞いてくれないんですよ(笑)。早々に英語に切り替えますけど」

 


ソルボンヌ大学附属テノン病院にて。ホテルのような瀟洒な造り。

 

 

「ソルボンヌでは主にコロナ治療薬の研究・開発を進めています。米国腎臓病学会でも報告しましたが、ミトコンドリア内で酸素と栄養素を使ってエネルギーを生み出す“細胞呼吸”を応用した薬です。治験も始まっていますが副作用も極めて少なく安全性が高いことがデータとして集積されつつあり、現在順調に開発が進んでいます」

 

こうして23日間の旅を終え無事帰国の途についた根来教授。ハードスケジュールでしたが「体調はラッキーなことに大丈夫でした」とにっこり。

なんと帰国の2日後には高野山で講演もこなしていました!

次回は忙しくても副交感神経を優位にして、ストレスを逃がせる方法を伝授していただきます。お楽しみに!

 

皆さん、今日も素敵な一日を! 根来秀行さん

 

 

撮影/根来秀行・角守裕二(根来先生ポートレイト) イラスト/浅生ハルミン 構成・文/石丸久美子

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