1日10分ほどで身につく!
言葉でリラックスに導く自己催眠法
いし 現代人にとって健康を脅かすいちばんの元凶はやっぱりストレスですかね?
根来 そうですね。ストレスを感じると交感神経が優位になり、毛細血管が収縮し、血圧が上がったり、脈拍が早くなったりして、体も心も強張ります。そんな緊張状態が続くと、自律神経や感情の中枢である「脳幹」の働きにひずみが生じ、不安やイライラ、肩こり、頭痛などの神経症状が生じます。脳幹はホルモンの働きや自然治癒力とも関係があるので、ストレスが慢性化すると免疫機能も低下して病気にもかかりやすくなるんです。
いし けど、自分ではどうしようもない問題も多いのが悩ましい‥。
根来 ですよね。でも、ストレスフルな状況は変わらなくても、自分の受け止め方を変えることはできるんです。
今回ご紹介する「自律訓練法」は、交感神経の過剰な働きを鎮め、副交感神経の働きを促します。すると毛細血管が拡張して血液循環も改善し、心身の緊張がほぐれリラックス状態に。トレーニングを積めば脳幹の働きもどんどん安定して、ストレスにもメゲない心と体になっていきます。
いし どうやって脳幹を安定させるんですか?
根来 決まった言葉を心の中で唱えながら自己暗示をかけるんです。この決まった言葉を「言語公式」といい、段階的に深くリラックスできるように以下の7つのステップで構成されています。
自律訓練法の言語公式
- 背景公式「気持ちが落ち着いている」
- 第1公式「両手両足が重たい」
- 第2公式「両手両足が温かい」
- 第3公式「心臓が静かに規則正しく打っている」
- 第4公式「楽に呼吸をしている」
- 第5公式「お腹が温かい」
- 第6公式「額が気持ちよく涼しい」
いし 一種の自己催眠法ですか?
根来 その通り。1932年にドイツの神経科医シュルツが体系化しました。
催眠療法を受けた人が腕や脚の温かさを感じるという報告が多いことに着目して、その感覚を自己暗示によって生じさせ、睡眠と覚醒の間にある「自己催眠状態」に持っていき、心身の緊張を解いていく自律訓練法を考案したのです。
日本には1950年代くらいに入ってきて、心療内科や精神科などで導入されました。心身症の悪化に関わる心身の慢性的緊張を、自律訓練法を通して解消できるように治療していくんです。
東大病院の心療内科でもリラクセーション法として採用されています。
僕自身、不眠症やうつ傾向の患者さんの治療で使って成果を上げていて、かなりヘビーなストレスを抱えている人でも症状が回復していくのを何度も目の当たりしているので、効果は絶大だと思っています。
自律訓練法の主な効果
・たまった疲れの回復
・イライラがおさまり、おだやかになる
・自分をコントロールしやすくなり、衝動的な言動が減る
・集中力が増し、仕事や家事など物事に
・からだの痛みや精神的苦痛が和らぐ
・自分の内面を見つめることができ、向上心が高まる
・緊張や不安が軽減し、ネガティブな感情が和らぐ
・寝つきがよくなり睡眠の質がよくなる
いし ストレスフルな現代人はみんな自律訓練法をやったほうがいいですね!
でも、7つもステップがあって難しそう。自分ひとりでもできるんですか?
根来 段階を追ってひとつひとつ進めていけば誰にでもできます。それに7つの公式を全てできなければ効果がないわけではありません。
第2公式までマスターすると、体内時計が自然に整ってきて、睡眠や排便のリズムもよくなり、更年期の不定愁訴も改善されていきますよ。
まずは第2公式まで練習してみましょう。練習時間は1回3~4分にとどめます。
いし え、そんな短くていいんですか?
根来 自律訓練法の目的は、いつでも心身をコントロールできるように、リラックスした状態を習慣化することです。
各段階を早くマスターしようと1回のセッションに時間をかけてねばるとむしろ緊張が出てきて逆効果に。時間帯を分けて毎日2~3回行うほうが、かえって早く身につきます。
いし トータル1日10分程度ということですね。それなら続けられそうです!
根来 毎日10分練習を続けたら3週間くらいで第2公式までマスターできますよ。
環境と姿勢を整えるだけでも
自律神経は安定してくる
いし では早速、自律訓練法のやりかたを教えてください!
根来 その前に準備段階として、リラックスできる環境と姿勢を整えることが大切です。
ひとりで静かに落ち着ける場所を選び、時計、締め付けのきつい下着などは外して、ゆったりした服装で行います。
姿勢については、以下の2つの基本姿勢があります。
自律訓練法の基本姿勢
イス姿勢
両手を軽く腿の上に置いて椅子に深く座ります。背もたれのある場合は寄りかからないでください。
両足は肩幅に開き、膝が90度よりやや鈍角になるように。足裏が床から浮いていると気持ちが不安定になるので床にゆったりとつけてください。慣れてくれば、電車の中やカフェなど、周りに人がいる場所でもできるようになります。
仰臥(ぎょうが)姿勢
仰向けになり、両足を肩幅くらいに開き、足先を扇形に開きます。両腕は軽く開いておきましょう。
手のひらの向きは上でも下でもかまいませんが、指、手首、肘の関節がわずかに曲がる程度に力を抜きます。枕を使う場合は首にもかかるようにして、首の筋肉が突っ張らないようにします。仰臥姿勢は力を抜きやすいので初心者におすすめです。
根来 どちらも自然に心身がゆるむように考案された姿勢です。始めるときは、軽く瞼を閉じ、口元は上下の歯が触れない程度にゆるめておきます。何度か深呼吸して、息を吐くときに体の力を抜き、こわばっているなと感じるところがあれば体をゆすったりして緊張をほぐしておくといいでしょう。準備が整ったらいよいよ言語公式の第一段階「背景公式」です。
30%の落ち着きでもかまわない
積み重ねることで落ち着きは増幅する
1 背景公式「気持ちが落ち着いている」
根来 「背景公式」は自律訓練法の全段階の基本になるものです。「気持ちが落ち着いている、気持ちが落ち着いている‥」と心の中で繰り返します。
いし 気持ちを落ち着かせる練習ですか?
根来 いいえ、気持ちを落ち着かせる練習ではなく、すでに落ち着いている状態を自覚する練習です。準備段階で環境や姿勢を整えた時点で、体と心はある程度リラックスした状態にあります。ですから、「気持ちが落ち着いてくる」ではなく、「気持ちが落ち着いている」という言葉を使うのです。
いし 確かに言い切ることで「落ち着いている」気分になってきました! でもこれを本当にちゃんと落ち着いている状態といっていいのかなあ?
根来 完璧な落ち着きを求めてがんばらなくていいんですよ。少し落ち着いているなと思えばそれでOK。
「気持ちを落ち着けよう」などと意識が働くと焦ってしまってかえって落ち着かなくなります。意志力を働かせるのではなく、あくまで、「今、落ち着いている状態にある」とただ素直に思ってみてください。
今の落ち着きに満足して進めていると、繰り返すうちに落ち着きの度合いも増幅していきます。何度か繰り返し、自分で「落ち着いているな」と納得したら、第1公式「重感練習」に入ります。
筋肉がゆるむほどに重感が増し
気持ちの落ち着きも深まっていく
第1公式 重感練習 「両手両足が重たい」
根来 「重感練習」は手足の筋肉がゆるんで重たい感覚に気づく練習です。
最初は、神経が発達している利き手から始めるほうが感覚をつかみやすいでしょう。右利きの人なら、「右手が重たい」と心の中で繰り返しながら、ぼんやりと右手右腕全体に注意を向けます。
まずは右手の指先あたりの感覚になんとなく注意を向けると重感をつかみやすいでしょう。途中に「気持ちが落ち着いている」を挿入しながら、「右腕が重たい」を心の中で繰り返し、重たい感じがちょっとでも得られればOKです。
いし 腕の筋肉がだらんとして動かないような感じがしてきましたけど。
根来 その感覚です。「重たい」というのは筋肉がゆるんだ感じです。人によって感じ方はいろいろですがそれでいいんです。重たい感じがつかめると気持ちの落ち着きもますます深まり、すると重たい感覚もよりわかりやすくなるというリラックスの循環が生まれます。
足も同様にして、「右手が重たい」→「左手が重たい」→「両手が重たい」→「右足が重たい」→「左足が重たい」→「両足が重たい」という順で、公式を心の中でゆっくり繰り返しましょう。
温感練習で手足の皮膚温が上昇!
末端冷え性も改善する
第2公式 温感練習「両手両足が温かい」
根来 両手両足の重たい感じが起こるようになったら、両手両足が温かいことを感じていきます。重感練習と同様に、利き手の練習から始め、反対の腕、両脚と進みます。「右手が温かい」→「左手が温かい」→「両手が温かい」→「右足が温かい」→「左足が温かい」→「両足が温かい」という順で、公式を心の中でゆっくり繰り返しましょう。
いし 温かいと思うと副交感神経が上がりやすくなるんですか?
根来 その通り。気持ちが落ち着くと筋肉が弛緩します。すると自然に毛細血管の蛇口が開いて血流が増えて、抹消まで血液が行きやすくなります。自律訓練中の皮膚温の測定を行った実験では、多くの研究者によって手足の皮膚温が上昇することが確認されていて、8度以上も上昇したという報告もあります。
根来 それは朗報! 冷え性でいつも手足が冷たいんですけど、自律訓練法を続けると改善します?
根来 確実に。実際に自律訓練のあとに毛細血管をデバイスで観察してみると、血流がよくなるのが見てとれます。冷え性の人は指先の毛細血管の形が崩れて、不揃いなことが多いのですが、自律訓練を積み重ねていけば、毛細血管もまっすぐ伸びて数も増え、体のすみずみに血液が行き渡ります。
手足の冷えやすい人はお風呂上がりに練習すると効果的です。お風呂に入ったとき、両手両足に注意を向けてじんわり温まってくる感覚を確かめてみてください。その感覚を温感練習するときにイメージすると、条件反射的に手足の毛細血管が拡張しやすくなってくるはずです。
いし パブロフの犬方式ですね!
自律訓練法の最後は消去運動で
意識レベルを戻して終了
根来 自律訓練法をおこなっている間は、眠りと目覚めの中間のような状態になっているので、意識や筋肉の状態を通常レベルに引き上げるための消去運動を行なって、日常生活にスムーズに戻れるようにします。
いし 寝る前に布団に入って仰臥姿勢で行ったら、そのまま眠れそうだなと思ったんですけど、やっぱり消去運動をしてから眠らないとダメですか?
根来 いいえ、就寝時ならとくに問題ありませんから、途中で目が覚めても消去運動をする必要もありません。自律訓練法をしながらそのまま入眠する習慣がついて、睡眠障害を克服する人もいます。
ただ日中に自律訓練を行う場合は、そのまま30分以上眠ってしまうと体内時計が乱れて夜の睡眠に支障が出てくることもあります。
昼ごはんを食べて副交感神経が優位になったときに椅子に座って行い、最後に消去運動でリセットすれば、脳がスッキリして午後からの活動もはかどりますよ。
消去運動のやり方
1 瞼を閉じたまま、両手を握って開く(グーの状態からパーの状態にする)をゆっくり繰り返す
2 両手を握ったまま、腕の曲げ伸ばしを繰り返す
3 大きく伸びをしながら鼻から深呼吸を繰り返し、最後に目を開ける
いし 根来教授ご自身も自律訓練法をリラックス法として取り入れているんですか?
根来 僕自身は自律訓練法だけでなく、マインドフルネスや瞑想、呼吸法やウォーキングなど、いろいろ組み合わせてやっています。本質さえ理解すればどんなメソッドも自分で応用が効くようになりますから。
いし 初心者の場合、自律訓練法のような自分と向き合う系ってやっぱり雑念が浮かんじゃって挫折することが多い気がします。根来教授クラスになると、雑念は浮かびませんか?
根来 もちろん浮かびますよ! 空海じゃないんだから(笑)
瞑想やマインドフルネスもそうですけど、雑念が湧くのは当たり前のこと。雑念が浮かんできたら浮かぶにまかせて、気にせず言語公式を繰り返してください。
どうしても気になるようなら、いったん消去運動をすませて、すぐに練習に戻るといいですよ。
雑念が浮かぶのは心の奥底にあるものが自然に解放されているからで、いい方向に向かっている過程です。いい方向は直線ではなく波型に進むのでがっかりしないで、焦らず気楽に続けてください。
いし わかりました! 波にまかせて進みます。
根来 自律訓練法をおこなうと体の緊張がほどけるため、血流が良くなったり、筋肉がゆるんだり、内臓が活発に動いたりと、さまざまな変化が起こり、その人の持病や状態によっては何らかの症状が出ることがあります。
よく頭痛が生じる人、糖尿病、心臓疾患、妄想の出る精神疾患のある人などは、状態が悪化してしまう場合もあるため、自律訓練法を試みる前に医師に相談するようにしてください。
いし 自律訓練法のレッスンはこれにて終了ですね。そして、この連載もおしまいです。
根来教授、10年間ありがとうございました。年を重ねると思いもよらぬ不具合が出てきて不安になりがちですが、この連載を通じて自分の体に未知の世界が広がっていることを細胞レベルで教えていただいて、いくつになっても体には秘めた可能性があるということを信じられるようになりました。
根来 こちらこそ、楽しかったです! これまでいろいろなテーマを取り上げてきましたが、その根幹にあったのは「ビヘイビア・ヘルス」~自分の行動や生活習慣を変えることで、すこやかな体と心を自分自身で築いていくという考えでした。僕のお伝えしたことが、その一助になればうれしいです。
またどこかでお会いしましょう。
いしまるこ(いし)
10年間、根来教授の連載を担当。自律訓練法で冷えとぐうたらをセルフコントロールして2025年は心身ともに軽やかに羽ばたく予定!
参考文献/『自律訓練法の実際:心身の健康のために』佐々木雄二(創元社)
撮影/角守裕二 イラスト/浅生ハルミン 構成・文/石丸久美子