子宮頸がんはワクチンと検診で地球上から排除されつつあります。そんな中、子宮頸がん予防のHPVワクチン接種率が1%未満の日本女性は大きなリスクにさらされたままです。世界から大きく遅れている現状を、女性医療ジャーナリストの増田美加さんと医学博士の宮城悦子さんに詳しく伺いました。
お話を伺ったのは
増田美加さん
Mika Masuda
1962年生まれ。女性医療ジャーナリスト。35年にわたり女性の医療、ヘルスケアを取材。自身が乳がんに罹患してからは、がん啓発活動を積極的に行う。著書に『医者に手抜きされて死なないための患者力』ほか。NPO法人日本医学ジャーナリスト協会会員
宮城悦子さん
Etsuko Miyagi
医学博士。横浜市立大学医学部産婦人科学教室 主任教授。婦人科腫瘍専門医・指導医。日本産科婦人科学会特任理事(子宮頸がん予防担当)。日本の子宮頸がん予防活動の第一人者
7年以上たった今も積極的接種が止められたままの日本
新型コロナウイルスのワクチン接種が先進国の中で後れをとり、ワクチン後進国であることが露呈した日本。そんななか、今こそ思い出してほしいワクチンがあります。それは子宮頸がん(しきゅうけいがん)を予防するためのHPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンです。新型コロナウイルスのワクチンは、まだ未知数のところもありますが、HPVワクチンは高いレベルで有効性と安全性が明らかになっているワクチンです。
20代~40代の日本女性の間で子宮頸がんは罹患率、死亡率ともに増加しています。妊娠・出産世代である女性の子宮頸がんをなくすことは、大きな少子化対策にもなります。先進国の多くは子宮頸がんによる罹患率、死亡率ともに減少している状況なのです。
子宮頸がんは、おもに性交時のHPVの感染によって起こるがんで、ワクチン接種と検診で、ほぼ完全に予防できます。世界では子宮頸がんの排除に向け、15歳までにワクチン接種率90%を目標に進んでいます。ところが日本では、世界に遅れてやっと2013年に定期接種化されたものの、わずか2カ月後、厚生労働省が接種勧奨を差し控えると発表。小学6年~高校1年の女子は公費で無料接種ができるにもかかわらず、当初約70%だった接種率が1%未満まで激減しています(下記コラム1参照)。
【コラム1】
HPVワクチン接種率1%未満の日本でHPVワクチンは接種できる?
先進国はもちろん、開発途上国でも先進国援助によりHPVワクチン接種率は60%以上。一方日本では、接種率が1%未満に落ち込んでいます。しかし定期接種としての位置づけに変化はなく、希望すれば小6~高1相当の女子を対象に公費助成で無料接種が可能。詳しくは「厚生労働省 ヒトパピローマウイルス感染症~子宮頸がん(子宮けいがん)とHPVワクチン~」をご確認ください。また、自治体の定期接種ワクチン担当部署に問い合わせてもいいでしょう。
ワクチン接種した当時の女子は感染率が低下しています
「接種率70%以上だった年代の女子は、HPV感染率の低下、子宮頸部細胞診の異常の減少が明らかです。しかし7年以上たった今も、自治体から対象者に個別に接種を奨める積極的勧奨は再開されません」と日本の子宮頸がん研究の第一人者、宮城悦子先生。
なぜ当時、厚労省は接種勧奨を差し控える発表をしたのでしょうか? 覚えている人もいると思いますが、HPVワクチン接種後、全身の疼痛(とうつう)や運動障害を起こした人がテレビなどで大きく報じられ、安全性を疑問視する報道が続きました。その後、接種開始わずか2カ月で、接種後の有害事象の調査のため、厚労省はHPVワクチン接種の積極的勧奨を一時停止する事態になったのです。この状態は今なお続いています。
その後、有害事象はワクチンの中身と無関係で、一定頻度で自然発生することが明らかになりました。日本産科婦人科学会でも接種勧奨の再開を国に繰り返し求めています。接種の差し控えの原因となった接種後の全身の疼痛や運動障害などの“多様な症状”とワクチンとの因果関係は、厚生労働科学研究費の調査(*1)でも証明されず、3万人規模の調査(*2)でも因果関係は明らかではないとの結論が出されました。そして重い症状が出た人の多くは回復しています。
*1 厚生労働省研究班(祖父江班) 全国疫学調査結果報告 平成28年12月。
*2 Suzuki S,et al. Papillomavirus Research 2018;5 96-103.
世界からなくなろうとしている子宮頸がんに日本女性だけが…
多くの先進国では子宮頸がんの90%以上の予防が期待できる9価HPVワクチン(下記コラム2参照)が定期接種の主流に。女子だけでなく男子への接種も広がっています。
【コラム2】
男性へのHPVワクチン接種がやっと日本で承認!
HPVワクチンの2価(HPV-16型、18型)と4価(16型、18型、6型、11型)に加えて、約90%の頸がんの原因をカバーする9価ワクチン(9種のHPV6型、11型、16型、18型、31型、33型、45型、52型、58型を予防。9歳以上の女性のみ)が欧米に遅れてやっと2021年2月に日本で発売開始。
また厚労省は2020年12月、女性への接種のみだった4価ワクチンの、9歳以上の男性への接種と肛門がんへの適用を承認。HPVは男性もかかる中咽頭がん、肛門がん、陰茎がんなどの原因にもなり、性行為で感染し合います。今後は、日本も男女ともに公費による定期接種を期待したいものです。
また、WHO(世界保健機関)も2019年「世界中から子宮頸がんをなくすことが可能。子宮頸がんを歴史的書物の疾病にする」と発表しています。そのシミュレーションによると、2030年時点でHPVワクチンを15歳までの女子が90%接種、子宮頸がん検診を35歳、45歳で70%受診、必要な子宮頸がん治療を90%の人が受けられれば、2060年には地球上から子宮頸がんが、ほぼ排除されたといえる数字まで下がるというものです(*3)。
「ワクチン接種と検診を併用することで子宮頸がんにかかって子宮を失うこと、命を失うことを防ぐことができると証明された今、その機会を奪ってしまうことは、女性にとって大きなデメリットです。世界で100カ国以上の女性たちは、ワクチンと検診で頸がん予防を行なっていて、子宮頸がんは地球上から排除されようとしています。このままでは、先進国の中でも日本は発がん性HPV感染が多い国、子宮頸がんが多い国となってしまう懸念があります」と宮城悦子先生。
日本産科婦人科学会、日本小児科学会など多くの専門家の団体、NPO団体が幾度も国や政治家に接種勧奨の再開を求めて要望書を提出していますが、なぜだか国は動かぬまま。これも新型コロナのせいでしょうか?
世界では排除され、なくなろうとしている子宮頸がんの感染リスクに、日本女性は今もさらされたままでいるのです。
*3 「全世界的な公衆衛生上の問題:子宮頸がんの排除」WHOスライド(日本語翻訳版) jsog.
【コラム3】
HPVワクチン接種と子宮頸がん発生の関係
ワクチン接種による子宮頸がんの減少効果は、これまでデータ上の推計でした。しかしスウェーデンの国家レベルの調査研究で、10~30歳の女性のワクチン接種による子宮頸がんリスクの大幅な減少が、2020年10月、明らかに。さらに、接種した年齢が若いほど子宮頸がん(浸潤がん)の発生率の低下は著しく、17歳未満で接種すると88%も頸がんリスクが下がることが判明。「HPVワクチンが子宮頸がんの予防効果を証明した論文として、世界に与えるインパクトが極めて大きい情報です」(宮城悦子先生)
イラスト/堀川理万子