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認知症薬は誰にでも手に入り、治るようになるの?

医療未来学とは、5年・10年・30年先に登場する科学や医療技術を先読みし、評価する学問ジャンルのこと。専門家の医師・奥真也先生は、医療だけの観点ではなく、社会情勢・経済・高齢化社会といった横軸との組み合わせで、未来の医療を見据えています。今回は複雑な要素が絡み合う「認知症は治るのか」問題について、教えてもらいました。

令和以前からあった認知症薬

 

――奥先生の著書『未来の医療年表 10年後の年後の病気と健康のこと』(講談社現代新書、2020年)では、「2025年 初の本格的認知症薬誕生」と予測されていました。実際、2023年には製薬会社エーザイが米バイオジェンと共同で開発した、アルツハイマー型認知症の新薬レカネマブが登場しました。「本格的な認知症薬誕生」として著書に書かれた意図は何でしょう?

 

認知症薬自体は、これもまた同じエーザイから、レカネマブ以前にもアデュカヌマブという認知症薬を出していて、もしかするとそれが先に注目される可能性もあったわけです。ですから誤解を恐れずに言えば、レカネマブを「ピカピカの新薬」とは思っていなかった…ということです。

 

――そうなんですか? では「本格的な認知症薬誕生」として著書に書かれた意図は何でしょう?

 

認知症薬自体は、これもまた同じエーザイから、2007年にアリセプトという、脳の神経伝達物質を高める作用がある薬が出ていたんです。でも残念ながら、認知症を患ったすべての人がそれで劇的に改善した、という結果は得られてはいません。実際、2024年現在、認知症の人は増え続けています。

 

一方のレカネマブやアデュカヌマブは、それとは違うコンセプトの新薬です。長い間、認知症の原因は、アミロイドβ(ベータ)、脳内で作られるタンパク質の蓄積であると考えられていたので、それを防ぐことを目的として作られた薬なんですよね。仮説通りの薬を作ることができたという意味で、「本格的」としました。

 

認知症の本当の原因「どこまで遡ればいいか問題」について

 

――ということは、アミロイドβに着目した新薬のレカネマブには、今度こそ期待ができそうなのでしょうか?

 

これがまた、悩ましいところですね。認知症を発症している人の脳内に、アミロイドβが蓄積しているということは、間違いない事実ではあるんです。だからこの分野において専門家は、かれこれ30年くらいアミロイドβを悪者として闘ってきました。でも、レカネマブをもってしても、初期の認知症の人の進行を遅らせることに対しては有効であるけれど、進行が進んでしまっている人に対しては、その有効性は確認できていません。

 

そこで近年言われ出したのが、認知症の本当の原因はアミロイドβの蓄積ではなくて、別の原因なのではないか、という説。なかでも有力視されているのは、アミロイドβの前駆物質タウ・タンパクという別のタンパク質です。でもそれもまた、「タウ・タンパクも、実はアミロイドβ同様に本流ではなく、下流なのでは?」「ならばもうひとつ上流を突き止める必要があるのでは?」と言われているのが最近の話なのです。

 

――「どこまで遡ればいいのか問題」ですね。

 

そうなんです。要はそこさえわかれば、見つかった本流の治療戦略で治るかどうか、わかるわけですからね。けれど、遡ってもダメだとなれば、人類は次のソリューションを探す旅に出なければならないでしょうね。

 

医療の世界には「タウ・タンパクだって怪しいぞ」と考える人もいます。そりゃ、そうですよね。アミロイドβが本流でないとするならば、その上流を遡ったとしても正しいかどうかはわからないし、そもそも考え方そのものが違っているのかもしれない。これ、「ある子が高校から塾に通いました。でも、小学校から通ったほうがよかったよね」「いやそもそも、この子にとっては塾に通うんじゃなくて、もっと別の方法がいいと思う」っていう話。今はそんな議論をしている感じなんです。

 

――わかりやすいですね〜。

 

保険制度の問題も山積み

 

――認知症薬レカネマブは、保険適用でも年間298万円と高額です。治るかどうかの問題とはまた別に、高額な認知症薬でも、誰もが投薬できる未来は訪れるのでしょうか?

 

レカネマブについては、誰もが投薬できるようになるのかというと、YESとは言えません。なぜなら、先述のように認知症の初期状態の人向けに限定されていること。また、レカネマブは18カ月投与というルールが決まっていて、1年半は投与し続けないといけないので、実際は1人当たり約450万円もかかるわけです。

 

現状の医療保険制度に対するインパクトを考えると、レカネマブでは現実的ではないでしょう。なぜなら、多くの人にとって、どんなに高額療養費制度を利用したとしても、個人で月10万円以上の薬代は気軽に払えないのでは?仮に月10万円は払えるという人でも年間では120万円(+半年分の60万円=180万円)で、残りの270 万円は仕組み上、国が出すことになる。所得の低い人であればさらに医療費がかさむわけですから、これはものすごい赤字財政となってしまいます。

 

――なるほど…保険制度の未来はどうなると予測されますか?

 

認知症薬に限らず、科学技術の進歩とともに、今後もいろいろな薬が登場すると思うんです。そうすると、今の保険制度のままでは、到底すべてをまかなうことはできなくなる。なのでこれからの日本の医療保険制度は、「重篤な病気に限ります」という方向にならざるを得ないのではないでしょうか。つまり、「ニキビは公的医療保険で治さなくても、今後はいいのでは?」ということですね。

 

目標は、「認知症になる人を減らす」

 

――認知症については、原因を突き詰めるプロセスや新薬、その治験のスピード感、保険制度の問題が複雑に絡み合っていることがわかりました。それでも未来においては、認知症は治る方向に進みますか?

 

認知症に関しては、がんとは違う側面があると、僕は思うんです。がんは、「本来は90歳まで生きるはずだった人が、60歳前に亡くなるのはよくないよね」という考えは正しいし、神に唾するものでもないと思うのですが、認知症については、人間の自然なプロセスという考え方も、多くの医者の中にはあるんです。

 

もちろん、認知症になったご本人やご家族が困るのは重々承知ですよ。僕の母親も、亡くなる前は認知症になっていましたから。じゃあ、認知症について希望が持てる落とし所はどこなのか。それは、「認知症にならない人の割合を増やす」という方向かなと思います。

 

――確かに、高齢でも認知症にはならない人もいますよね。

 

誰もがそうなれる未来はあると思うんですよ。認知症になった人を治すには、今はまだ原因が明らかになっていないので、どのくらい先の未来で解決するのかは予測ができません。けれども認知症になる人を減らすのであれば、がんと同じく時間との競争で、亡くなるまで発症しない道を探ればいい。ゆっくり進行したとしても生活に支障がなければ、もちろんうれしくはありませんが、許容範囲ではあるという考え方です。病気に対しては常にそういうふうに考えて、オールorナッシングの「治る・治らない」だけで捉えると、それはなかなか難しくなってしまうことを理解していただきたいなと思います。

 

例えば僕も今61歳ですが、昨年1本、歯の神経を抜いたんです。今は神経を抜いただけでその歯はありますけども、血液が通っていないその歯は、10年経ったら使い物にならなくなることがわかっている。なので10年後には、遅くても抜かなきゃいけないんですね。

 

そうすると、10年後に71歳になった僕は、少なくとも1本歯を失っているわけですが、これも時間との競争です。テクノロジーの進化と社会の動きを鑑みて、自分が100歳まで生きるか120歳まで生きるのか、まだ寿命の予測は立てていませんけれども、その時までは食べられるように歯が残っていればいいわけです。

 

――そうこうしているうちに、すごいインプラントや歯の再生技術が出てくるかもしれないですしね。

 

そう。それまでは、できるだけ自前の勢力で頑張っていきましょう、ということ。それはどんな病気であっても、同じことが言えるということなんですよね。

 

 

奥 真也
奥 真也さん
医師、医学博士
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経営学修士(MBA)。 専門は、医療未来学、放射線医学、核医学、医療情報学。 東京大学医学部22 世紀医療センター准教授、会津大学教授を経てビジネスに転じ、製薬会社、医療機器メーカー、コンサルティング会社等を経験。創薬、医療機器、新規医療ビジネスに造詣が深い

 

イラスト/内藤しなこ  取材・文/井尾淳子

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