血圧が高めというだけで心不全は始まっている
特にコロナ禍から頻繁に聞くようになった「心不全」。実はその前から心不全に罹患する人が増えていて、現在の患者数は約120万人。これから高齢者が増えることを見越して、2030年には130万人に達すると予想されています。こうした爆発的な増加は、感染症の大流行になぞらえて「心不全パンデミック」と呼ばれています。
※詳しくは第1回参照。
心不全と聞くと、突然死につながりかねない心筋梗塞などを思い浮かべる人がほとんどではないでしょうか?
「もちろんそれも心不全のひとつですが、実は心臓病が心不全になるだけではありません。心不全とは、心臓に負荷がかかったさまざまな状態を総称する病態と考えていただきたいのです。
例えば、貧血や高血圧、ぜんそく、タバコによるCOPD(肺気腫など)、肥満など、これらは心臓の病気ではありませんが、心臓に大きな負担をかけており、広い意味で心不全と考えます。
ですから、たとえ若い人でも貧血ぎみ、血圧が高め、タバコがやめられない、太りすぎ…といった人たちは、自覚症状がなくても立派な心不全予備軍といえます」(大島一太先生)
特に女性は40歳を過ぎた更年期世代から、貧血や高血圧、脂質異常症、糖尿病といった生活習慣病が増えてきます。長年の生活習慣による悪影響が心身に現れてくるのもこの頃。
「心不全は時間をかけて徐々に進行していく病態です。何も症状がない予備軍の時期、もしくはそれ以前の段階から進行をくい止める意識が重要です。40代、50代を無自覚に過ごすのではなく、心不全への知識を深め、予防を心がけていただきたいのです」
上流でしっかり体を管理することが大事
最近では心不全を、がんと同じようにステージで分類するのをご存じでしょうか?
ステージA/心不全リスクあり(心不全の症状なし)
心臓の働きに障害はありませんが、心不全のリスクとなる高血圧や脂質異常症、糖尿病などを抱えている状態。この段階では自覚症状はありません。
ステージB/プレ心不全(心不全の症状なし)
心不全の症状はありませんが、心臓の働きに異常が現れてきた段階。高血圧による心肥大や心臓弁膜症、不整脈、心筋梗塞などが発症していることも。これらの状態を放置すると、いよいよ心不全の症状が現れてステージCに進行します。
ステージC/心不全(心不全の症状あり)
息苦しさ、動悸、むくみといった心不全の症状を発症した段階。心不全と診断され、病院に通院している人の多くはこの段階です。
ステージD/難治性・末期心不全(重症)
重い心不全の症状があり、入退院を繰り返し、治療が難しくなった段階。状態は悪化し、最終的には死に至ります。
「こうした心不全のステージは、川の流れにたとえてイメージしてください。上流から中流、下流に進むにつれて状態は悪化し、予後も不良です。心不全はいかに上流の段階でくい止めるかが重要です。私はこれを『上流意識』と言い、日々の診療で上流意識を高めることの重要性についてお話ししています」
最も大切なのはステージAにあたる高血圧、脂質異常症、糖尿病などを放置しないこと。
「これらはどれも自覚症状はありませんが、無自覚に放置すると命を落としかねない沈黙の殺し屋、いわゆるサイレントキラーであることを忘れてはいけません。症状がないので、見つけるチャンスはおもに健康診断です。一年に一度は健康診断を受け、自分の体をチェックすることが診断の鍵となります」
心不全予備軍の5大リスクに要注意!
心不全の予備軍として特に重要なのが高血圧、脂質異常症、糖尿病、喫煙、家族歴の5大リスク。これらは、どのような悪影響を与えるのでしょうか?
【高血圧】
「血管の壁というのは本来、弾力があります。しかし高血圧の状態は、血管がいつも張り詰めており、心臓のポンプは通常よりも強い力で押し出さなければならず、大きな負担がかかります。さらにこの状態が続くと血管は弾力を失い、硬く厚くなって動脈硬化が進行します。心臓はこの状態にも負けまいと無理をすることで、やがて心臓が肥大したり、血管が詰まって心筋梗塞を発症し、心不全が悪化します。
高血圧の診断は、血圧140/90 mmHg以上。
「実際には120/80mmHgを超えて上がるほど心筋梗塞や脳卒中、腎臓病、そして死亡のリスクが高まります。血圧130/80mmHgを超えてきたら要注意! 高血圧の一歩手前であり、心不全のステージAに突入するところと意識してください」
高血圧の傾向は、世界的に若い層から広まっています。日本の高血圧患者は約4300万人で、40歳以上の全人口の50%以上に及んでいます。
「驚くべきことに、このうちの約3150万人は管理不良と考えられています。自分が高血圧とわかっていない人が1400万人、若い人たちの多くは血圧を測ったりしないので、自分の高血圧に気づかず、静かに心不全のステージAが始まっているのです」
【脂質異常症】
悪玉コレステロール(LDL)や中性脂肪が高い、善玉コレステロール(HDL)が低い状態を脂質異常症といいます。
「コレステロールは体内組織の細胞膜やホルモン、脂肪の消化・吸収などを助ける役割を担っています。一方で、悪玉のLDLが高い状態が続くと、動脈硬化の進行が加速し、狭心症や心筋梗塞といった血管が詰まる重大な病気の原因となってしまいます。LDLは低ければ低いほど心血管病の発症や死亡リスクが下がり、逆に高くなるほどリスクが上がることがわかっています」
中性脂肪が高い場合や善玉のHDLが低い場合も同様です。
脂質異常症の診断は、空腹時採血で中性脂肪(TG):150mg/dL以上、LDL:140mg/dL以上、HDL:40mg/dL未満
【糖尿病】
糖尿病は、血液中の糖分が異常に増えてしまう病気。
「症状がないまま、全身の血管がボロボロになって動脈硬化が進行し、心筋梗塞や脳卒中、失明、四肢の壊死、人工透析などの重大な合併症を引き起こします。日本では糖尿病とその予備軍が2000万人を超え、世界的にも今後30年で現在の2倍以上にあたる13億人に増加すると考えられています」
糖尿病の診断は、血糖値が空腹時で126 mg/dL以上、食後2時間で200 mg/dL以上、またはHb(ヘモグロビン)A1C検査結果が6.5%以上。
【喫煙】
喫煙は血管を傷つけ、動脈硬化を進行させ、全身のがんばかりでなく、心筋梗塞や脳卒中といった心血管病を発症する危険に満ちています。
「たとえ低タール・低ニコチンにしても、心筋梗塞のリスクは低下しません。タバコとがんの関係以上に、心臓には直接的に悪影響を与え、特に若い人が心筋梗塞を発症する大きなリスクです。より早く禁煙したほうが多くのメリットがあり、30歳頃に禁煙すると10年、50歳頃だと6年、寿命を延ばすことができます。タバコはすぐに回避できる最大の死亡原因といえます」
【家族歴(遺伝)】
「心臓病は遺伝の影響が知られています。親が心疾患を発症した場合、しばしば子どもにも同様のリスクが考えられるので、十分な予防が必要です」
「健康診断でこれらの生活習慣病が指摘されたり、喫煙や家族歴などがある場合は、心不全の川の流れをイメージして上流意識を高め、適切にマネジメントすることが重要です」
まずは生活習慣を改め、十分な改善が得られないときは、必要に応じて医療機関で相談してみてはいかがでしょうか。
【教えていただいた方】
イラスト/内藤しなこ 取材・文/山村浩子