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乳がん女性たちの大きな苦痛「外見の問題」。なのに乳房再建が進まない理由とは?

増田美加さん

増田美加さん

1962年生まれ。女性医療ジャーナリスト。約35年にわたり女性の医療、ヘルスケアを取材。自身が乳がんに罹患してからは、がん啓発活動を積極的に行う。著書に『医者に手抜きされて死なないための患者力』ほか。NPO法人日本医学ジャーナリスト協会会員

日本女性の9人に1人がかかる乳がん。治療の進歩で命が救われ、治せるがんになってきています。けれども手術によって乳房を失うことはあります。失った乳房を取り戻す治療が「乳房再建」。この治療が進んでいない日本の現状と理由を取材しました。

乳房再建など、外見の問題の重要性が叫ばれる今

 

乳がんは、大腸がん、胃がん、子宮がんに比べて増加率が著しく、若い世代の発症が多いのも特徴です。20年後の発症予測でも乳がんは1位とされ、今後も減ってはいかないがんとされています*1。

 

また、発症率が上がっても亡くなる人が比較的少ないがんのため、ただ治すだけでなく、罹患後の長い人生を考える必要のあるがんです。

 

手術後、胸に傷あとが残る、左右のバランスが悪く肩こりや腰痛が起こるなど、日常生活の中で不便さや不自由さを感じたり、乳房を失って精神的苦痛が残る人も少なくありません。命は助かっても、QOL(生活の質)の著しい低下を感じる人もいます。

 

これまでは、がん治療による吐き気、手足のしびれ、全身の痛みなどをケアすることに一生懸命になっていた医療者たち。しかし働きながらの通院による治療が増えたことで、乳がんになった女性たちの苦痛やつらさの内容が変わってきたのです。

 

ある調査研究では、乳がんになった女性が何にいちばん苦痛を感じるかの質問に、「外見の問題(乳房切除、髪の脱毛、眉の脱毛、まつ毛の脱毛など)」という答えが上位60%を占めていました*2。

がん治療で髪が抜けたり、乳房がなくなったり…外見に悩む女性

 

外見のケアのことをアピアランスケアといい、その重要性が医療者の中でも注目されています。なかでも乳房再建は、アピアランスケアの一丁目一番地。乳房再建は、乳がんの手術で失ったり変形した乳房を、新しく作り直す手術です。

 

外見の変化は、社会生活に大きく影響することも明らかになっていて、「外出の機会が減った」「人と会うのが億劫になった」「仕事や学校をやめたり休んだりした」という人が約40%というデータもあります*3。今まで、医療者のあいだであまり注目を集めることのなかった外見の問題に、ここ数年、フォーカスが当たってきているのです。

 

必要性が増す乳房再建、しかし「認知度が低い」という現状が

 

乳房再建は、乳房を失った人全員が行う治療ではありませんが、選択肢のひとつとして望む人に提供される社会であってほしいと思います。

 

しかし、手術後のアピアランスケアの意識調査*4では、「乳房再建について言葉もどんな治療法かも知っていた」人は16%にとどまりました。乳房再建の認知度の低さがうかがえます。

 

一方で、日本での乳がんの術式がここ数年で変化してきており、乳房再建の必要性がますます増しています。というのも、以前は乳房を残して部分的に切除する「乳房温存手術」が60%近くを占めていました。けれども、近年では乳房をすべて切除する「乳房全摘手術」が「乳房温存手術」を上回っています。

 

保険適用になっても実施率はわずか約13%

 

しかし、日本の乳房再建手術の実施率は低いと言わざるを得ません。日本の実施率は12.5%*5。それに対して米国40%、韓国53%と比べても低い現状です。

 

日本の乳房再建は、自分の体の組織を使う自家組織再建も、インプラント(人工乳房)を使う再建も現在、保険適用になっています。

 

インプラントの乳房再建では、健康保険と高額療養費制度を利用することで自己負担は約9万~14万円程度。しかし、インプラントの再建が保険適用になった2013年から11年経過した今でも、乳房再建率は伸び悩んでいます。

 

その理由について、乳房再建の患者支援団体E-BeC理事長の真水美佳さんは、「地方と首都圏の情報格差が大きいです。地方在住者からは、乳房再建の情報は少なくネットで探しても地方での再建の情報はほぼ得られない。また、地方では再建できる病院が限られていて、時間と労力、費用負担が大きいなどという声があります。

 

さらに、地方では、乳がんを手術治療する乳腺外科の医師が乳房再建をすすめてくれないため、患者としては選択肢にならないことも大きいのです。背景には、乳腺外科医や形成外科医不足の問題も。現実に、地域に一人熱心な乳腺外科医や形成外科医がいると環境が整うという現状もあります」と話します。

 

 

情報格差の問題は、社会の無理解にも影響します。地方在住者の声からは、

 

「夫から今さらなぜ胸が必要なんだと言われた」
「友人から再建しなくてもいいのではと言われる」
「職場に伝えても乳房再建では休む理解が得られない」
「いちばん近い再建可能な病院まで往復7時間かかる」
「地方では病院が限られており、再建費用に加え、往復の交通費もばかにならない」

 

などという家族や周囲の無理解、医療環境の問題もあり、乳房再建の選択が増えていかない理由になっています。

 

乳房再建に対するまわりの声に傷つけられる女性

望む人が治療できる社会にするために

 

乳がんを告知され、乳がんの手術を受ける患者さんにとって、手術で乳房を失っても取り戻せる選択肢があることは、つらい治療に立ち向かう希望につながるという声も少なくありません。

 

乳がん患者さんを対象にした調査*6では乳房再建をしたことで「乳房に対する満足度」「心理社会的健康観」「性的健康観」は大きく改善され、患者さんの乳がん治療後の満足度やQOLの向上に役立っていることが報告されています。

 

乳房再建をしたいと望む人が行える社会になるためには、解決策のひとつとして、「社会に広く乳房再建手術がどういうものかを知ってもらうこと。そして主治医となる乳腺外科医、さらに医療スタッフから、患者本人だけでなく家族にも乳房再建の情報を伝えてもらうことも大切です」と真水さん。

 

真水さんが代表を務めるE-BeCは、企業*7と共同で、10月8日を「乳房再建を考える日」として乳房再建の認知・理解向上を目的に記念日登録をしました。10月はピンクリボン強化月間で、乳房再建のシンボル、クローズドリボンのロゴが数字の8の字に見えることから10月8日に設定されています。E-BeCのホームページでも乳房再建の情報を詳しく紹介しています。

 

また、望む人がどの地域でも乳房再建を可能な社会を目指して、より多くの人に乳房再建手術を知ってもらいたいという願いから本も出版されました。乳がん手術で損なわれた乳房を再建した女性たちの写真集です。写真家、蜷川実花さんがさまざまなストーリーを持つ12名の女性たちの姿を撮影しています。

「乳房再建の女神たち」フライヤー

 

乳房再建経験者の写真集『New Born-乳房再建の女神たち』(写真はフライヤーです)
企画/NPO法人エンパワリング ブレストキャンサー/E-BeC 発行  赤々舎 ¥2,970

 

*1 Lola Rahib,et al. JAMA Netw Open 2021;4;e214708
*2 野澤桂子ほか編『臨床で活かす がん患者のアピアランスケア』1版 2017,南山堂
*3 Nozawa K,et al.Distress and impacts on daily life from appearance changes due to cancer treatment:A survey of 1,034 patients in Japan. Global Health & Medicine 2023;5(1)
*4 アッヴィ合同会社アラガン・エステティックス、E-BeC共同実施「乳がん手術後のアピアランスケアに関する意識調査」
*5 厚生労働省「第9回NDBオープンデータ」より
*6 一般社団法人日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会 Oncoplastic Breast Surgery 2019; 4(2):45-52.
*7 アッヴィ合同会社アラガン・エステティックス

 

 

イラスト/かくたりかこ

 

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