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がん医療で広がりつつある医師と患者の共同作業「SDM」とは?

増田美加さん

増田美加さん

1962年生まれ。女性医療ジャーナリスト。約35年にわたり女性の医療、ヘルスケアを取材。自身が乳がんに罹患してからは、がん啓発活動を積極的に行う。著書に『医者に手抜きされて死なないための患者力』ほか。NPO法人日本医学ジャーナリスト協会会員

乳がん医療が進み治療の選択肢も増えて、私たち患者が自分に合ったものを選べる時代になりました。その一方で、どの治療法を選べばいいのか悩むことも増えています。そんな現状から生まれてきたのが「SDM=共同意思決定」です。これから、がん医療を受けるときに知っておきたいSDMについて紹介します。

SDMとは患者と医師が治療方針を決める“共同意思決定”

 

今、がん治療の医療者の間でシェアード・ディシジョン・メイキング(SDM=Shared Decision-Making)という考え方が急速に広まっています。

 

SDMとは、患者と医療者が相談し、協力して一緒に治療方針を決めていくプロセスのことです。日本語では「共同意思決定」とも言われ、難しい治療の意思決定を医療者と患者が合意しつつ行っていくのが、この考え方の特徴です。

 

私は乳がんサバイバーであることと、乳がんの記事をたくさん書いていることから、乳がんの告知を受けた方から多くの相談が寄せられます。私は医療者ではなくカウンセリングの専門家でもないので、相談できるところや信頼できる情報源をお伝えしているのが実情なのですが、でも相談したくなる気持ちはよくわかります。

 

例えば「乳房を残したほうがいいのか? 全摘して乳房再建をしたほうがいいのか?」「抗がん剤をしたほうがいいのか? ホルモン療法だけでいいのか?」「ウィッグはいつ頃、どこで作ったらいいのか?」「しびれや関節痛の対策は?」「セカンドオピニオンはいつ行えばいいのか?」などなど。これはごく一部で、さまざまな不安や質問が寄せられます。

 

それもそのはず、今、乳がん治療では、手術や薬物療法、放射線治療、乳房再建治療など、治療の選択肢が複数あり、複雑でとても難しい。それに、それぞれにメリットやデメリットが異なります。ほとんどの方ががん医療に詳しくない状態で、自分の命や乳房を守る選択肢をいきなり提示されるのです。簡単に選べるわけがありません。

 

そこで、重視されつつあるのがSDMです。SDMは、私たち患者が自分の価値観やライフスタイルに合った治療を選べるように、医療者が情報を提供して、一緒に考える重要なステップです。SDMが進めば、医療者でない私に相談しなくてはならない切実な方も減ると思います。

 

インフォームド・コンセントとどう違う?

 

インフォームド・コンセントとは、どう違うの? と思う人もいると思います。

 

昔は、日本では主治医が治療の決定をすることが当たり前でした。がん告知さえ、本人にしないで治療を進めることもありました。そんな中で、1990年頃から、医師だけが治療を決めるものではないという考え方が提唱されてきました。その際に広まった考え方がインフォームド・コンセントです。1997年に医療法が改正され「説明と同意」を行う義務が初めて法律となりました*1。

 

それ以前、今から30年くらい前までは、医師が経験上、よいと思う治療法を行う医師主導型の医療でした。でも、研究や臨床試験が進み、最善とされる治療法が確立して、学会がエビデンスに基づいて「診療ガイドライン」をまとめ、それを治療現場の医師たちが活用して治療を進めるようになりました。

 

ここで登場するのがインフォームド・コンセント=説明と同です。医師が治療内容やリスクについて十分に説明し、患者がその情報に基づいて治療に同意するというプロセスを重視しています。これによって、患者の自己決定権が強調されるようになりました。

 

しかし、さらに今、がん医療の進歩で治療の選択肢が加速度的に増え続け、難しい決定を迫られる状況が増えてきています。私たち患者一人一人の考え方や生き方、価値観、大切にしていること、楽しみなどによって、どの治療を選ぶかが異なるからです。そこで、広まってきたのがSDMという患者と医療者の共同意思決定なのです。

どう生きたいのか? 何を優先したいのか?

 

例えば、A療法は「効果が最も高いが、つらい副作用がある」、B療法は「効果は劣るが、副作用は少ない」という治療法の選択肢があることが医療者から提案されたとします。

 

皆さんなら、どうしますか? A療法とB療法、どちらを選びますか?

 

考えるときに、その人が40代なのか、80代なのか、年齢によっても変わってくるかもしれません。
また、その人の生き甲斐である趣味が副作用で続けられなくなるかもしれません。
子育て中で少しでも長く生きることを優先したいかもしれません。
子どもたちも巣立っていて、仕事も終えているので、つらい治療はせず穏やかに残された日々を過ごしたいかもしれません。
仕事が生き甲斐で、少しでも長く仕事ができる人生を送りたいかもしれません。

女性のがん_SDMについて考える二人の女性

 

 

これは極端な話かもしれませんが、選択肢が増えて病気をたたくすべが増えることは、私たち患者にはうれしい半面、悩む状況が増えるのです。進行したがんだけの話ではありません。早期がんで発見されても、治療の選択肢が増えることで、患者が主体的に治療を選択することが求められるようになっています。

 

もしも、がんを告知されたとき、あなたならどうするでしょうか? 厳しい状況の中で、自分はどう生きたいのか? 人生の中で大切にしていることは、何なのか? を考えなければなりません。

 

SDMで治療の成功率や満足感が高まる

 

従来のインフォームド・コンセントは、治療内容についてわかりやすく説明をして同意をとることに重きが置かれていましたが、それだけでは、現状の患者の選択を医療者が支えきれなくなっています。そこで生まれたのがSDMなのだと思います。SDMで大切なのは、医療者との信頼関係です。

 

アメリカで乳がん診療に寄り添う活動をしているサトコ・フォックス医師は、
「SDMを取り入れることで、患者さんの治療結果が向上する場合が多く、患者さんが自分の価値観に合った選択を行い、それに基づいた治療を受けることで、治療の成功率が高まることがあります。さらに、患者さんが自分の選択に納得していると、治療に対する満足度が高まり、メンタルヘルスにも良い影響を与えることが知られています」と話します*2。

 

インフォームド・コンセントだけで治療方針を決められるのか? それとも、SDMで医療者と相談しながら治療を決めていかないと決断できない内容なのか? を見極めるためには、私たち患者も普段からヘルスリテラシーを磨いておかなくてはならない時代でもあります。SDMでは、患者の考え方や価値観がとても重要になります。

遠慮せず医療者に頼りながら一緒に決めていく

 

研究では、SDMの意思決定のシーンで患者のタイプは、だいたい3つに分かれ、それぞれ同じくらいの割合で存在しているとされています*3。

 

1.自分で最終決定をしたい(医師の意見を考慮したうえで自分で最終決定をしたい)。
2.どの治療が自分にとって最善かを、意思と責任を医師と分かち合って決定したい。
3.すべて医師に決めてほしい(自分の意見を考慮したうえで医師に最終決定をしてほしい)。

 

これを見ると、全部自分で決めなければならないと気負わなくてもいいこともわかります。なかには医師に決めてほしいという人も3分の1くらいいるのです。

 

「自分はどうなのか?」を病気と直面する前に考えておけば、いざというときに医療者に、「私はこういうタイプだから」と率直に自分の意思を伝えやすいかもしれません。

 

医療者に遠慮することはありません。伝えやすい医療者(医師だけでなく、看護師、カウンセラーなど)を見つけて、ひと言を発することから始めてもいいのです。SDMは、どうしてよいかわからないときは、相談して、協力してもらい、一緒に悩んで、一緒に決めようという、新しい医療の姿なのだから。

 

まず知っていただきたいことは、今がん医療の世界に、SDMという考え方があること。そして大切なことは、自分はどう生きたいのか、人生において優先すべきことは何なのか? そして、最終的にはどう死ねたらいいのか? を平常心のときに考えておくことかもしれないと、私は思っています。

 

*1 「日本医師会会員の倫理向上に関する検討委員会(答申)医の倫理綱領・医の倫理綱領注釈」平成12年2月2日

*2 「アメリカでの乳がん診療に寄り添う:在米日本人女性のためのシェアディシジョンメイキングのお手伝い」Satoko Fox(乳腺放射線科医・ウイメンズヘルスコンサルタント)ホームページ
*3 「乳房再建を含む乳癌術式決定における患者中心の意思決定支援とディシジョンエイド活用の動向」大坂和可子、山内英子 Oncoplastic Breast Surgery 3(3・4):51-58,2018

 

参考資料/
「患者さんと医療者がともに決める医療、SDM(Shared Decision Making)」中山健夫(京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野教授)2024年3月 小野薬品工業Webサイト
「がん検診における’Shared Decision Making’推進のためのホームページ」©2023がん検診SDM事務局 帝京大学濱島研究室

 

 

イラスト/かくたりかこ

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