「緩和ケア」は終末期のケアではなくなりました
日本女性は6人に1人ががんで亡くなる時代。もしものときのために、緩和ケアについて皆さんに知っておいてほしいと思ったので、このテーマを選びました。
緩和ケアというと、ひと昔前は終末期のケア、治療のすべがない方へのフォロー…だった面もありました。しかし、今は違います。緩和ケアは、がんに伴う心と体、社会的なつらさをやわらげ、がんそのものによる症状やがんの治療に伴う副作用・合併症・後遺症を軽くするために行われる予防、治療、およびケアを指します。
もちろん終末期の医療としても有効ですが、それだけのものではなく、がんと診断・告知されたときから利用できる医療です。つらさを感じるときには、がんの治療とともに、いつでも受けることができます。
緩和ケアは、がんと診断されたときから始まります
例えば、がん告知を受けてすぐ、体や治療の心配が生じるだけではなく、仕事や将来への不安などのつらさも経験します。がんと診断されて精神的に落ち込むこともあります。
私は幸いにも超早期で乳がんが発見されたので、痛みや体調不良はありませんでした。しかし、超早期でもさまざまなつらさや不安は経験しました。
最も大きかったのは、仕事のこと、将来のこと、でした。また、「なぜ私ががんになってしまったのだろう?」と自分の人生を振り返り、あれがいけなかったのか? これをしないほうがよかったのか? と自己否定しながらがんの原因を探す毎日を過ごしました。多かれ少なかれ、がんになった人は、誰もがこの過程を通ると思います。
私が乳がんになったのは、2006年。当時まだ緩和ケアは、終末期医療の域を出ていなかったため、私は緩和ケアを使うことができませんでした。乳がん治療で入院する前に、ストレスのため胃潰瘍で入院したのを思い出します。しかし今、緩和ケアは、がんに伴う体のつらさだけでなく、心のつらさをやわらげるためにも使えます。
またなかには、診断を受けたときには、すでに痛みやだるさ、息苦しさなどの症状がある人もいるでしょう。がんに伴うさまざまな不調も、緩和ケアが助けてくれます。
がん治療と緩和ケアは並行して行われ、自分がそのときにつらいこと、心配なことがあったら、状況に応じてその割合が変化する、ちょうど下記の図がふたつの関係をよく表していると思います。
【緩和ケアとがん治療】
「緩和ケアができること」
Point1
がんと診断されて、最初のがん治療が開始される時期。がん告知後すぐの心の不安に緩和ケアが使えます。もし、痛み、だるさなどの症状がある場合は、その症状をやわらげます。つらさをやわらげることで、体力の消耗を防ぎ、前向きに治療に取り組めるようにしてくれます。
Point2
がん治療がスタートして、副作用として吐き気、食欲低下などの症状が出てくる時期。副作用を抑えることが緩和ケアでできます。また、治療を続けることによる精神的なつらさを聞いてもらい、一緒に対処法を考えてくれるのも緩和ケアです。
Point3
がんが進行し、積極的な治療が難しい終末期。最期まで自分らしく生活できるよう、つらい症状をやわらげながら、どのように過ごすかを一緒に考えてサポートするのも緩和ケアの役割です。
参考資料/厚生労働省委託事業・緩和ケア普及啓発活動「緩和ケア.net」特定非営利活動法人日本緩和医療学会
乳がんと診断され、手術後も泣いていた女性に…
私のもとに来る相談の中で、緩和ケアを紹介したケースがあります。私はカウンセリングなどの資格は持っていないので相談はお受けしていないのですが、相談できる施設や制度を紹介することがあります。その中でこんな方がいらっしゃいました。
「乳がんと診断され、進行の早いタイプのがんかもしれないと言われました。もしかしたら、私は半年後には生きていないかもしれない。夜も眠れず、朝は起きた瞬間から恐怖で食事もとれない。入院前に、治療の説明を聞いているときも涙が止まらなかった」という知人の友人である40代のH子さん。
そこで知人を通して、「がん専門看護師さんがいるはずだから、話をしてみたら?」と提案しました。治療している病院が「がん診療連携拠点病院」だったので、緩和ケアの体制は整っているはず。がん専門看護師さんにすぐにつながって、話を聞いてもらい、さらに心理士さんにつながり、週1回のカウンセリングが始まったそうです。そこからさらに、がんの心の問題を扱う精神腫瘍科の医師にもかかることができました。
「がんになってすぐに利用できる、緩和ケアというものを知りませんでした。おかげで、不安がずいぶんやわらいだと思います。がんで、カウンセリングにかかる発想もありませんでした。緩和ケアのチーム医療に救われました。もしがんで不安で、私のように泣いている方がいたら、緩和ケアを受けてみることをすすめたい」とH子さん。
再発して進むべき道に迷っている女性に
また、こんな女性のケースもありました。50代の編集者のT子さんから、「乳がんが再発して、今まで4年間がん治療を行ってきた乳腺外科の主治医の診察が終了になってしまった。新たに腫瘍内科医(がんの薬物療法の専門家)が担当になって、相談がスムーズにできない。再発して不安でたまらない、どうしたら?」とのこと。
腫瘍内科医は、がん患者さんを専門に診療しているため知識と経験が豊富で、患者が不安に思う抗がん剤の副作用にも精通しています。腫瘍内科医が緩和ケア外来で診察している病院も少なくないのですが、T子さんの医師はコミュニケーションがとりにくいタイプだったのかもしれません。
そこで、病院内に看護師、心理士、がん専門薬剤師の相談窓口がないかを調べて相談してみたら、とアドバイスをしました。幸い、がん専門薬剤師さんの窓口があり、そこから緩和ケア外来につながり、相談に乗ってもらうことができたそうです。抗がん剤の選択に関しても、がん専門薬剤師さんが寄り添って、薬の説明や副作用の可能性についても丁寧に説明してくれたそうです。
緩和ケアはどこで受けられる?
緩和ケア外来や、それと同等の相談を行える「がん相談支援センター」は、全国に507施設(2024年時点)ある「がん診療連携拠点病院」に設置されています。
がん相談支援センターでは、患者本人だけではなく、家族からの相談や、ほかの病院で治療している患者からの相談も可能です。通院でも入院でも受けることができます。在宅療養の場合は自宅でも受けることができます。また、がん診療連携拠点病院以外の病院でも緩和ケアを行っている医療機関があります。
緩和ケア外来では、基本的には担当の医師や看護師が相談を受けますが、必要に応じてさまざまな職種の専門家が緩和ケアチームに入っています。主に行っている治療やケアは、下記のようなものが中心です。
・がん治療中に経験するつらい症状(吐き気、食欲低下、倦怠感、痛みなど)が緩和され、がん治療を継続できるようにする。
・患者だけでなく、家族の不安や心配を聞きながら、解決に向かい、不安をやわらげるために手伝う。
・がん診断後に起こる社会的な困り事(仕事や経済的問題など)の対応について一緒に考える。
医療費は、厚生労働省から認可を受けた院内の緩和ケアチームの場合、保険が適用になります。たとえば入院中なら3割負担の場合、1日1200円程度です。
私たちが受けられるがん医療サービスや制度は、どんどん進化しています。病院選びに困り、「どこの病院を選んだらいい?」とよく質問を受けることがありますが、私はがんなら「がん専門病院」と答えます。それは、がんを専門とした医療者がいるだけでなく、この緩和ケアのような、がん治療のためのサービスや制度が充実しているからです。もしも、がんになったら、まず地域のがん診療連携拠点病院から探してみることをおすすめします。
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「緩和ケアとは、生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者とその家族のQOL(生活の質)を、痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し的確に評価を行い対応することで、苦痛を予防し和らげることを通して向上させるアプローチである」
(日本緩和医療学会「WHO(世界保健機関)による緩和ケアの定義(2002)」定訳より)
イラスト/かくたりかこ