体力を維持すると、飲み込む力が衰えない
飲み込む力は握力や息を吐く力と相関しているといわれます。握力が低下していたら、体力が弱くなっているサイン。耳鼻咽喉科の西山耕一郎先生によれば、ペットボトルのふたが開けられなくなったり、横断歩道を青信号の時間内に渡り切れなければ、飲み込む力が落ちていると考えられるのだそうです。
「以前、80歳前後の方々に協力していただき、“誤嚥しないグループ”と“誤嚥したグループ”のそれぞれの握力について、調べたことがあります。すると、“誤嚥したグループ”は明らかに握力が低下していることがわかったのです」(西山耕一郎先生)
高齢者が病気やケガで入院したり、寝込んだりして体力が衰えると、嚥下機能が一気に低下してしまう傾向がみられます。これは喉の筋力が低下してしまうのが原因。まだ50代だからと油断しないで、適度な運動をして体力を維持しましょう。スイミングやジョギングなど、運動習慣がある人は今後もぜひ続けて。全身の筋力を維持することが、握力を維持することにつながります。
体力づくりには「歩く」のがおすすめ
飲み込む力を保つには、体力を備蓄しておくことが欠かせません。おすすめしたいのは「歩く」こと。
「ウォーキングは最も手軽にできる全身運動。体力づくりにもってこいです。酸素を取り入れながら行う有酸素運動なので、肺活量が強化されるうえ、血行がよくなり、代謝もアップします。いつもの買い物を家から少し離れたスーパーに行くなど、日常生活の中でこまめに『歩く』習慣をつけるとよいでしょう」
体力をアップさせるには、息が少し弾んで汗ばむくらいのスピードで歩くことが推奨されますが、無理しなくても大丈夫。むしろ大切なのは継続することです。
「全身の筋力低下は飲み込む力と関連しているので、もしも寝たきりになったり、車椅子生活になったりして歩けなくなった場合、嚥下機能も低下してしまいます。自分の足で歩くこと、そして、口から食べて飲み込む力を維持することは、将来的なQOLにもかかわります。1日30分程度、歩くことを日課にしましょう」
低栄養に陥らないように注意
「私のクリニックを受診する患者さんたちのお話を聞くと、皆さん1日3回の食事をきちんと食べていない人が少なくありません。また、一人暮らしに限らず、『孤食』の人が増えていて、簡単にすませてしまいがち。すると栄養バランスが偏って、低栄養に陥りやすいんです」
特にタンパク質が不足すると、筋肉量が減ってしまいます。そこで、タンパク質の摂取量を手軽に増やせる方法として、西山先生は「卵かけご飯」を患者さんたちにすすめているのだそう。
「更年期以降に急激に体重が減ると、将来的にサルコぺニア(筋肉減少)やフレイル(心身が衰えて要介護の一歩手前の状態)のリスクが上がります。筋肉量が落ちると、嚥下機能が低下して、健康寿命が短くなる心配がありますから。口から食べて栄養摂取できるように、喉の筋力をキープしましょう。脳の機能や認知力を保つためにも、無理なダイエットはしないほうがいいですね。ややぽっちゃり体型のほうが、喉の若さを保つことができます」
しっかり噛める歯をキープ
加齢とともに虫歯や歯周病など、歯のトラブルが起こりやすくなっていきますが、歯の健康を守るのも誤嚥予防対策のひとつ。定期的に歯科検診を受けることが大切です。
「『部分入れ歯がグラつく』など歯のトラブルがあると、食事をうまく咀嚼できずに、無理やり飲み込んでしまい、むせたり誤嚥するリスクにつながります。食べ物の塊を丸飲みして窒息する危険もあるので、歯の不具合を放置してはいけません。
また、感染症予防、口腔衛生のためにうがいをする際、うがい薬を多用すると刺激が強いので、水か緑茶でうがいするとよいでしょう」
お酒の飲みすぎは嚥下反射を鈍らせる
もしも、お酒を飲んでいるときにむせやすいと感じたら、脳が判断ミスをして、嚥下反射にエラーが起きているのかもしれません。
「嚥下反射は生まれながらに備わっているすばらしい機能ですが、お酒を飲みすぎて酔っぱらった状態になると、脳の判断力が低下して、反射が鈍ってしまうことがあるのです。深酒して嘔吐すると、逆流した食物を誤嚥することもあり危険です。深酒は慎みましょう」
通常は「ごっくん」と飲み込んだ瞬間に嚥下反射が起きて、気管に“喉の防波堤”がされて、食べたり飲んだりした物が食道に流れていく仕組みがあるのですが、実はこの反射運動はわずか約0.5秒の早ワザ。深酒をして酔っぱらった際、その0.5秒の間にエラーが起こって、誤嚥を招くことがあるのです。
むせやすいと感じたときは、「これから飲み込むぞ」と意識して飲み込みましょう。意識することでむせにくくなりますが、まずは嚥下反射が鈍るまで飲みすぎないことが大事です。
喉の違和感を感じたら、耳鼻咽喉科を受診しよう
慢性的にむせやすい人は、飲み込む力が衰えているサイン。実は、西山先生のクリニックでは、コロナ明けに「むせやすい」と訴えて受診する人が増加しました。
「近年、年齢を問わず、飲み込む力が衰えている誤嚥性肺炎予備軍の人たちが増えているように感じて、危惧しているところです。また、『熱はないけれど、いつも痰がからんでいる』と、小さな不調を感じている人が増えている印象ですね」
多くの人は「発熱もないし、問題ない」と思っているかもしれません。でも、食事中や食後に痰がからむ状態が続く人は、誤嚥により気管支炎を起こしている可能性があります。食後に痰が黄色っぽくなったり、咳がひどくなったりしたときは要注意。体力が落ちていると症状が進みやすく、あっという間に誤嚥による気管支炎から誤嚥性肺炎に移行することがあるからです。
「また、『なんとなく喉がおかしい』と違和感を訴える人を診察したら、喉にがんができていて、咽頭がんを発症していたケースもありました。喉に違和感を感じたときには、早めに耳鼻咽喉科を受診していただきたいと思います」
【教えていただいた方】
医学博士、東海大学医学部客員教授、藤田医科大学医学部客員教授。耳鼻咽喉科頭頸部外科専門医、日本嚥下医学会嚥下相談医、日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士。現在は複数の施設で嚥下外来と手術を行うかたわら、教鞭をとりながら、学会発表や医師向けセミナーを行う。著書に『肺炎がいやなら、のどを鍛えなさい』(飛鳥新社)、『のどを鍛えて肺炎を防ぐ』(大洋図書)、『誤嚥性肺炎に負けない1回5秒ののどトレ』(宝島社)など多数。
イラスト/カツヤマケイコ 取材・文/大石久恵