経口補水液は開発途上国の母親の知恵だった
熱中症が疑われる場合、涼しい場所へ移動し休息させ、即座に体を冷やすことと、水分補給が必要です。現在では、経口補水液が市販されており、これが水分補給の第一選択肢として推奨されています。
「この経口補水液の発祥は、実は途上国の母親の知恵であることをご存じでしょうか? 1970年代にコレラ感染症がはやり、激しい下痢と嘔吐、脱水症状で命を落とす人が続出。多くの子どもたちも犠牲になりました。
そんなとき、母親たちが穀物や果物をいろいろ混ぜ合わせて、工夫を重ねました。その結果、出来上がったのが、脱水症を最も速やかに解消する飲み物、経口補水液の原型だったのです。のちに、ユニセフとWHOの合同で行われた『Rehydration project(補水計画)』により、そのレシピが公開されました」(谷口英喜先生)
それが下記です。
【経口補水液のレシピ】
水 1ℓ
食塩 3g
砂糖 40g (もしくはブドウ糖20g)
を混ぜ合わせます。
「上記のように、経口補水液と似た飲料は自分で簡単に作ることができます。ただし、成分が不安定で衛生面などに問題が残るので、効果と安全性を期待するのなら、基本的には市販のものを買うようにしましょう」
沖縄や奄美地方にも昔から伝わる飲み物がある
「日本でも、蒸し暑い沖縄や奄美地方では、仕事の合間にお茶や水を飲みながら、塩や黒砂糖を使ったおやつを食べて休憩していたようです。これも、塩分と糖分を一緒にとるという意味で、経口補水液と同じ発想です。
また、この地方では生活の知恵として、昔から飲まれていた飲み物があります。それが『みき』です」
米とさつまいも、砂糖を発酵させた乳酸菌発酵飲料で、夏場の祭事のときに神様に捧げる「お神酒(みき)」としての側面もあったようです。
甘酒に近い感じで、アルコールを含まず、乳酸菌を含むので整腸作用があり、栄養価が高いのが特徴。地元では、夏にこれをキンキンに冷やして飲むという、別名『飲む点滴』とも呼ばれているソウルドリンクです。
「それ以外にも、日本では昔から、風邪をひいたり食あたりをしたときなどに、重湯に梅干しや塩を入れて食べたりしますね。これも水分と塩分を同時に補給するという意味で、理にかなっているといえます」
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経口補水液のとり方、正しい知識を知っておこう
経口補水液は小腸での吸収が、最も速やかに行われるための濃度比率で組成されています。スポーツ飲料と比べて、塩分濃度が濃く(約3倍)、糖分濃度が薄い(約3分の1)ので、おいしくないと思う人が多いようです。そのため、薄めて飲んでよいか? とよく聞かれるそう。そんな素朴な疑問にお答えします。
経口補水液のとり方素朴な疑問
Q:薄めたり、甘味を足して飲んでもいい? ×
「薄めたり、甘味を足すのはNGです。最も効率的に水分補給ができる組成になっているので、それを壊してしまうと、速やかな水分補給ができません」
Q2:果汁を加えて飲んでもいい? △
「飲みやすくするために果汁を添加するのは…量によります。数滴だけなら、組成にあまり影響を与えません。例えば、1ℓの水で作った手作りの経口補水液なら、果汁は10㎖までならOKです」
Q3:とろみ剤を加えて飲んでもいい? ×
「嚥下障害がある人に飲ませる場合、とろみをつけたいところですが、これもNGです。一般的なとろみ剤は炭水化物であるデンプンが含まれるので、成分が変わってしまい、本来の機能が発揮できなくなります。嚥下障害がある人には、特殊な製法によりゼリー状になった経口補水液が市販されているので、それを用意するといいでしょう」
Q4:温めたり、冷やして飲んでもいい? △
「胃腸に負担がかからないという意味では、常温がベストです。ただし、熱中症で体温が上昇している場合は、冷たいほうが体温を下げる効果が期待できます。しかし、冷やしてもいいのですが、凍らせてはNG。また、温めてもよいのですが、沸騰させて水を蒸発させてはNGです」

済生会横浜市東部病院患者支援センター長。福島県立医科大学医学部卒業。横浜市立大学医学部麻酔科に入局し、2011年に神奈川県立保健福祉大学保健福祉学部教授。2016年より現職。現在、東京医療保健大学大学院客員教授、 慶應義塾大学麻酔科学教室非常勤講師を兼任。専門は麻酔学、集中治療学、周術期管理、栄養管理、経口補水療法、脱水症対策など。著書に『熱中症からいのちを守る』(評言社)など多数。テレビや雑誌、Webでも活躍。
イラスト/内藤しなこ 取材・文/山村浩子