更年期の心身の不調解決に次々チャレンジしたエッセイ『コーネンキなんてこわくない』が話題の作家・横森理香さん。
第1回では「コーネンキ」の先にあるものを追い求め、青森県、その名も「不老ふ死温泉」へ。
第2回は、世界遺産・白神山地、十二湖トレッキングのルポをお届けします。
高校生のための文化講演会で、はるばる来たぜ津軽。
せっかくここまで来たのだからと「不老ふ死の湯」にも浸かり、せっかくだから世界遺産・白神山地をトレッキングしようではないかという話になった。
行ったことのないところへ行く、やったことがないことをする、チャレンジすることで前頭葉を活性化、若返りを計ろうという魂胆である。
「不老ふ死の湯」では、朝ごはんから地魚のお刺身と自家製塩辛でガッツリいただき、お土産をしこたま買って宅急便で旅の荷物と共に送り、八時のマイクロバスに飛び乗った。
早朝、露天風呂にも入っているし、お腹もいっぱい。当然、バスの中ではガー寝である。
バスが到着して気が付くと、我々は森の中にいた。ログハウス風のお土産屋さんに、キョロロ、と書いてある。キョロロとは?!
ここから二時間のトレッキングだから、ここで用便を済ませとのお達しが、宿からあった。前日、雨が降っていたので長靴を履いて行けと、宿から長靴も貸し出されていた。
「ぬかるんでいるところがあるので滑ってもいけないですし、お靴も汚れますから」
と。一瞬、長靴なんて歩きづらいのではないかと不安がよぎったが、青森は雪国。冬場は毎日長靴だけに、長靴のサイズは細かくある。23cmの長靴、履きやすくて軽くて、ちょうど良かった。デザイン的にも悪くなく、マイ長靴として持ち帰りたいぐらいだ。
それにしても白神山地、二時間のトレッキングを長靴で大丈夫か? という不安もあったが、ガイドの富士子さんの説明を聞きつつ、自然観察しつつの二時間なので、ぜんっぜん平気だった。山を歩き慣れてない私たちでも、あっという間の二時間だったのだ。
私たちが参加した「十二湖コース」は、山登りではなく湖の周りの森を散策する。
富士子さんいわく、世界遺産・白神の山は奥深く険しく、登るのはかなり大変、一般の人は時間に合わせて湖を見つつ、橅(ブナ)の原生林を歩くコースがおすすめだそうだ。
十二湖の森の散策へ、いざ出発!
富士子さんは、年の頃なら六十代中頃。めっちゃ明るくて元気だが、やはりコーネンキの頃、なんか調子悪くなって、森に癒しを求めたのだという。
「毎日、この森を歩いてたらね、元気になっちゃったの」
湖畔で定食屋さんをやっていたが、ファストフード店の進出によって下火に。その店を閉めて、自然ガイドの資格を取り、その後、森林セラピーガイドの資格も取って、十四年森の案内をしているのだ。
「コーネンキは女性の体の変わり時だけど、私自身、人生の変わり時でもあったのね」
明るく語る富士子さんだが、うん、重みを感じる。
「森を案内することで、自分も元気になれるし、人も元気にしてあげられる。ほら、耳を傾けてみて」
駐車場からしばらく歩くと、湖と森に囲まれ、いろんな鳥の声が聞こえて来た。
「運が良ければ、アカショウビンの声が聞こえるよ。キョロロロロロって」
「えっ、じゃあ、あの土産物屋の名前は」
「そう、キョロロっていう名は、アカショウビンの鳴き声からつけたの。この森で生まれたアカショウビンは、この森に帰ってこようとするの」
そのときだった。遠くから、キョロロロロロロロと、聞いたこともない鳥の声が聞こえるではないか! 天から降ってくるような、不思議な音だった。
「すごーい、こんな声なんだぁ」
キョロロロロロロと、次から次へ、ステレオ効果で舞い降りてくる。
「あら、こんなに鳴くなんて珍しいわ」
「ウェルカム・キョロロ?」
「今日は姿が見えるかもね」
写真を見せてもらうと、オレンジ色の体に真っ赤なくちばしの、可愛く綺麗な鳥である。
私は、その鳴き声だけでも娘に聞かせたくて、動画を撮った。
歩きながら、富士子さんの説明で、色んな植物を観察した。蔓紫陽花は、大きな木に巻き付いて、天高く花を咲かせる。
「わー、あんな高いところまで!! 上昇志向の強い花ダネ!」
私は思わず、オバチャンっぽく叫んだ。
「ほら、こんな花もあるのよ」
富士子さんに言われて足元に目を向けると、キノコみたいな白い小さな植物があった。
「色素のない花、銀竜草(ギンリョウソウ)っていうのよ」
「へえっ」
「ほらそこに、カタクリの花」
「これがっ」
「これ見られるのもラッキーよ。カタクリの花は、種を落としたら、自分は完全に枯れてなくなっちゃうの。姿を消すから」
富士子さん、森って、なんだか深いです。
「耳を澄ますと色んな声が聞こえてくるでしょ?
森を観察すると色んなものが見えてくる。森は私たちを癒してくれるだけじゃなくて、色んな事を教えてくれるの」
確かに、新緑の緑を見ているだけで癒されるが、富士子さんのガイドで木々の香りや、風の音、空気、空や水の色、全てに五感を傾けてみると、人間は、実は生きているだけで幸せなんだ、と気づかせてくれる。
「はい、視力が良くなり、体のコアも鍛えられてシャキッとします」
と編集者K。仕事で完全に目と頭をやられている彼女、森に入ると蘇るのを感じるそうだ。
私はといえば、目の前の大自然と新しい発見に、ただただ感服するばかり。
自然に、何一つ無駄はない。そして、完璧に美しい。
次は陽が差すと色が変わる湖へ。
「さあ、青池に着いたよ」
ガイドブックで見て楽しみにしていた青池だ。
陽がさしてないと普通の深緑色だが、陽がさすと、深い青になる湖。
しかしその日は、朝から曇っていた。小さい湖の周りには、陽の光待ちの観光客が何人かいた。
私たちも手前で、自然観察をしながらしばしゆっくりしていた。すると、
「ほら、陽がさして来た!」
「わ、ホントだ」
「ここには、本当に神様がいるって思うのよ。雲ってても、待ってると陽がさすの」
と富士子さん。
「じゃ、行ってみましょう」
手前からでは分からない、見晴台があるところから見降ろすと、小さい深い湖は、本当に深いブルーになっていた。
青池は湧き水で満ちているから、一年中水温が変わらないのだという。そのため、倒れて落ちた木が、腐らないでそのままある。
透明なブルーの水の中に、何層にも織り成す、樹木を見た。
天と地が、一体になったような世界だった。
「目を細めてごらん。落ち葉が星に見えるでしょう」
「ほんとだー」
まるで天体観測をしているような錯覚に落ちる。
「ほら、蝶々」
「あ」
落ち葉や、蝶々が水面に触れると、滑らかな波紋が生じて、水面がガラス細工のようになる。自然の織り成すアートに、しばし目を奪われた。
青池の後は、妖気に満ちた大木に出合います。
再び歩きはじめると、富士子さんが、腐葉土の中にぴょこんと出た、ブナの若葉を見せてくれた。
それは、言われなければ見過ごしてしまいそうな小さな若葉。
「ここから二十年で、このぐらいね。これ、青年の橅」
すっくと伸びやかな青々とした橅である。
しばらく歩くと、ジブリのアニメに出てきそうな、妖気に満ちた大木が現れた。
「そしてこれがね、樹齢三百五十年の橅。触ってごらん」
霊木ともいえる、威風堂々とした佇まいだ。
その先の森には、若い木が両脇から、倒れそうな老木を支えているところもあった。泣ける風景じゃっ。
その先には根元からドーンと倒れた木も・・・。
「この木は、もう倒れちゃったのね。寿命なの」
森の生命の営みに、人間の一生を重ねるのもおこがましいが、生まれて、生き、死ぬことすら、自然のことと思わせてくれる。どんなステージも美しく、尊いのだ。
トレッキング最終地点に、野太い望遠カメラを構えたオジサンカメラマンがたくさんいた。アカショウビンの姿を収めようと、全国から集まった愛鳥家たちだ。
「ほら、あそこにカエルの卵があるでしょう? あれを狙ってくるのよ」
小さい湖のほとりの小枝に、泡状のカエルの卵がいくつもぶら下がっている。
「あそこでふ化して池に落ちて、おたまじゃくしになるんだけど、それも食べるの」
「へえっ」
富士子さんの知り合いのオジサンカメラマンに写真を見せてもらうと、アオガエルをぱくっとくわえたアカショウビンが映っていた。
「ひゃ~残酷。でも可愛い♡」
しばらく待っていたが、キョロロには会えず、バスの時間になってしまった。
「じゃあこれは、今日の記念にあげるね」
富士子さんが、帽子につけていたキョロロのピンバッジをくれた。売店で売られているものだが、迎えのバスが着くところは売店ではないそうなのだ。
「いやー、二時間あっという間だったわー」
「次は四時間コースお願いします! 富士子さん、ありがとう!」
「こちらこそありがとう!」
私たちは富士子さんとハグして、山を後にした。
コーネンキで陰々滅滅、もう死んじゃおうかな、なんて思っている人でも、きっとこの森に来れば蘇る。
また生きなおしてみようという気になれるに違いない。
遠いけど、ここまでくる価値はあるーーそう思える旅だった。
本文/横森理香
◆黄金崎不老ふ死温泉◆
〒038-2327 青森県西津軽郡深浦町大字舮作字下清滝15
TEL:0173-74-3500 (代)
1泊2食12,570円~。
白神十二湖トレッキングプラン(ガイド・送迎付き)などもある。今回体験したトレッキングは2時間コース。他に1時間、4時間コースもある。
日帰り入浴 600円
ご利用時間
★海辺の露天風呂/ 8:00~16:00 (最終受付 15:30まで)
★本館内風呂/ 8:00~20:00 (最終受付 19:30まで)
★新館内風呂/10:30~14:00 (最終受付 13:30まで)
※価格は税込み、データは2017年8月10日現在のものです。
★OurAgeの大好評連載エッセイに書き下ろしも加えて充実の
『コーネンキなんてこわくない』、ただいま、大好評発売中です。
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本の詳しい内容についてはこちらから!!
作家・横森理香が更年期の不調解決のため、空中ヨガ、イケメン太極拳、コルギ、観光ウォーキング、グルテンフリーなどに次々チャレンジ。読むだけで気持ちが前向きになる一冊です。
(集英社 定価 本体¥1,400+税)