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横森理香 連載小説「大人のリアリティ小説~mist~」シーズン3 自由という名の孤独 第5話 現実が押し寄せて来た

横森理香

横森理香

作家・エッセイスト。1963年生まれ。多摩美術大学卒。 現代女性をリアルに描いた小説と、女性を応援するエッセイに定評があり、『40代 大人女子のためのお年頃読本』がベストセラーとなる。代表作『ぼぎちんバブル純愛物語』は文化庁の主宰する日本文学輸出プロジェクトに選出され、アメリカ、イギリス、ドイツ、アラブ諸国で翻訳出版されている。 著書に『コーネンキなんてこわくない』など多数。 また、「ベリーダンス健康法」の講師としても活躍。 主催するコミュニティサロン「シークレットロータス」でレッスンを行っている。 日本大人女子協会代表

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ある日突然、叔母から連絡が入った。離れて暮らす父親がボケてしまったらしい。これからの介護について相談するため、瞳は実家に呼び出されることに・・・・・・・・・・・作家・横森理香がお届けする、乾いた心を癒す、フェイシャルスチームならぬマインドスチーム~mist~をどうぞ。

横森理香小説

第5話 現実が押し寄せて来た

 

瞳は久しぶりに、気が重かった。大嫌いな父親が、ボケて生きていた。

「勘弁してくれよ・・・」

どうにかしらばっくれることはできないか、ちょっと考えてみたが、どう考えても無理そうだった。自分自身が失踪して、行方不明にでもならない限り・・・。

 

「困ったねー、ミーちゃん」

猫相手に采配を振るう、自由気ままな生活も、最早これまでか?

 

とりあえず実家から最も近い施設のホームページを見てみた。興味のないことなので、流し読みしては頭に入らないから、声に出して読んでみた。

「えー、ご入居までの流れ・必要書類。健康保険被保険者証の写し、介護保険被保険者証の写し、収入証明(課税証明書、住民税決定通知書の原本、確定申告書、年金通知書の写し)のいずれか。健康診断書または診療情報提供書(原本または写し)。認印。

はー、めんどくさっ。あらっ、小梅もめんどくチャイって?」

腹を出して寝ている猫のお腹を揉む。

「うーん、そうかいそうかい、気持ちいい気持ちいい」

ゴロゴロ喉を鳴らす小梅の腹に耳を当て、しばしストレスを癒す。

 

それからため息をつき、瞳は再びパソコンに向かった。

「で、金はいくらぐらいかかんだ? うええっ」

たまたま開いた施設はどうも高級だったみたいで、その金額に瞳は目をひん剥いた。

「ひえ~、老後二千万必要って、このことだったんだぁ・・・」

 

 

叔母は、父の財産はすでにないというが、浮気に使っていた湯河原の温泉付きマンションとか、秘密裏に購入したゴルフ場の会員権とかはどうなったのだろうか。

「こりゃ、やっぱり一度行って、書類関係いろいろ調べなきゃだな・・・」

 

あの猫の額ほどの土地を売るにしても、まず古屋を解体して更地にしなければならない。その解体費用はどのぐらいかかるんだろう。

瞳は何年か前、壊れた風呂の修理で来てもらったなんでも屋にラインをした。

 

なんでも屋のわりにはイケメンで、いいやつだったのでライン交換し、何か壊れると彼に頼んでいた。古屋の管理もしているから、きっと詳しいだろう。

 

「えー、てっちゃん、てっちゃん」

何年も連絡してないから、ラインのアドレスで検索する。

「あった」

相変らずイケメンのアイコンに、ちょっと心が和んだ。

「お久しぶりです。ちなみになんですが、築五十年ぐらいの古屋の解体って、いくらぐらいかかります?」

すぐに返信があった。

「こんにちは! 大きさによります。

築年数よりは平米、あとは立地条件によってことなります」

「荒川区で40平米、隣接ビッチリ地帯です。木造二階建て」

「木造でしたら平米八万前後かと思います」

ありがとうございますのスタンプを送信して、瞳は暗算した。

 

「えーっと、8×40で・・・まじ320万ってシャレんなんないじゃん」

以前、田舎の土地の処分に困っている知り合いが、

「解体するだけで300万円ぐらいかかるって言われて、しょうがないからそのまんまにしてるの」と言っていたのを思い出す。

「えぐいわー」

 

 

これまで、自分の価値観と美意識で暮らして来た瞳に、一気に塩辛い現実が押し寄せて来た。貯えがないわけでもなかったが、それを父親のために使ってしまったら、子供がいない自分の老後はどうなるんだろうか。

 

ふと不安になったが、

「あ、ここを売ればいいのか・・・」

という思いにすぐにも至った。残せる子孫もいないし、手持ちの不動産を売れば、いい老人ホームに入れる。

「えー、でもやだー。なんであのくそ親父のためにお金使わなきゃなんないの?」

瞳は一人でジタバタした。本当に、手足をバタバタして。猫が驚いて離れていく。

「だいたい諸々の手続きで何度もアイツに会うのヤダよ~」

祭壇の母親に話しかける。

「どーすりゃいいんだよ」

 

ボケて垂れ流しの面倒を瞳が自分で見られるわけがなかったし、どこかに預けるにしても、何回かは行動を共にし、手続きをしなければならなかった。

 

「いやんいやん、ホエンナジバラハウンドドッグ」

瞳は、ロカビリー独特の振付で身をよじらせた。

そして、こんな時でもふざけずにはいられない、自分を呪った。

横森理香小説

©︎AMU(フォトグラファーユニット.KNIT)

◆小説「mist」のシーズン1、2、3のここまでのお話はこちらから読めます。

◆次回は、9月9日(木)公開予定です。お楽しみに。

 

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