第3話 リアルで濃厚接触
「まず驚いたことにさ、静岡駅で、いきなり『会いたかった』ってハグされたんだよ」
「えーーーー!!」
「目立たん?」
「まぁ改札じゃなくて、コンコースの物陰に連れ込まれてだけどさ」
「目の前でやられたら、老人とか腰抜かすよ。このコロナ禍に」
「それからガウッて」
桂子は手で顎のところを、虎に噛みつかれたように掴んだ。
「キスされたの」
「うっそ」
「もう、激しくて食われるかって思ったよ。あっちの人は、動物的なんだね」
「いやいや、さっちゃんがコーフンしてただけでは?」
「タイプなんだねー、桂子が」
「じゃああれ? その日はさっちゃんちにお泊り?」
「いや、銀行送金して、ランチして帰ってきたよ。猫ほっとけないじゃん」
「そうなんだ、つまんないの・・・」
美穂が唇を尖らせる。
「えー、だいたい無理でしょ? 27歳の息子みたいな子に、三段腹見せらんないよ」
と桂子は言うが、痩せる気はまったくないようだ。
鱒のお寿司とカマボコをつまみに、日本酒をクイクイ飲んでいる。
「お昼なに食べたの?」
「イタリアン食べたいっていうからさ、適当にググって、静岡市内のレストラン行った。やつほとんど自炊だから、店も知らないんだよね」
桂子がスマホを開いて、料理写真を見せた。
「ふーん、美味しそうじゃん」
「うん、美味しかったよ。安かったしね。奢ってあげちゃった」
「えー、なんでぇ? 金持ちなら奢ってもらえばよかったのに~」
「え、でもさ、一人で外国に住んで、言葉も不自由で銀行送金もできず、可哀そうだなって思っちゃって」
「桂子、優しい~」
「その優しさに惚れたんだね、さっちゃん。もう帰ったの?」
「うん、成田行く前、東京出てきたから、東京駅でまたちょっと会ったよ」
「へえ、今度はどした?」
「もうガウッはしなかったけどさ、軽くハグした」
「さすがに東京駅は、人目を避けられないからね」
「んで?」
「ちょうど昼時だったからさ、地下でごぼ天うどんといくらおにぎり食べた。やつはちくわ天うどんと親子丼。今回はおごってくれたよ」
「美味しそう・・・」
「なんかお腹空いてきた」
「はいはい、揚げますよ」
瞳がキッチンに立った。ごま油の香ばしい香りが漂ってくる。
「はい、じゃまずスミイカからね」
「わーい」
瞳は揚げたてを少しずつ、懐紙を敷いた笊に入れ、運んだ。
レモンを絞り、抹茶塩でいただく。
「美味しい~、サクサク」
「なかなか家で、こんなにうまく揚げられないよね」
「ふふふっ、ビール飲む?」
「あるの? 飲む飲む」
瞳が冷蔵庫から、コロナ禍でハマった缶ビールを出した。
「あ、東京エールだ。私も好き」
「私も。コロナ禍で缶ビール、クオリティ上がったよね」
「ね、クラフトビール系が美味しい」
瞳が注いでくれたくれた切り子のビールグラスで、三人はまた乾杯をした。
「じゃ次は芝海老ね」
「わーい」
酔いが回ってくると、ふだんサバサバした男っぽい桂子が、実はさっちゃんの事が大好きだと、二人にも分かった。
「国に土産買うっていうから、東京駅の地下街をさ、手をつないで歩いたんだよ。キャラクターグッズとか見て笑って。それだけなんだけど、もしかしたらそれが、私がやりたかったことなのかなって」
「あ、分かる。若い頃は恋人とよく手をつないで歩いたけど、もう何十年も誰かと手を取り合うことなんてなかったもんね」
美穂も自分の体験を踏まえて、実感を込めて言った。
「え、で、美穂んちは一緒に寝てるの?」
瞳が揚げたての海老天を運びながら聞いた。
「そー、添い寝よ。何にもしないけどねー」
「いやいや、添い寝こそがあたたかい」
「もう別にさ、セックスとかいいよね、大人女子は」
「んだ」
瞳が海老天をサクッと食べながらうなづいた。
「いい音! 私もいただいちゃう」
「いただきます(^^)/」
サクサクといい音が瞳の部屋に響く。
ポンっと、瞳が新しい缶ビールを開け、みなのグラスに注いだ。
「ぷはー! ビール美味しい!」
「いや、ほんと」
「店で飲むクラフトビールに引け取らんよね、これ」
桂子は宣言下の夏、クラフトビール専門店に寄り、酒類は提供してないと言われ、オレンジジュースを飲んで帰った。その無念さを思うと、皆で分かち合う缶ビールのうまいことうまいこと。
「じゃそろそろ蕎麦茹でるよ」
「わーい」
さっちゃんは国に帰ってからも、毎日ラインをしてきてくれるのだという。
「ほら見て、庭にマンゴーとか生えてんだよ」
「うわ、マジで」
桂子はインドの鬱蒼とした庭に、たわわなマンゴーが成っている写真を、ラインの画面から見せてくれた。
「柿みたいなもん、なんだろうねぇ」
「かもかも」
瞳が刻んだネギとおろしたてのワサビを運んできた。
「は~、いい香り」
美穂がうっとりと言う。
「そろそろ蕎麦湯で上がるよ~」
「はーい」
コロナ禍で愛のかけらを拾った大人女子たちの、幸せな年の瀬だった。
◆「mist」のこれまでのお話は、こちらでお読みいただけます。
◆次回は、3月24日(木)公開予定です。お楽しみに。