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横森理香 連載小説「大人のリアリティ小説~mist~」シーズン5 大人女子の恋愛事情 第7話 ぼっちじゃないお正月

横森理香

横森理香

作家・エッセイスト。1963年生まれ。多摩美術大学卒。 現代女性をリアルに描いた小説と、女性を応援するエッセイに定評があり、『40代 大人女子のためのお年頃読本』がベストセラーとなる。代表作『ぼぎちんバブル純愛物語』は文化庁の主宰する日本文学輸出プロジェクトに選出され、アメリカ、イギリス、ドイツ、アラブ諸国で翻訳出版されている。 著書に『コーネンキなんてこわくない』など多数。 また、「ベリーダンス健康法」の講師としても活躍。 主催するコミュニティサロン「シークレットロータス」でレッスンを行っている。 日本大人女子協会代表

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幼馴染のケンちゃんとクリスマスを一緒に過ごして、幸せを感じた瞳。けれども、結婚となると心が揺れるのだった・・・。作家・横森理香の連載小説「mist」シーズン5は、コロナ禍の東京を撮影した初沢亜利氏の話題の写真集「東京 二〇二〇、二〇二一。」とコラボ。小説と一緒にお楽しみください。

初沢亜利

撮影/初沢亜利 写真集「東京 二〇二〇、二〇二一。」より

第7話 ぼっちじゃないお正月

 

 

年も明け、例年通り瞳は元旦ランをして、東京タワーの写真を貴美子に送った。

「あけおめ~」

 ラインの寅年スタンプも送る。

「わ、もう走ってるの?」

「うん、昼からケンちゃんち行かなきゃなんないからさ」

うさぎが紋付を着てグーしてるスタンプが送られてきた。

「良かった。お正月、瞳が一人じゃなくて」とは打たないが、貴美子の思いが伝わって来る。

 

貴美子とは年末、ライン電話で長話をした。

瞳の揺れる女心を、本音で話せるのは貴美子しかいなかった。長年の友達、純粋で地味であたたかい、貴美子は心の支えだ。 貴美子は言った。

 

「もっと若かった頃は、瞳は一人で自由に生きてるのがいいと思ってたけど、この頃はちょっと心配になってきてたんだよ。私もお母さん看なきゃいけないから、コロナ禍じゃなくてもなかなか行けないしね。ケンちゃんがいてくれてよかった」

「んな、ケンちゃんだって若くないんだから、一緒になったって、すぐまた一人になるかもしんないじゃん。だいたい不摂生だしさ」

「いやいや、平均寿命で考えても、まだ三十年あるよ。瞳だって八十まで派遣で働く気はないでしょう?」

「そりゃそうだけど・・・」

「そしたらケンちゃんちのお茶屋さんを一緒にやるのがいいと思うよ。終身雇用じゃん」

 

終身雇用・・・永久就職・・・そんな言葉が、自分に縁があるとは思っていなかった。

しかし、貴美子の言葉は温かく、瞳の心を撫でた。

 

 

「いやー、開店休業状態のお茶屋だから、ネットで新しめのお茶を売りさばくしかないんだよ」

「そういうの、瞳得意じゃん。センスいいしさ」

「じゃ、とりあえずお茶のビジネスを一緒にやる方向性で・・・」

「またまた、それじゃあケンちゃんの気持ちはどうなるの? 夫婦になって一緒にやっていきたいってことなんじゃないの?

 この、「人の気持ちを思いやる」貴美子の優しさが、自分には欠けているところだと瞳は思った。

 

「そうなんだけど・・・」

う~ん、痛しかゆし。瞳はジタバタした。

そんな時、

「瞳、正月はどーしてんだ? 元旦、うちにいつものメンバーが集まって昼から呑みするけど来ない? お袋がおせちと雑煮作るからさ」

とケンちゃんから誘いがあった。

まぁどうせやることもないし、瞳にとっての「いつメン」が、地元商店街の野郎たちに変わって来てもいた。

お母さんが老体に鞭打ってお正月料理を作るなら、お手伝いもしなきゃだと、瞳はケンちゃんちに行くことにしたのだ。

 

 

「あけましておめでとうございます!」

カラカラと門松の飾られた木戸を開けると、お雑煮のだしのいい香りが漂っていた。

奥から紬に割烹着のお母さんが手を拭きふき出てくる。

「まあまあ、瞳さん、よく来たね。さあ上がって」

 

ケンちゃんのお母さんは七十代後半になるが、まだまだ元気だ。

特に正月だからか、張り切っている様子が伺えた。

「はい、まずうがい手洗いさせてください」

「はいはい、洗面所こっちね」

きちんと大掃除したであろう日本家屋は、古いけどきれいだった。

瞳はうがい手洗いをして、持参したエプロンをつけた。

 

「え、エプロン持参?」

 ケンちゃんが奥から出てきた。

「手伝う気満々じゃん」

とにやにやする。

「当たり前じゃん。高齢のお母さんコキ使うわけにいかないよ」

「瞳おまえは、ほんといいやつだな」

ケンちゃんはそう言って、瞳の頭を撫でる。

「やめれっ」

 

 

ケンちゃんの手を振り払うと、お母さんが奥からそれを笑いながら見ている。

台所に行くと、すでにお刺身やおせち料理の準備はできていた。

「ほい、うちの大福茶」

「いただきます」

ケンちゃんがオリジナルブレンドの大福茶を淹れてくれた。

「金粉入りだね」

「んだ」

「美味しい」

一口飲んで、瞳は言った。いい年になりそうだ。

 

「何をお手伝いすればいいですか?」

  お茶を飲んでからお母さんに聞くと、

「あ、じゃあ居間の座卓にそれ運んでくれる?」

と、ちゃきちゃき言われた。

「はい」

「あと人数分取り皿と祝い箸並べて」

「はーい」

 

瞳はお重を座卓に運んで、ケンちゃんの母手作りの箸袋を微笑ましく眺めながら、取り皿と並べた。お正月用のいいお皿だ。床の間には大きな鏡餅が飾られている。その隣には仏壇、そして神棚があった。榊も仏壇の花も、正月用の松入りだ。

 

洋風のものに憧れ、半世紀を生きてきた瞳だったが、こういう日本の風情が、骨身に染みわたる年になっていた。瞳は自然と、神棚に手を合わせ、仏壇に線香を上げた。そして、心の中で、よろしくお願いしますと、ご先祖様、亡くなったケンちゃんの父親に挨拶した。

 

 

台所に戻ると、ケンちゃんが搗きたての切り餅を網で焼こうとしていた。

「俺、餅焼くから、瞳、お椀に青菜入れて、柚子切ってくれる?」

「はーい」

焼餅の香ばしい香り、柚子の爽やかな香りが、鼻腔をくすぐる。

寒いけれど心地よい、日本の正月だった。

 

 

◆「mist」のこれまでのお話は、こちらでお読みいただけます。

◆次回は、4月7日(木)公開予定です。お楽しみに。

 

★初沢亜利さんの写真集「東京 二〇二〇、二〇二一。」は、こちらからどうぞ。

 

 

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