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横森理香 連載小説「大人のリアリティ小説~mist~」シーズン6 孫という名の宝物 第4話 できちゃった結婚

横森理香

横森理香

作家・エッセイスト。1963年生まれ。多摩美術大学卒。 現代女性をリアルに描いた小説と、女性を応援するエッセイに定評があり、『40代 大人女子のためのお年頃読本』がベストセラーとなる。代表作『ぼぎちんバブル純愛物語』は文化庁の主宰する日本文学輸出プロジェクトに選出され、アメリカ、イギリス、ドイツ、アラブ諸国で翻訳出版されている。 著書に『コーネンキなんてこわくない』など多数。 また、「ベリーダンス健康法」の講師としても活躍。 主催するコミュニティサロン「シークレットロータス」でレッスンを行っている。 日本大人女子協会代表

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主人公・佐知のもとに、2年間音沙汰がなかった息子からの突然の電話があった。結婚相手を紹介したいという。すでに一緒に暮らしており、出来るだけ早く結婚したいという息子・・・・・・。それはつまり? 佐知の胸に不安と期待がこみあげてきた。

ミック・イタヤ

イラスト/ミック・イタヤ

 

第4話 できちゃった結婚

 

佳恵の妊娠は夏ごろに分かったらしい。最初はつわりがひどくて、リモートワークで良かったと、久志は言っていた。秋口にはつわりも終わり、安定期に入った。おなかが大きくなる前に、サクッと身内で式を挙げたいと言うのだ。

 

「ちょっと待って。身内でって、どのぐらいまでの感じで?」

佐知はパニックになった。十月は死んだ従姉の一周忌もある。

両家顔合わせもしなきゃなんないし、会場の予約なんて、この時期にいきなりじゃ、ちゃんとしたところは無理だろう。

 

「久志は長男なのよ」

佐知は今にも泣きそうだ。

「お母さん、いまどき長男とかってありえない。地味婚の時代だし」

花梨が冷たく言い放った。

あんたはどっちの味方なのよー?!  本当はそう叫びたいぐらいだったが、こらえた。

 

「・・・花梨あんた、今日免許持ってる?」

「いつも携帯してるけど・・・」

「じゃ運転して。すみませーん!!

佐知はマスクをするのも忘れて、大声で店員を呼び寄せた。

「紹興酒ください。ロックで」

飲まなきゃやってらんない。

「甕だし紹興酒ですねー」

 

 

店員が去るのを確認してから、佐知は言った。

「話の続きは家でしない?」

ああもう、家が汚くたって気にしない。込み入った話になりそうだ。

「狭い家ですけどね。あ、そーだ。デザートにケーキ買ってこう、ケーキ」

夫は嬉しそうだ。娘が一人増えた。さらに初孫までできている。

「・・・・」

 

まさかこんな展開になるとは夢にも思っていなかったので、佐知は三年物の甕だし紹興酒をゆっくり味わうこともなく、一気に飲み干した。

 

 

花梨が運転するVOLVOの助手席に夫が、後部座席に三人がむぎゅうっと乗り込み、一同は目黒の高級住宅街にある、室井家に向かった。狭い敷地に建蔽率いっぱいいっぱいに建つ家の駐車場に、大きな外車が何度も切り返しをして停まった。

 

「さあさ、上がってください」

佐知が玄関を開け、スリッパを出した。

来客用のスリッパを出すなんて、いつ以来だろうか。

この二年家族三人しかいないリビングにて、久しぶりにプラス二名がいる。

 

花梨が張り切ってプレゼンを始めた。

「たとえばこんなプランなら、今からでも予約できます」

iPadでサクサク検索して、都内結婚式場のトワイライトプランを見せる。

「平日の夕方からなら・・・」

ネット予約の空き状況を検索する。

「ほら、十一月の終わりなら空いてる」

五カ月か・・・ぎりぎり、花嫁衣裳でお腹は隠せる。佐知はもう、これから怒涛のようにもろもろ準備しなければならないことで、頭がいっぱいだった。

 

 

「あ、お母さん、デカフェの紅茶にしてよ」

キッチンでケーキとお茶を準備している佐知に、花梨が指示した。

「はいはい」

花梨はカフェインフリーもやっている。

ましてや妊婦には、カフェインを与えないほうがいいと考えたのだろう。

ったく、医者か。

 

「とりあえず、佳恵さんのご両親にもお会いして、両家だけの式にするとしても、色々相談しないとね」

佐知はリビングにお茶とケーキを運んでから、切り出した。

「うちは父がもう他界していて、母だけなんです」

佳恵が困ったような顔をして言う。

「あ、それはそれは・・・これからは私を父親と思ってください」

夫がバーンと胸を叩いた。

ふだんは苦虫を嚙み潰したような顔をしているくせに、この外面の良さ・・・佐知と花梨はあきれた。

 

「じゃあお母さまとお会いして、式場の下見とか、いろいろ早めに支度しないとね」

「すみません母はまだ、フルタイムで働いているので、準備とかは無理かと」

「あら、そうなの・・・・」

気まずいムードが流れた。上機嫌の夫が言う。

「じゃあ来週末にでも、さっそく会食しよう」

それから花梨のアイパッドに出される結婚式場を指さし、

「会場の下見もかねて、ここでいいじゃないか。レストランも美味しそうだし」

と即決した。

 

佳恵は一人っ子だという。父親はとっくに病死していて、母親が看護婦をしながら、女手一つで育て上げたのだと。

三交代制で働きながらの子育ては、想像以上に大変だろうし、一人で留守番した娘も、寂しかったに違いない。

佐知はちょっとだけ、同情した。

 

 

コロナ禍で会えるのが家族だけに限定され、いつ収束するか分からない今、息子の「この人と家族になりたいんだ」という言葉は、重かった。

 

◆「mist」のこれまでのお話は、こちらでお読みいただけます。

 

◆次回は、8月25日(木)公開予定です。お楽しみに。

 

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