目も舌も気持ちも大満足!こだわりの若手料理人が挑んだビーガン懐石とは?
ビーガン料理が進化している、というのはもう、みなさんもご存知の通り。ブームになってもう数年。流行りのビーガンラーメンも食べに行ったり、それなりに機会があれば食べてみたりしています。そもそも「食」となると探究心旺盛なワタクシ、20代の頃にも、当時は珍しかった中華料理の精進料理、「素食」のお店があると聞いて、仕事仲間みんなで食べに出かけたこともありましたっけ。
そして今回も注目の和食料理店さんが「ビーガン懐石」のコースのお披露目をされると聞いて、「はい! 人気のビーガンですね!」と、構えずにうかうか出かけたのですが、これはこれは、見てビックリ&食べてビックリのまさに玉手箱!でした。
まず、最初にお食事の前から、ご主人の田中佑樹さんの若さ!、に驚いたりしたのですが(笑)、それはまた後でご紹介するとして、最初にご説明を頂いて、「すべて動物性のものを排したビーガンのお料理を」と聞いて、「ふむふむ、和食は精進料理の伝統がありますよね。サッパリした感じ、もしかしたらちょっとストイックな感じのお料理かしら」と受け止めていたのです。すると、出てきた八寸がこちら。
4月始めのメニューの八寸は名付けて「花見八寸」という華やかなもの。だしを含ませた「ふきの白和え」、空豆の団子、ビーガン海老の米粉揚げ、など、細やかな細工と味わいの5品
なんとも言えない華やぎのある美しさに、まず「ステキ〜」と、目がハートに。そして口に運ぶと、しっとりと品のいい素材の香りと味わいがありながら、それぞれの持ち味を鮮やかに感じる組み合わせの妙もあり。おいしい!
この時点でもう「ビーガン」であることは忘れかけてました。「植物系だけ」のように感じなかったからです。右手の白いソースはクリーミーだし、真ん中にある海老に似たものも「代替品」っぽさはなく、これはこれでぷるんとしてとても美味。ストイックというより、新しいものに出会うわくわく感が感じられます。なので、普通の和食のように、いや、普通の和食以上に楽しく、味わっていただきました。
独自の精進だしは鰹節も使わないのに「深い」味わいが。秘密は意外な素材づかい
そして、次はこのお椀の桜蒸し。桜の色と香りを移した蒸し物は、見た目も味わいもたおやか。
品の良い桜の香りの蒸し物と煮物。透明のおだしもこっくりとしたうまみを含んで、美味しい
そして、この汁をいただくと、おだしの味わいが思いのほか濃厚でびっくり。あれ、鰹節使わないはずでは? と思わず田中さんを見ると、ニッコリされています。鰹節はもちろん、使っていません、とのこと。では何でこんなしっかりした味が? と首をかしげていると、惜しげもなく教えてくださったのは、この旨みの由来です。昆布とごぼう、菊芋、そして舞茸で、だしをとるのだそうです。
あっさり言われて思いました。
「普通の昆布やごぼう、普通の菊芋、舞茸、そして普通の腕、手間では、こんな美味しさは出せないんだろうなあ」、と。
詳しく聞いて見ると、やはり菊芋、ごぼうは田中さんの出身地・三重県で、知る人ぞ知る美味しい野菜を作られている方の手による「お茶」用のものなのだそう。ごぼうも、菊芋も、舞茸も、それぞれ苦味がありそうなのに、この「精進だし」には全く苦味はなく、旨みがたっぷり。その目のつけどころと技に、「ほ〜う」とつい唸ってしまいました。
そして、香りの良い桜蒸しの下に重ねてあるのは美味しい煮物。角煮のような、しっかりとした存在感、でも脂っこくなく香ばしさもあり。これもまた美味。新しい味の楽しみが、そこここにあります。
揚げ物はこの季節ならではの山菜の天ぷら。春の野山の息吹を美味しくいただきます。うまみたっぷりの精進だしが使われた天つゆとの相性も、また良し。
口に運ぶとカリッ、サクッとした歯応えとともにフワッとたちのぼる春の香りをしばし堪能
シメまでしっかりと記憶に刻まれる新鮮な味、そして驚き
他にも汲み上げ湯葉のお造りなど、美味しいものをとりどりに織り交ぜた6品と、ご飯、デザートがついた、全8品のコース。ご飯は季節のものということで、この日は筍ご飯でした。旬の味わいが次々と出てきて、美味しいこと。たけのこご飯のおかわりの代わりにおすすめの、「ふき味噌おにぎり」も作っていただきました。はんなりと薄味の筍ご飯が、ふき味噌を載せて香ばしく焼き目がついて出てくると、また違う味わいに。
土鍋で炊き上げた、たけのこご飯を差し出す田中さん。ライブ感のあるメニュー運びも楽しい
たけのこご飯には赤だしのおみそ汁が。これも、おだしが効いていて深い味わい
ほろ苦いふき味噌が載るとまた美味。懐石とはいえ、カジュアルなおもてなしが心地よい
デザートに用意された、通常の懐石で定番の人気デザート「フォンダンかぶせ茶」も、このコースの時は、ビーガン仕様なのだそうです。バターもクリームも使わずに、どうやって「フォンダン」に仕立てるのかしら?と心配になるのですが、これがまたコクとなめらかさが見事に実現されていて。ビーガンであることに関係なく「また食べたい!」と思わされる一品です。
まさに濃い「お茶」の色。でも苦味もほどよく、深みのある良い香り。同時に「フォンダン」らしい「こく」もあって。クセになりそうな味わいです!
動物性の食材を一切使わずに、これだけの満足感を感じさせるコースには、和食の可能性の奥深さを感じます。それも当然、田中さんは30代前半にして注目の料理人。京都の料亭「菊乃井」で修行したのち、海外をめぐって味の世界を広げる中で、日本の食文化、特に故郷である伊勢の恵みの豊かさを再認識。生家の料理店にも因んだ店名には「伊勢 すえよし」と「伊勢」の地名を掲げ、三重県の食材を中心に、美味しいものをさらに美味しく料理するこのお店を西麻布に開きました。
海外経験も生かして、すでに内外のお客様の求めに応じビーガンだけでなく、ハラールやベジタリアンなど、様々な要望に対応してきたそう。その腕を見込まれて、J A Lの機内食でもプラントベースのミートを使った「そぼろ丼」を監修するなど、活躍の幅を広げています。
カウンター越しに、さまざまな料理のポイントを気さくに話してくれる田中さん。親しみと同時に落ち着きもあるおもてなし、気持ちよくくつろいだ時を過ごせます
フォンダンかぶせ茶に使用する「かぶせ茶」は、三重県の名産のひとつ。地元で料理店を営んでいた、田中さんのお父さんからのお付き合いだそう。今は次世代同士でも親交を深めている。こうして集めた三重の豊かな食を、本にまとめて訪れる人たちに紹介している
素材を見分ける眼力、腕、閃き、意識…などを生かしたこのビーガンメニューも、従来は内外の顧客のリクエストに応えてその度に誂えてきたそう。しかし、ビーガンの方と、それ以外の方の両方に同時に対応するということは、だしのひきかたからすべてが違うものを作ることになります。しかも動物性のものが混ざり込まないように細心の注意が必要で、とても難易度が高く、手間も要するので頻繁にはできません。
でも、「せっかく美味しいビーガン懐石が作れるのだから、もっと気軽に楽しんでもらいたい」ということで、これからは月に一度、週末に「ビーガン・デー」を提供していきたいとのこと。その日はビーガンメニューのみにすれば、作り分ける負担もないのでナイス。その分気楽にこのメニューを食べてもらいたいと、イベントとして行う際には価格も抑えるとのこと。
料理といい、もてなし方といい、すごいアイデアマン、と思ったら、田中さんの活動はすでに多岐にわたっているようです。30年後も豊かな食材を使って作れるようにと「持続可能な和食」を意識して、魚などの水産資源を含め、環境に負荷の少ない食材を活用するなど、生産者や地域の学校などとも連携してさまざまにチャレンジ中。和食をいただきながら、驚きや発見があるのは、そうした個性の表れなのかもしれません。みなさんもぜひ一度、ビーガン懐石を味わってみてください!
「伊勢すえよし」 東京都港区西麻布4-2-15 水野ビル3階 (連絡先、営業時間、定休日などはHP参照のこと)
●4月25日、5月30日に予定のイベント「週末菜食のススメ」は、通常1名1万7500円のビーガン懐石コースを、1万円で提供しているとのこと。ランチ、ディナーとも要予約。
●田中さんの教えるビーガン和食のオンライン・クッキングレッスンが、人気のビーガン料理サイト「庄司いずみ ベジタブル・クッキング・スタジオ」からオンデマンド視聴(有料:2500円+税)できます。ご興味ある方は要チェック!