OurAge読者のみなさま、お久しぶりです!
『自転車に恋して』、の連載筆者、松浦まみです。
今回は自転車から降りて、ある時代の思い出をアワエイジ世代の皆さんと共有したいと思います。
【ティエリー・ミュグレー】
彼のクリエイティヴィティが凝縮された、往年の写真集と
この名前を懐かしく思い出される方は多いでしょう。
かつて80〜90年代のモード界に君臨した、フランスのファッションデザイナーです。
未来的なデザイン、奇想天外な創造性から生まれるパワフルな服は、ダイアナ・ロス、マドンナ、ビヨンセといった時代のミューズ達に愛され、自身もまた時代の先端を行くアイコンでした。
近年も、パリのクレイジー・ホースの演出やシルク・ド・ソレイユの衣装、セリーヌ・ディオンやレディ・ガガのドレスを手がけ、時代が変わっても常に世界のショービジネス界から請われ続けてきました。
そのミュグレーの訃報が先日、世界中を駆け巡りました。
世界で最も影響力のあるクリエイターの一人として生きる伝説的な存在だっただけに衝撃は大きく、ダイアナ・ロスは彼とのツーショット写真と共に哀悼の言葉をインスタグラムに投稿しました。
【ミュグレーとバブル期。クリエイティヴィティの頂点として】
さて、ミュグレーの全盛期だった80年代後半から90年代にかけての日本といえば、バブル真っ盛り。
バブルといえば、色鮮やかなスーツ姿の女性、強調された肩パッドと絞ったウエストが作る逆三角形のシルエットがすぐ目に浮かびますね。
時代の象徴とも言えるシルエットですが、実はミュグレーが70年代のデビュー当時から一貫して追求してきたフォルムなのです。
言い換えれば、ようやく時代がミュグレーに追いついた。
同時期にはクロード・モンタナやアゼディン・アライアがやはりボディ・コンシャスで力強い服を発表して人気を博していましたが、それらの中でもミュグレーは群を抜き、「勝負服」「戦闘服」として頂点に君臨するブランドでした。
実は日本でのミュグレーのプロモーションを手がけたのは、私の夫でした。
ランウェイにファッションモデルではなく当時人気絶頂だった宮沢りえさんや本木雅弘さんを起用するなど新しいことを仕掛け、エージェントとして力を上げてプロモートしたブランドでした。
左がミュグレー、右が夫。もちろんスーツはミュグレー。東京ショーのバックステージにて(1979年)
ミュグレーのタキシードを着た夫。カトリック神父の衣服をタキシードに引用するデザイナーの着想に唸る。逆三角形のシルエットはメンズも同じ (1990年)
ファッションデザイナーであると同時に写真家、演出ディレクターでもあり、90年代のジョージ・マイケルのミュージックビデオ「Too Funky」は、ミュグレーのマルチな才能がいかんなく発揮された作品としてファッション史、ポップ音楽史の双方に刻まれています。
更に遡って1979年に日本の武道館で開かれた、総合指揮・小松左京、音楽監督・富田勲の「エレクトロ・オペラ」ではミュグレーのショーがフィーチャーされ、音楽・映像・ファッションが融合した世界最大規模かつ類を見ないショーとして、当時世界的な話題になりました。
【ミュグレーの香水とパリ】
80年代後半から90年代にかけ、独身時代に私が住んでいたパリのマレ地区はアートやファッションの最先端の街で、すなわちゲイ文化(当時はLGBTという言葉はまだなかった)の最先端の街でもありました。
私の男友達の半分はゲイで、彼らは高い美意識を持ち、ファッションも含めて洗練されたライフスタイルを送っていました。
(ゲイでなければクリエイター・文化人にあらず、みたいな風潮も無きにしも非ず、でした。)
彼らが愛した香水はミュグレーで、中でも『Angel』(エンジェル)の香りがいつもマレ地区一帯に漂っていたものです。
ミュグレーの香水「エンジェル」。 私にとってはマレ地区の香り、そしてLGBTの連帯の香り
当時まだ社会に強く蔓延っていた同性愛者達に対する差別へのプロテストとしての、また連帯を示す香りとして、彼らはミュグレーを身につけていたのでしょう。
なんと優雅な抵抗運動ではありませんか。
暴力を非暴力で覆さんとする我らがシスターフッドにも似ていますね。
LGBT運動はフェミニズム運動と重なるのだと、今振り返って思います。
女性、有色人種、LGBT、全てのマイノリティに多くの勇気と連帯をもたらしたレジェンド、どうか安らかに。
【ヴィンテージの服を愉しむ、愛おしむ】
3年前のグラミー賞では、カーディ・Hがミュグレーのヴィンテージドレスを着て登場しました。
ミュグレーでなくても、当時の服を持っている方、お宝ですよ!
「バブルの遺物」「過去の恥」 だなんてとんでもない!
今は流行より個人の嗜好が尊重される時代。
好きなものは好き。他人なんて関係ない。
自分の好きなものはタイムレス。
それって、とても幸せなこと。
これからはもう新しいものを次々と買う時代ではなくなります。
バブル期の服なら今より断然質が良いし、もう二度と手に入らないという価値があります。
クロゼットの奥から引っ張り出してきて、お直しするもよし、そのままでもよし。自分だけの着こなしで、ファッション史に燦然と輝く作品をクロゼットの奥から蘇らせ、再び愉しむ。
私は残念ながらミュグレーを持っていないので、代わりに夫のミュグレー・タイをして先日仕事に行ってきました。誰も気が付かない、私だけの密かな愉しみ。それでいいんです。
服が私を幸せにしてくれたように、服を大切にして幸せにしてあげよう。
ミュグレーへのオマージュとしてトレードマークの☆がプリントされたネクタイでジェンダーレスに
なんならコロナの時代の楽しみ方として定着した感のある「おうちファッションショー」で、誰にも憚ることなく思いきり好きな格好をして、インスタやTikTokに上げちゃって!
【展覧会情報】
おりしも昨年9月から今年4月までパリの装飾美術館でミュグレーの一大回顧展「Couturissime」が開催中。非常に評判が良いので、幸運にもパリに行ける人、パリにいる人にはお薦めです!
https://madparis.fr/thierry-mugler-couturissime-en