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映画『 MINAMATA―ミナマタ―』の当事者、アイリーン・美緒子・スミスさんが今、次世代に届け続けるメッセージとは?

金田ちさと

金田ちさと

『non-no』『FIGARO japon』でファッション、旅・映画記事などを企画・編集。フリーランスとなりインタビュー、映画、書評、環境関係などの記事を執筆。40代後半で早稲田大学大学院に社会人入学し、政治学・ジャーナリズムを学び修了

1971年、水俣でユージンと全てを共にしたアイリーン・美緒子・スミスさんは、その後の生涯を、環境問題に生きてきた

 

50年前の1971年、ニューヨークから日本の熊本県にやって来たフォトジャーナリスト、ユージン・スミスは、チッソによる水俣病の過酷な現実を、自らの写真を通して全世界に伝えた(詳しくは前編参照)。話題の映画『MINAMATA―ミナマター』に描かれているのは、そのユージンの姿と、彼と共に水俣に滞在し、仕事のパートナーとして片時も離れず彼を支えた、当時の妻アイリーン・美緒子・スミスさんの姿だ。1年後『MINAMATA』の写真集が出版された後、2人は別れ、その2年後、ユージンは帰らぬ人となった。

 

 

映画『MINAMATA―ミナマター』には、抗議する患者家族に寄り添い、激しい闘争の現場にも共に立つアイリーンさんの姿が描かれている。水俣に暮らした3年の間に、共に過ごしたユージンや、環境汚染から自然や人を守ろうとする人たちから、多くを受け取ったと言う(写真は映画『MINAMATA―ミナマター』の抗議活動のシーン)© Larry Horricks

 

その後、環境学の修士号を取得し、現在は京都在住で、環境問題の活動を続けているアイリーンさんは、今回の映画にも当事者として深く関わり、2人の成し遂げたことの意義を伝えている。インタビュー後編では水俣について学ぶ東京の高校生らと、映画や写真を通じて交流するアイリーンさんの姿を追って、今、彼女が若い世代に託す思いをうかがった。

 

ユージンが水俣で教えてくれた。「教えるとは、押しつけることでなく、自分の情熱を伝えること」

「ユージンと出会った時、私はジャーナリズムの在り方について深く考えたことはありませんでした。でもユージンと過ごした5年弱、彼からとても大切なことを教わりました。
それは、そこにあるがままを、フェアに、正直に伝えることが大事で、それを成し遂げるためには闘い、信念を曲げない、諦めない姿勢が必要だということ。
フォトジャーナリストにはふたつの責任がある。写真を撮られる側に対しての責任と、写真を見る側に対しての責任。
そしてジャーナリズムと芸術(アート)は相反するものではない、ということを知りました」

 

 

水俣でのアイリーンさんとユージンの姿(前編に続き再掲)。水俣に住み始めた当時、アイリーンさんは21歳。今回オンラインでトークした高校生たちと、3〜6歳しか違わない若さだった。当時の彼女の行動力、学ぶ力に、あらためて驚く photo by Takeshi Ishikawa © Ishikawa Takeshi

 

ユージンたちの写真集『MINAMATA』に掲載された、強烈なインパクトを与える写真が伝えているのは、そこにある厳しい現実。でも同じ『MINAMATA』の写真からは、レンズを通して人の優しさや温かさも伝わってくる。だからこそ、辛い現実を写していても素直に心に語りかけてくるし、メッセージが深く心に残る。ユージンの人柄や、戦場で負った傷も含めた彼の人生が、芸術として昇華された作品になっているからだと感じ、アイリーンさんの言葉が胸に響く。

 

映画の公開に先立って、映画の原案となったユージン・スミスとアイリーン・美緒子・スミスによる写真集『MINAMATA』が新たに出版された。現実にはなかなか知ることや、直視することができない光景も、写真という芸術を通して触れることで身近に感じられる
『MINAMATA』(クレヴィス 定価4,400円) 写真・文 / W. ユージン・スミス、アイリーン・美緒子・スミス / 訳:中尾ハジメ

 

 

アイリーンさんは、さらに言葉を続けた。
「もう1つ、ユージンから学んだことは『人に教える』とは何なのか、ということです。水俣にいた時、ユージンはカメラに興味を持った患者さん(15歳)にカメラを渡し、彼とネガを現像し、一緒に暗室に入り写真を焼きました。人は一緒にやっていくうちに学ぶ。私も一緒に撮影することで自然に彼から学んでいました。教えるとは押しつけではなく、自分の情熱を伝えることだと知りました。」

 

映画や現実のエピソードを通し「伝わる」思い。女子高校生たちと語る『MINAMATA-ミナマタ-』

今回の映画『MINAMATA―ミナマター』公開に先立ち、9月初めに都内の女子中高一貫校である田園調布学園にて、本編を核にした「オンライン訪問交流会」が行われた。高校1年生と3年生の400人が講堂で映画を見て(2年生は教室で視聴)、上映後にアイリーンさんとオンラインでつながって、意見交換や質疑応答などの交流をするという機会だった。そこには、アイリーンさんがユージンから学んだ「情熱を伝える」姿があった。

 

『MINAMATA-ミナマタ-』の上映に続いて和やかに始まったオンライン訪問交流会。アイリーンさんが明るい笑顔で学生たちに語りかける (撮影・OurAge編集部)

 

同校では、毎年高等部1年の終わりに西九州への学習体験旅行があり、水俣や長崎にも立ち寄って現地学習をする。そのために生徒たちは1年間かけて事前学習もしているという。知識が豊富なこともあり、70年近く前からの水俣の公害事件を現代の高校生が自分たちの問題のように受け止め、率直な感想を伝えたり質問をしたり…。心温まる、活発なトークが交わされた。以下は生徒たちの発言から。

 

「今まで、同じ日本で水俣病のような酷いことが起きていたことを知らなかったことが恥ずかしいと思いました。苦しい気持ちや、言葉に表し切れない気持ちが湧き起こりました」。
「ユージンさんとアイリーンの優しさや熱心な仕事に感動しました。1つ1つの命の大切さ、について考えました。また、人の思いが募れば社会を動かせるということもよく分かりました。」
「チッソという会社がしてきたことを知って、今までとは別の視点で考えることができました。ユージンさんは第3者として水俣病を撮影したから、全世界にも伝えられたのだと思います。

 

3年生からは次々とポイントをついた感想や質問が。今、まさに学びを進めている1年生も映画とアイリーンさんのトークからたくさんの刺激を受けたようだった

 

かつてユージンとアイリーンさんが出会った、水俣病に冒されて生まれてきた子どもたちの願いが、まるで現代の同年代の子どもたちの口から発せられているような感動があった。おふたりをはじめ、水俣病に関わったさまざまな人たちの思いが、映画や対話を通して確実に未来の世代に伝わっていく…。

 

そしてその日、アイリーンさんがオンラインの画面を通じて子どもたちに伝えたのは、自身が長年立ち向かっている、反原発などの環境問題の本質とは何か、という話だった。

 

「環境問題というのは、突き詰めていくと“不公平”ということなんです。自然と人間との関係、人と人との関係から起こる問題です。儲かる人とそのシワ寄せを受ける人がいる、その不公平さから環境汚染という状況が生まれているんです。人間関係が悪いと環境が汚染される。また世代間の関係がゆがむと、今の汚染を後の世代が引き継いでしまうことになる。
だから声をあげなければ。自分の身体を使ってできること、アートでも、人の心を癒すマッサージでも、写真でも何でも行動を起こさなければ。」

 

新たに発売された写真集を手に微笑むアイリーンさん。彼女の優しく深い問いかけと勇気のでる言葉に、企画・参加した生徒たちの顔にも、満足の笑みが

 

映画のラストには、世界のあらゆる所で今も起きている環境汚染の数々が示される。産業廃棄物による公害、過度の開発や大量のごみによる環境破壊、自然災害を引き起こす温暖化現象、そして原発による放射能汚染。開発や発展の弊害を受け、地球はますます疲弊しているのだ。

 

過去に起きた「水俣」での出来事は、今起きているすべての環境問題に繋がっている。

「観る」「知る」以上に大切なことがあることを実感するとき、
「気づかせることがわれわれの唯一の強さである」
というユージンからのメッセージが心に響いてくる。

 

●アイリーン・美緒子・スミス
1950年、東京生まれ。1968年スタンフォード大学入学、83年コロンビア大学にて環境科学の修士号取得。 1971年から水俣病取材のため水俣に住み、1975年に写真集「MINAMATA」をユージン・スミス氏と出版。 1979年、スリーマイル島原発事故調査のため現地に1年間住む。 1991年グリーン・アクション設立

 
●現在、水俣地域にある熊本県津奈木町つなぎ美術館にて、「MINAMATA」写真展開催中。

生の写真が見られる貴重な機会!
11月23日まで。入場料大人300円。新型コロナ対策下なので、開館の詳細などはHPより確認をして来館を
 

●映画「MINAMATAーミナマター」 9月23日(木・祝)全国公開

監督/アンドリュー・レヴィタス
出演/ジョニー・デップ、真田広之、國村隼、美波、加瀬亮、浅野忠信、岩瀬晶子、ビル・ナイ
配給/ロングライド、アルバトロス・フィルム
TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開

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