この先、いつか足を踏み入れるはずの60代、70代、80代、そして90代と、その先も。
私たちはいったいどんなふうに、その世代を迎えるのだろう?
老いをどう楽しみ、受け入れるのだろう?
そんな疑問に答えてくれる、素敵な本が誕生した。
85歳の戸田奈津子さんと、97歳の村瀬実恵子さん。
東京とニューヨークに住むふたりが、Zoomを通して語り合った対談集だ。
そこには、これからの人生を生き抜くヒントが、いっぱい詰まっていた!
撮影/萩庭桂太 取材・文/岡本麻佑
戸田奈津子さん
Profile
とだ・なつこ●1936年7月3日、東京都出身。津田塾大学英文科卒。映画字幕翻訳者・通訳。フランシス・フォード・コッポラ監督の『地獄の黙示録』で本格的に字幕翻訳者としてデビュー。数々の映画字幕を担当。洋画字幕翻訳の第一人者としての地位を確立。ハリウッドスターとの親交も厚い。
ニューヨークで出会ったふたり
映画の字幕翻訳者として、第一線で活躍してきた戸田奈津子さんと、コロンビア大学美術史教授、メトロポリタン美術館特別顧問を歴任され、日本美術の素晴らしさを世界に紹介してきた村瀬実恵子さん。
自分の好きなこと、やるべきことを見つけて、ひたすらその道を突っ走ってきた、まさにレジェンドのおふたり。そもそもの出会いは、ほんの3~4年前、戸田さんがニューヨーク旅行中のこと。
「親しい友人ご夫婦と、一緒に食事することになったんです。そのとき、ぜひ紹介したい人がいるからって、引き合わせていただきました。90代でピンヒールを履いてニューヨークの街を歩いているなんて聞いたら、会わずにいられないでしょ(笑)。
実際にお話ししてみたら、知的でフランクなお人柄で、おしゃれで素敵な方。あのお年でニューヨークでひとり暮らし、かくしゃくとしてらしてね。
有名なオイスターバーの、お得な時間帯のハッピーアワーに待ち合わせしたんですけど、ワインも牡蠣もよく召し上がるし、話は面白いし。何をしてらした方なのか、まったく存じ上げなかったので、後からすごい方だと知って、びっくりしたんです」
その後も何度か食事をして、おふたりはすっかり意気投合。
「私のほうがひとまわり年下で、生きてきた世界も違いますけど、考え方とか生きる上での心構えとか、とても似ていると思うんです」
ふたりとも人生を通じて、やりたいことをやってきた。
「私は、字幕翻訳以外にやりたいことがなかった。他に選択肢がなかったの。だから40歳くらいまでチャンスが回ってこなかったけど、すぐに仕事がないのは覚悟の上でした。
でもね、みなさんが思っているほど、形相を変えて頑張ったつもりはないの(笑)。村瀬さんのほうが、アメリカという異国で日本人女性ひとり、いろいろ苦労なさったと思いますよ。あまり自分からはおっしゃらないけど。
この本にあるのは彼女のすごい人生の、ほんの一部、これっぽっち。無駄に90何年生きてらしたわけじゃなくて、すごい積み重なったものをもっていらっしゃるから、お話ししていて楽しいの」
さらにふたりの似ているところが、もうひとつ。
「ふたりとも自分のことをラッキーだと思っていることね。苦労を売り物にしないで(笑)。ライトタイム、ライトプレイス。いい時代にいい場所に居合わせたと思っています。
戦争というとんでもない時代もあったけれど、あれを経験しているから、コロナ禍の自粛生活なんて平気だったわ。食べるものがあるし、上から爆弾が降ってくるわけじゃないし。
戦争が終わってからの日々も、今ほど便利じゃないし貧しい時代もあったけど、今よりずっと、世の中に余裕がありました。何かあったら立ち止まって考えたり、辺りを見回す時間があったの。今の人たちにはそれだけの余裕があるのかなって、ちょっと心配になります」
そして、年齢を重ねた、今。ふたりにはさらなる共通点が。
「村瀬さんも私も、おいしいものを食べるのが好きだし、気心の知れた仲間とおしゃべりするのが大好き。
この歳になると、まあ、どこに行ってもその場の最年長だったりするのだけれど、見上げられるのって、居心地が悪いのね。『先生、先生』ってまつりあげられるのが私、大嫌いなんです。
村瀬さんも同じこと、言っていたわ(笑)。彼女とは同じ目線で、ざっくばらんに本音で話せるから、心地良いんです」
そう、ここが、この本のチャームポイント。
ふたりともビッグネームにもかかわらず、全然偉そうじゃない。つらい時代を生き抜いてきたはずだけど、全然お説教臭くない。
ここに来るまで、困難や不条理なこともあったはずなのに、そんなことはさらっと忘れて、話の内容はとことん、冷静でポジティブ。
ファッションのこと、打ち込んできた仕事のこと、人とのつきあい方などなど、語る言葉の端々から、私たちに必要な、生きる上でのいろんなヒントが転がり出してくる。
借りてきた言葉ではなく、長い人生を経てこぼれだした言葉だからこそ、私たちの胸の奥に、ズキュンと届く。
それにしても驚くのは、おふたりがとても元気でアクティブ、積極的に人生を楽しんでいること。老後の人生を充実させてくれるのは、やっぱり、健康だ。
「本当にそう思います。なによりも大切ね! その点、私はラッキーだと思います。今まで病気したことないし、更年期も気付かずに過ぎていきました。
今も年2回、ちゃんとドックにいっているけど、医者も驚いています。この年齢で検査値がすべて正常な人は、滅多にいません、て(笑)」
85歳の戸田さんの、この驚異的な健康は、いったい何からできているのか。さらに楽しいお話は、後半に続く!
(戸田さんが、自身の驚異的な健康の秘訣について語ったインタビュー後編はコチラ)
『枯れてこそ美しく』
著者:戸田奈津子 村瀬実恵子(集英社 1430円)
https://books.shueisha.co.jp/items/contents_amp.html?isbn=978-4-08-781706-5
映画を通じて海外の文化を日本に紹介し続ける85歳の字幕翻訳家と、日本美術の素晴らしさを世界に広めてきた97歳の元メトロポリタン美術館特別顧問。人生の達人ふたりによる“生きるヒント”がいっぱいつまったスペシャル・トーク!
村瀬実恵子 むらせ・みえこ●1924年樺太生まれ。東京女子大学英文科卒。コロンビア大学美術史考古学部教授、メトロポリタン美術館東洋部日本美術特別顧問などを歴任。2010年瑞宝中綬賞。親交のあった日本美術収集家、メアリー・バークの収集をサポート。展覧会の企画、監修などでも活躍。