60代に詠んだ句と、その10年間に描き続けた版画を融合して『山猫画句帖(やまねこがっくちょう)』を出した山本容子さん。
精力的に作品を生み出すためには、体力と気力が欠かせない。
俳句で暮らしの風景を細やかに刻印し、新鮮な感動を画にしながら、彼女自身はどのように時を過ごしてきたのだろう。
(山本さんが、60代ではじめた遊びについてのインタビュー前編はコチラ)
撮影/荒木大甫 取材・文/岡本麻佑
山本容子さん
Profile
やまもと・ようこ●銅版画家。1952年4月7日、埼玉県生まれ、大阪育ち。京都市立芸術大学西洋画専攻科修了。繊細な描線と独特な色彩感覚、都会的センスで独自の世界を確立。絵画に音楽や詩などを融合させるコラボレーションで数多くの作品を生み出し、書籍の装丁、挿画にも優れた感性を発揮。ステンドグラス、モザイク壁画、掛け軸など幅広い分野で作品を発表している。また2005年からはライフワークのひとつとして“ホスピタル・アート”に取り組み、医療現場に癒しの空間を創作している。新刊の出版を記念して2022年7月26日16時まで丸善・丸の内本店4Fギャラリーにて「山本容子展 2つの旅」を開催中。同展覧会は8月3日~9日(6日14時~サイン会)・丸善仙台アエル店、9月21日~27日(24日14時~サイン会)・ジュンク堂書店福岡店でも開催予定。公式HP「山本容子美術館 LUCAS MUSEUM」https://www.lucasmuseum.net
自分の健康は、自分にしかわからない
山本容子さんは50代から、本格的にゴルフを始めた。
「はじめは、パートナーの彼がゴルフ好きだったこともあって、練習に付き合う程度だったんですけど。実は私、55歳のときに大病をして手術したんです。そのとき担当してくださった医師の先生が、ゴルフはとても良い運動になりますよって。とりわけ大腸がんでお腹を切った場合、その後の体調を整えるために足腰を鍛えることは必要なことらしいんです。
私は絵を描いたり文章を書くのが仕事で、ふだんなかなか運動できない。でもゴルフは4時間歩くし、クラブを振り回したり体をねじったり、効果的な運動が無理なくできる。緑の中で季節を楽しむこともできる、気分転換にもなりますしね。だから別に上達しなくても、楽しんでプレイできれば、それが一番良いことだからって」
以前よりも熱心にゴルフを始めたら、その面白さにぞっこんとなり。数年前、那須にある名門ゴルフクラブの敷地内の一角にアトリエ兼住居を作り、今は1年の半分くらいをそこで過ごすようになった。
「ですから向こうに行っているときは、週に2回くらい、まわっています。気が向いた時、コースが空いていればすぐにプレイできるし、家に居ても、お友達が声をかけてくれたら靴を履き替えて10分後にはグリーンの上にいるし(笑)。夕方、誰もまわっていないときに、目土(めつち:穴の空いた芝生に種の入った土を落としたりして養生すること)をしながら、犬のLUCAとのんびりお散歩することもあります」
シーズンオフも、山の空気は体に良い。
「冬になるとゴルフ場はクローズしてしまいますし、誰も来ないんですけど、それはそれでまた楽しくて。薪ストーブを焚いたり、本を読んだり、仕事をしたり。自然に囲まれていたいなと思うので。以前、自分のこれからの生き方を想像したときに、こんな暮らしがしたいなと思ったことを、少しずつ実践しているような感じです」
俳句を始めた時と同じように、山本さんが大事にしているのは直感だ。
「自分の健康は、自分にしかわからないのよね。お腹が痛いとか頭が重いとか、人と比べるわけにはいかない。自分の今までの過去が全部、自分のバロメーターなのだから、年をとったらそれを基準に自分のいろんな器官に敏感になるべきだと思うんです。快復力だって落ちているはずだし。コンディションにシビアになっていれば、突然倒れるなんて状況には、ならずにすむのではないかしら」
食事も自分の体調に忠実に、基本、手作りのおいしい料理を実践中。
「免疫力を高めるためにも、やっぱり食事は大事ですよね。でもね、いわゆる健康食に囚われるのもイヤなんです。忙しいとき、食べなきゃいけないのにできないと思うと、イライラして逆に免疫力が下がるかもしれないし (笑)。できるときにやればいいのよって思うくらいで、ちょうど良いんじゃないかしら。サプリメントでビタミンBは補給しているから、たぶん私は大丈夫(笑)」
気力も体力も十分で、創作意欲は以前と変わらない。そして生み出すアートは、経験や年齢とともにどんどん進化し続けている。
「以前の私は、書物とか音楽に触れて、自分で受け止めた感覚を絵にしていたような気がするんです。だから自然はキレイだなと思うことがあっても、自然そのものを絵にすることはなかったような気がする。
でも俳句を始めてからは自然に対する興味とか感覚がすごく濃くなっていて、絵にも草花や何かが勝手に出てきているわね、そういえば(笑)。俳句を作ることで自分も少しずつ変わって、だから創作するものが変わるのは当たり前かもしれない。
それに、銅版画はすごく細かい仕事で、薬品も使ったりするので集中力が必要だし、感覚が鈍くなったら辞めなきゃいけない。そういう覚悟も必要なんです。
壁画とかアート・イン・ホスピタルのような大きな作品も、50代から昨年までずいぶん描いたけど、足場に乗って描いてまた降りてなんて、グラグラしちゃうといけないから、だんだん怖くなってきました。やっぱり身体能力が落ちていくっていう現実も受け止めないとね。
でも、かえってそれだからこそ素朴になれる、ということもあるかもしれない。
最近、色をすごく使い出しているんです、強い色を。今までみたいな柔らかい色だけじゃなくて、色をいっぱい使った世界を描いてみたくなりました。使うのは、クレパスです。子どもの頃使ったクレパスを使って、今また描き始めています。
母や先輩たちを見ていて、老いるとか衰えるってこういうことなんだな、自分もたぶんそうなっていくのかなと思っていたけれど、でもそこに子どもの頃の感覚を加えてみたら、何かまた別のものが生まれるのかもしれない。そういう自分に期待しているわよね。これはもう、勘ですけどね。
私は昔から時代に応じて自分の変化に従って創作を変化させてきたから、これもそういう変化のひとつだと思います」
70代のこれからの自分に期待する、ドキドキワクワクしている山本さんの表情は、少女のよう。自らの少女時代を描いた絵本『おこちゃん』のままだ。そういえば、肌もツヤツヤ。
「ふふ、これはね、朝晩のパックのおかげです。朝起きて顔がしわくちゃになっていると、すごいガッカリするのね(笑)。
笑いジワならいいけれど、それ以外のシワがいっぱいあるのはイヤなんです。すると姪が、これ使ったら水分補給になるよって教えてくれたのが、シート状のパック。ひと袋に30枚以上入っていて、2つで3000円ぐらいのものをアマゾンで買っています。朝晩、歯磨きしたら10分パックすると決めて、1日2回、これだけはきちっとやってます」
自分の変化を受け入れること。直感に従い、体の声に耳を傾けること。無理せず我慢せず、できることを少しずつ続けてみること。そして決して自分を諦めないこと。前を向いて歩き続けること。山本容子さんの60代は、そんな毎日の積み重ねでできていた。
「最近、なんだか妙に子ども時代のこととか、昔の自分を思い出すことがあるんです。普段はそんなこと忘れているのに、俳句を作っているとどこかのドアが開くのか、ぽっと心に浮かび上がってくるわけ(笑)。つらかった時代のことのほうが、だからこそ鮮明に覚えていることも多くて。私は『更級日記』が大好きなんですけど、あれを書いた菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)みたいに、こまごましたどうでもいいことまで思い出すの。意外と私って古風な女だったのねって思うこともあって(笑)。年齢を重ねた今だからこそ、自分という書物をひもとく余裕が生まれたのかもしれませんね」
次々と、昔の自分のページが開かれていく。次々と、今日も自分のページを書き足していく。70代を迎えた山本容子さんは今、なんだかとっても楽しそうだ。
『山猫画句帖』
著者:山本容子(文化出版局 2200円)
見開きごとに展開される、小さな銅版画と17文字の言葉たち。2012年から月に2回、読売新聞に連載した葉書サイズの銅版画240点から選りすぐられた40の「画」と、同じく10年の間に詠まれた約600の俳句から選ばれた115の「句」が交錯し、あらたな世界が織りなされる。繊細な日本の季節や言葉の深さを感じられる1冊。作品鑑賞の手引きとなるあとがきは、句会の宗匠である小林恭二氏が寄せている。