寺島しのぶさんが演じると、役に血が通い、体の温もりがスクリーンから伝わってくる。
フィクションのはずなのに、痛みや哀しみや喜びが、心の奥までしみてくる。
『あちらにいる鬼』で演じているのは恋に苦しみ、出家した人気作家・長内みはる。昨年11月9日に99歳で亡くなった作家・瀬戸内寂聴さんがモデルだ。
撮影のため、実際に剃髪するなど、全身全霊で演じたこの役。
40代後半の今だから演じられた、その想いと情熱、そして演じる喜びを語ってくれた。
撮影/富田一也 ヘア&メイク/川村和枝 スタイリスト/中井綾子(crêpe) 取材・文/岡本麻佑
寺島しのぶさん
Profile
てらじま・しのぶ●1972年12月28日、京都市生まれ。2003年『赤目四十八瀧心中未遂』(荒戸源次郎監督)と『ヴァイブレータ』(廣木隆一監督)で国内外の賞を数多く受賞。『キャタピラー』(10/若松孝二監督)ではベルリン国際映画祭銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞。『オー・ルーシー!』(18/平栁敦子監督)ではインディペンデント・スピリット賞主演女優賞にノミネートされた。近年の主な出演作に『ヤクザと家族 THE Family』(21/藤井直人監督)、『Arc アーク』(21/石川慶監督)、『キネマの神様』(21/山田洋次監督)、『天間荘の三姉妹』(22/北村龍平監督)など。
剃髪してみたら、『これが私だ!』
瀬戸内寂聴さんと、寺島しのぶさん。まったく似ていない二人だけれど、この映画の中の寺島さんは、驚くほど寂聴さんの面影を偲ばせる。
照れ臭そうに微笑む笑顔、反骨精神のにじむ立ち姿、ときにシニカルな視線。その表情から伝わってくるのは、厳しさと背中合わせの底知れぬ優しさ、諦観と希望。
「瀬戸内寂聴さんに、実際にお会いしたことはないんです。この映画を撮ることになった時点でお手紙を書いて、お目にかかるお約束はいただいていたんですけど、コロナ禍で実現しませんでした。
お亡くなりになった後、寂庵に行ってご仏前に『力を貸してください』ってお願いしたので、もし似ているところがあるとしたら、ちょっとだけ乗り移ってくださったのかもしれませんね」
そう言ったあと、ほんの少し、間を置いて。
「寂聴さんのことが大好きで、この役をやりたいという女優さんは、たぶん山ほどいらっしゃると思います。だけどこれは、寂聴さんを演じているわけではありません。
井上光晴さんの娘、作家の井上荒野さんが両親と寂聴さんをモデルに書いたその本が好きで、廣木隆一監督も『これをやろう』ということになって、GOサインが出た。そこから始まった作品なんです。
現場に入ってからは気持ちがスパッと切り替わって、自分の細胞がどんどんそっちに向かっていった実感がありました。毎日、この現場気持ち良いな、幸せだなって思いながら撮影に臨んでいましたね」
つまりこの作品は、あくまでもフィクション。寺島さん演じる作家・長内みはると、その先輩にあたる作家・白木篤郎(豊川悦司)の、長年にわたる恋愛関係を描いている。
みはるには年下の若い恋人がおり、篤郎には妻子がいる。それでも二人は恋に堕ち、さらに篤郎はみはる以外にも若い愛人を次々と作り、それを隠そうともしない。
「理屈じゃない、本能のままの恋ですよね。みはるは男に固執しない、経済力もあってひとり立ちしていて、一見すごくいい女に見えるけど、中身はすごくドロドロしている。
会いたいから会いに行く、怒っているけど会いたいから会いたいって、そればかり。だからふたりはくっついたり離れたりをくり返して、もちろん真剣に演じてますけど、冷静に見るともう、ツッコミどころ満載です。あんなに怒っていたのにセックスするんですよ。
でも、本当に愛しあっているカップルって、はたからみると真剣すぎておかしかったりするでしょ? そこが良いんだと思うんですよね」
どうしようもないその関係に身動きの取れなくなったみはるは、やがて出家を決意する。実際に寺島さんが剃髪をしたそのシーンは、静かで厳粛で、哀しく美しい。
「撮影はもちろん一発撮りでしたから、緊張しました。役になりきっていたつもりですけど、私の中には心配な私とウキウキしている私がいたし、周りのキャストはハラハラドキドキしていました。静かな場面ですけど、あらゆるものがうわーっと、混然一体となったシーンですね」
クランクアップから月日が過ぎて髪は伸び、今の寺島さんはカッコいいショートヘアに。
「すっきりしました! もともと私は、自分には男性的な気質があるなとわかっていたんですけど、坊主になったことで、なんかもう“これが私だ!”って思ったの。男でもなく女でもなく中性的で、“なんて爽快なんだろう!”って。
ショートヘアにするのって、ものすごいパワーが要るっていうじゃないですか。顔のまわりに何もない、何も助けてくれるものがないから。
だからなのか、剃ってからやたら社交的になりました。人に会いたくなったり、なんか心地いいんです。当分ショートヘアは続けるでしょうね」
二人の関係はその後、篤郎の妻・笙子(広末涼子)も巻き込んで、不思議な交友関係が続く。大人の男と大人の女たちの、白い火花が散る作品だ。
「笙子といるときの篤郎と、みはるといるときの篤郎が、全然違うじゃないですか。さすが豊川悦司さんだと思います。豊川さんがいることで、女ふたりがすごく対称的に見えてくるんです。ダメ男なのに、すごく色っぽい。
それにね、この話自体すごく面白いんですよ。今は令和の時代、不倫なんて絶対許されない時代ですけど、やっぱり昭和ってすごい。昭和に学ぶべきことはいっぱいあると思うんです。スカイツリーじゃなくて東京タワーですよ。
いっぱいツッコミどころがあって、ガッツがあって熱い。バブルがあってバブル崩壊があって、いろんな要素が詰まっている。だから不倫するならちゃんと腹をくくってやれっていうことだと思います」
本作は、製作が決まってからコロナ禍を迎え、撮影が延期され、完成まで時間がかかったという。その間、体調を整え、演技に向かう心を保ち続けるには相当なエネルギーが必要だったはず。
50代直前の今、どんなふうに健康をキープして、またどんなふうにテンションを維持したのか。具体的にいろいろ教えてもらった話は、インタビュー後編で!
(寺島さんの骨盤ケアと更年期についての、インタビュー後編はコチラ)
『あちらにいる鬼』
2021年11月に99歳で亡くなった瀬戸内寂聴、戦後文学を代表する作家・井上光晴、そしてその妻。実在した人物をモデルに、井上夫妻の長女である作家・井上荒野が書いた同名の小説を映画化。1966年、人気作家の仲間入りをした長内みはる(寺島しのぶ)は、気鋭の作家・白木篤郞(豊川悦司)と愛人関係となる。みはるは長年連れ添っていた年下の男と別れるが、白木は妻(広末涼子)と娘との家庭を壊す気がない。そればかりか見境なく女たちと関係を持つ。ふたりの関係が7 年続いた頃、みはるは出家を決意した・・・。
2022年11月11日(金)より全国ロードショー
配給:ハピネットファントム・スタジオ
脚本:荒井晴彦
監督:廣木隆一
出演:寺島しのぶ 豊川悦司 広末涼子 高良健吾 村上淳 蓮佛美沙子 ほか
©2022「あちらにいる鬼」製作委員会
公式サイト:https://happinet-phantom.com/achira-oni/