今、ちょっと変わったタイトルの映画と本が注目を集めている。
映画『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』は全国の劇場にて順次公開中。そしてその元となった書籍『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』は、2022年 Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞を受賞した。
映画も書籍も実に軽やかに、障害のこと、アートのこと、生きるということ、人と話すということの意味と価値を、じんわり優しく伝えてくれる。
いったいどんな人がこの本を書き、この映画を作ったのか。会いに行ってみた。
撮影/富田一也 取材・文/岡本麻佑
川内有緒さん
Profile
かわうち・ありお●1972年10 月9日、東京都生まれ。ノンフィクション作家。映画監督を目指し日本大学芸術学部に進学したものの映画の道は断念。卒業後渡米し、ジョージタウン大学で中南米地域研究学修士号を取得。米国企業、日本のシンクタンク、フランスのユネスコ本部などに勤務。2010年以降は東京を拠点に評伝、旅行記、エッセイなどを執筆。2013年『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』(幻冬舎)で新田次郎文学賞を、2018年『空を行く巨人』(集英社)で開高健ノンフィクション賞を受賞。映画『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』共同監督。
人はそれぞれ違う。そう気づくと、楽になる
〈目の見えない白鳥さん〉とは、白鳥建二さん(53歳)。幼い頃から強度の弱視で20代半ばに全盲となり、その頃から美術館巡りを趣味としてきた。
目の見えない人がどうやって?と思うけど、実際に日本各地の美術館に足を運び、作品の前に立ち、ボランティアスタッフや学芸員の説明を聞きながら、作品を鑑賞するという。
そんな白鳥さんと川内さんは友人の紹介で数年前に出会い、一緒にアートを鑑賞するようになった。
「最初は友人が、『白鳥さんと作品を見ると楽しいよ』と誘ってくれたんです。その楽しさってどんなことなのかな、という好奇心から始まりました。
そして一緒に展示を見て、お話ししたり飲みに行ったりするうちに、白鳥さん自身はどうやって生きてきて、ここにたどりついたのかな? と。回を重ねていくうちに、障害がある人に勝手に抱いていたイメージからどんどん離れていって、気付きや発見が絶え間なく出てきて。
次々と扉が開いていったから、その時点では本にできるかどうかもわからないまま、突き進んでいましたね」
最初はちょっと及び腰。だけど一緒に作品を見ることで、距離がどんどん縮まっていく。本を読み進めていくうちに、私たちも川内さんとともに白鳥さんと顔なじみになり、仲良くなっていくみたい。
同時に、アートとの距離も縮まっていく。実際の作品も本に載っているので、これを自分が白鳥さんに説明するとしたら、どうするだろう? と、一緒に見ているような気持ちになる。
自分の感覚を言葉に置き換えるのって簡単そうで意外と難しいけれど、今までとは違う感覚で、違う角度で、作品が見えてくる。
そうか、だから白鳥さんとアートを見ると、楽しいんだ。
「一緒に見ている人同士もね、いろんな会話をして、ふだん話さないことも話したり、その場に集まった人の時間ができる、というか。お互いに『ああなんじゃない?』『こうなんじゃない?』って。
そこにはもちろん、作品の力もあるんです。作品に奥行きがなければ、そこまでの会話にならないし。
あと、みんなで作品の魅力を発見していくプロセスが楽しいんですよね。それまで全然興味が無かった作品でも、それぞれ言いたいことを言っていくうちに、なんかすごくいいじゃん、と思えるようになることも(笑)」
白鳥さんは、どんなふうに楽しんでいるのだろう?
「私たちと一緒です。私たちの説明を聞いて、『ふーん、これ、好きだな』とか(笑)。
金沢21世紀美術館にあるジェームズ・タレルの部屋は、四角形の何もない部屋なんですけど、そこのベンチに座っていると、大きく開いた天井から見えるリアルな空の色が、不思議なくらいどんどん変わっていくんです。
そこが白鳥さん、大好きで。他の作品を見に行こうと誘っても『俺はもうこのタレルの部屋だけでいい』って動かなかった(笑)」
それはきっと、当然のこと。ある作品を前に、感じることは人それぞれ。好きとか嫌いとか心地良いとか悪いとか、わからないとかわかるとか。だから目の見えない白鳥さんも、彼なりの受け止め方があるわけで。それは特別なことじゃない。
「そう、人それぞれの経験の中で、心に響く人も響かない人もいる。そこが面白いところですよね。この本を書きながら見えてきたことは、すごくシンプルなことでした。
人はそれぞれ違う。体も感覚も違う。違う人生を背負って生きている。だから『普通はこうだよね』みたいなものは、本当はないんです。
自分がこうだから相手もそうだろうと思うのは傲慢だし、自分の気持ちをわかってほしいとか相手の気持ちをわかりたいとか思い詰めるとストレスになるし。『みんなそれぞれ違う感覚を持って生きているんだから、わからなくて当たり前だよね』というところから始めれば、生きるのがちょっと楽になる。わかり合えないからこそ、言葉を使って、話して、そこから始めればいいのかなって」
それにしても。白鳥さんは目が見えないのに活動的ですね!
「ね、歩くのなんて、慣れている場所ならすごく速い。ぱっぱぱっぱ歩きます。
耳もすごく良くて、見えない分、聴覚で補っているのかも知れない。『すごいね』っていうと、『そんなの当たり前じゃん』って答えが返ってくるのだけど(笑)。
やっぱりそれも、目の見えない人がみんなそういうわけではなくて、白鳥さんは、ということなんです。ほんと、一人一人違うんです」
障害のある人へのイメージやら、アートを鑑賞することの楽しさやら、人と話すことの大切さやら。この本を読んでいると、目からウロコがぽろぽろぽろぽろ、何枚も。
読み終わって目を上げると、世の中が前よりも風通し良く、広くなったような気がする。誰かと話すときの心の垣根が、ぐぐっと低くなったような気もする。
川内さんはこの本を書いたあと、映像化にも取り組んだ。
「本の中にも出てくるんですけど、新潟県に『夢の家』という体験型のアートがあるんです。そこはひと晩宿泊することが丸ごとアートなんですけど、そこに白鳥さんと友人たちと一緒に一泊したんですね。
そのときに映像作家の友人にも来てもらって、何かのプロモーションに使えればいいかな、くらいの気持ちで映像を撮ってもらったんですよ。すると、なんと2日間で12時間も撮ってくれた。
それが面白かったので、『白い鳥』という50分の短編映画を作りました。でも自分の中ではもうちょっとやれることがあったんじゃないかと思って、長編にしようと決めて作ったのが『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』です。
本は私というフィルターを通して書き連ねているけれど、映像は別の人間が撮っているから、そこには私が見たことのない白鳥さんもいて(笑)、また新たな発見がありました」
本の語り手として、そして映画の中にも、川内さん自身が登場する。白鳥さんを、近くから遠くから優しく真摯に見つめる視線が、この本や映画のしっかりとした背骨になっている。
だから気になるのだ。いったいこのエネルギー、この取材対象への愛情は、どこから生まれて来るのだろう?
プロフィールを見ると、アメリカにいたりフランスにいたり、いろんな仕事をしてきたみたい。ノンフィクションライターという肩書きを使い始めたのはつい数年前からという川内さん本人のことを、インタビュー後編で聞いてみた。
(紆余曲折を経ての50歳。川内さん自身についてのインタビュー後編はコチラ)
『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』
著者:川内有緒(集英社インターナショナル 2310円)
「全盲の美術鑑賞者」白鳥建二さんとアートを巡るユニークな旅。軽やかで明るい文章で、美術館巡りの追体験を楽しみながら、社会を考え、人間を考え、自分自身を見つめ直すことができる、新しいタイプのノンフィクション。2022年 Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞を受賞。特設サイト: https://www.shueisha-int.co.jp/mienaiart
『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』
恋人とのデートがきっかけで初めて美術館を訪れた全盲の白鳥建二さん。作品を前に語られる言葉を聞きながら「全盲でもアートを見ることはできるのかもしれない」と思うようになった。そして自らあちこちの美術館の門を叩いた白鳥さんは、いつの間にか「自由な会話を使ったアート鑑賞」という独自の鑑賞法を編み出した。そんな「全盲の美術鑑賞者」の20年を振り返り、友人たち、美術館で働く人々、新たに白鳥さんと出会った人々を追い、彼らが紡ぎ出す豊かな会話を追ったドキュメンタリー。
2023年3月7日(火)~19日(日) 東京都写真美術館ホール(月曜休館)ほか、全国の劇場にて順次公開予定
配給:アルプスピクチャーズ
監督:三好大輔 川内有緒
公式サイト:https://shiratoriart.jp/