『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』というノンフィクション本で、私たちにさまざまなことを提示してくれた川内有緒さん。
ドキュメンタリー映画『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』も順次、全国公開中だ。
その視野の広さは、生まれ持っての好奇心と、世界各地での体験から身についたもの。
今は小学生の娘を育てながら仕事に打ち込んでいる彼女が、何を見て、どう生きてきたのか、ちょっと踏み込んで聞いてみた。
(『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』体験で得たことについてのインタビュー前編はコチラ)
撮影/富田一也 取材・文/岡本麻佑
川内有緒さん
Profile
かわうち・ありお●1972年10 月9日、東京都生まれ。ノンフィクション作家。映画監督を目指し日本大学芸術学部に進学したものの映画の道は断念。卒業後渡米し、ジョージタウン大学で中南米地域研究学修士号を取得。米国企業、日本のシンクタンク、フランスのユネスコ本部などに勤務。2010年以降は東京を拠点に評伝、旅行記、エッセイなどを執筆。2013年『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』(幻冬舎)で新田次郎文学賞を、2018年『空を行く巨人』(集英社)で開高健ノンフィクション賞を受賞。映画『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』共同監督。
公園のすぐそばに住んで、頑張りすぎないこと
川内さん、自分のことをこう言った。
「いろいろなことをしてきた人だと思います(笑)。私の人生ってなんていうんでしょう、『計画立ててこういう目標に向かって頑張ります!』みたいな感じではなかったんですよ。なんとなくその時々で、『こっちがいいかも』みたいなのを積み重ねていって、自分のチョイスにすごい呆れながら頑張って追いついていく、みたいな」
大学を卒業したものの、『世の中のことを何も知らない、中身がない、自分はなんて空っぽな人間なんだろう』と思い、『自分を駆りたてる一番良い方法は外国に行くこと』と考えてアメリカへ。現地の大学院に入り、『なるべく自分から遠いものを学ぼう』と中南米地域の情勢を専攻した。
専門性を生かしてアメリカのコンサルティング会社に就職。3 年間働いた後、日本のシンクタンクにアルバイトで入ったところ、能力を見込まれて即、嘱託社員として採用され、『バリバリバリバリ』働くハメに。ところが激務激務の連続で、3年後には退職。
「食生活も何もかも、ひどい生活でした。そして何よりストレスが大きすぎて、体を壊したんです。
30歳の頃、ある日突然すごくお腹が痛くなって、タクシーで病院に行ってのたうちまわっていたら、検査の結果、腹膜炎で即手術。『すぐに手術しないと死にます』くらいの。
病院のベッドの上で、『ああこれで会社に行かなくていいんだ』って、ほっとしたのを覚えています」
体も癒えて退職後、以前興味本位で書類を出していたユネスコ本部から最終面接の報せが届き、しばらくしてから突然採用通知が。そこから5年半、今度はパリで国連職員として働くことになった。
「あの頃はジョギングしてしましたね。リュクサンブール公園とかセーヌ川沿いを」
国際的エリートの集まる職場は、残業もなくゆとりもあった。けれど・・。
「やっぱりストレスはありました。こんな人生を送っているとメンタルが強いと思われがちなんですけど、そうでもないんです(笑)。
国連職員というのは公務員なので、何をするにも面倒な手続きが必要だし、自分では何も決められないシステムになっていて、そのストレスが大きかったですね。
6時には仕事が終わるので夜はヒマだし、だったら文章を書いてみようと、パリにいるいろいろな人を取材し始めました」
2010年には日本に戻り、エッセイ本などを出版。徐々に書くことを仕事にしていった。
「もともとノンフィクションが好きなんです。
やってきた仕事も、ずっと調査研究がメイン。インタビューしてレポートを書くのが主な仕事だったので、やっていることはずっと同じかもしれません。
本を何十冊も積み上げて読んでいく、旅して話を聞いて書く。その積み重ねなんですね」
美術館巡りは、昔からの趣味。
「趣味というか、生活の一部です。映画を見にいく、お茶を飲みにいくのと同じように美術館に行く。仕事のストレスから逃げるために行っていた時期もありますし。
何年か前に行って気に入ったのは静岡県にある『クレマチスの丘』。ロケーションが素晴らしいし、そこにある『ベルナール・ビュフェ美術館』とか『ヴァンジ彫刻庭園美術館』(現在休館中)は見応えがあります。
あと香川県の直島にある家プロジェクトで、ジェームズ・タレルの『南寺』を最近見て。すごいです、あれは! どうすごいか、話すと長くなるので、ぜひ皆さんに見てほしいです(笑)」
そんな川内さんも昨年50代に突入。体の変化や健康が気になってきた。
「ですからOurAgeの更年期特集なんか、興味津々で読み込んでいます。いったいどうなっちゃうんだろう?って」
実は数年前、体が不調の時期があった。
「一時期、頭痛がひどくて、ずっとめまいに悩まされていました。一度偏頭痛が起きると、2日間くらい寝込んでいたくらいです。
友人に『ヨガが効くらしいよ』って教わって、教室に通ったりオンラインでやったりして。効いているような気がするので、今も続けています」
さらにもうひとつ。
「3年前に引っ越しました。もともと東京・恵比寿の生まれで、ずっと便利な繁華街に住んでいたんですけど、コロナ禍もあって、なんか公園の近くに住みたいなと思い始めて。
今は都心から少し離れたところにある、大きな公園の目の前に住んでいます。すごく歩くようになって、すごく元気になったような気がします。あと、夏は娘と一緒にプールで泳ぐのも好きですね。
朝は早いし夜も早いし、規則正しい生活になりました。公園のすぐそばに住むことが、私の健康法だったのかな(笑)」
そして何より大切、と思うのは・・。
「頑張りすぎないことですね。マインドが頑張ろうとしても、体はついていけないことが多くて。なんでもかんでもギュウギュウ詰め込んで、予定も時間もいっぱいいっぱいになってしまうから。
公園を歩きながら、これからも頑張りすぎない程度に、頑張って仕事していこうと思っています」
『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』
著者:川内有緒(集英社インターナショナル 2310円)
「全盲の美術鑑賞者」白鳥建二さんとアートを巡るユニークな旅。軽やかで明るい文章で、美術館巡りの追体験を楽しみながら、社会を考え、人間を考え、自分自身を見つめ直すことができる、新しいタイプのノンフィクション。2022年 Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞を受賞。特設サイト:https://www.shueisha-int.co.jp/mienaiart
『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』
恋人とのデートがきっかけで初めて美術館を訪れた全盲の白鳥建二さん。作品を前に語られる言葉を聞きながら「全盲でもアートを見ることはできるのかもしれない」と思うようになった。そして自らあちこちの美術館の門を叩いた白鳥さんは、いつの間にか「自由な会話を使ったアート鑑賞」という独自の鑑賞法を編み出した。そんな「全盲の美術鑑賞者」の20年を振り返り、友人たち、美術館で働く人々、新たに白鳥さんと出会った人々を追い、彼らが紡ぎ出す豊かな会話を追ったドキュメンタリー。
2023年3月7日(火)~19日(日) 東京都写真美術館ホール(月曜休館)ほか、全国の劇場にて順次公開予定
配給:アルプスピクチャーズ
監督:三好大輔 川内有緒
公式サイト:https://shiratoriart.jp/