日本演劇界のレジェンド・白石加代子さんが、子ども向けの公演に登場。
舞台の上から客席に話しかけ、観客を物語に引きこむそのお芝居はまるで、魔法のよう。
少女の頃に演劇を志し、生涯を貫いて舞台に賭けてきた。
その核にある強い思いが、80代の今も彼女を生き生き、ワクワク、キラキラと輝かせている。
撮影/湯本浩貴 取材・文/岡本麻佑
白石加代子さん
Profile
しらいし・かよこ●1941年12月9日、東京都生まれ。1967年に早稲田小劇場(現 SCOT)へ入団。70年に『劇的なるものをめぐってⅡ』の主演で高い評価を集め、同劇団の看板女優に。89年にSCOT退団後は、蜷川幸雄氏演出作品にも数多く出演。映画やテレビなどでも幅広く活躍し、92年からスタートした『百物語』の公演はライフワークとなっている。12年、旭日小綬賞受賞。23年、演劇界からは初となる日本芸術院会員に選出。
レジェンド俳優がキッズ・プログラムに挑戦!
最近ならTVドラマ『だが、情熱はある』で若林正恭さんの祖母・鈴代、ちょっと前なら『ひきこもり先生』で主人公陽平の母・美津子。
さらには6年前の朝ドラ『ひよっこ』での、ヒロインが住むあかね荘の大家・立花富の強烈キャラを覚えている人も多いかも。
存在感があって、ユーモアもあって、絶品チャーミングなベテラン俳優さんだ。キャリア56年。そのキャリアの前半は、主に舞台を中心に活躍してきた。
そんな白石さんがこの夏、KAAT神奈川芸術劇場のキッズ・プログラム『さいごの1つ前』に登場する。
「すっごく面白いお話なんです。天国と地獄があって、さあ天国にはどうしたら行けるのか。
この世で最高の思い出をちゃんと記憶している人じゃないと、行けないことになってるの。
でも私の演じるおばあちゃんはかわいそうに、記憶を失っているんですよ。どうにかして思い出さないとね、というお話です。
子ども向けだと思っていると、びっくりするほど深い話。誰もが身につまされて、ついつい、自分の人生を振り返ってしまうような (笑)」
初演は昨年、2022年の夏。まだまだコロナの影響が色濃くて。
「舞台から観客席に語りかけたり、返事をしてもらったり、客席も一緒になって物語を作っていく設定なんですけど、去年は大きな声を出してもらうわけにもいかなくて。
でも子どもたちは当たり前のようにちゃんとマスクをして、声を出す代わりに素直に手を叩いてくれたり、拍手してくれたり、本当に優しいの。
今年はどうなるかしら? 楽しみです。
再演を前に、改めて台本を読み直したんですけど、やっぱり面白い。やればやるほど、やりたりない。まだできあがってないなと思うところがあるくらいです」
演じるカオルは、この世とあの世のはざまにいるという設定。ご自身だったら、天国と地獄、いったいどちらへ?
「私はね、わりあい記憶が鮮明なの。小さい頃の記憶が特に。映像がくっきり残っていて、これは体質かしらね。楽しい思い出はいっぱいあるから、天国じゃないですか(笑)」
芝居の道を目指した、そのときの記憶もまた鮮明に残っている。
「かれこれ70年前ですから、ずいぶん昔のことですけど(笑)。
小学校に児童劇団が来て、お芝居を見せてくれたんです。お姫さまが出てくる物語で、私は衝撃を受けて、家にある風呂敷やシーツでお姫さまに扮して近所の子と遊んでいたわね。
その後、クラスでお芝居をすることになって、なぜか『忠臣蔵外伝』というシブい演目をやることに。私は茶屋のオバアサン役をやったんですけど、そのときに仲間とみんなで舞台を創り出す楽しさを、覚えちゃったのね」
小学生にして“舞台で楽しいことをやっていく人になりたい”という、確固たる願望が生まれた。
「それを生涯、放さなかったように思うんです、今思うと。とてもいい加減な人間なんですけど、そのことだけは手放さなかった」
5歳の時にお父様が病気で亡くなっていたので、高校卒業後は家計を助けるために、区役所に就職。弟さんが就職するのを待って、自分が選んだ芝居の道に飛びこんだ。
「7年間勤めている間もずっと、芝居をすることしか考えなかった。劇団に入って道が開けたときは本当に、神様に感謝しました」
20代後半のそこからが、快進撃。特異な存在感を発揮して、劇団『早稲田小劇場』(現SCOT)の看板女優と呼ばれるようになる。役が乗り移ったようなその並外れた演技力に、憑依女優というキャッチフレーズも。
「一般的な新劇の方がなさるような演技ではないんです。
例えばギリシャ悲劇のようなものでも、とりあえずは正しくそのままやってみて、その後、崩しながらもう一度別のものに作り替えるというような、ね。再構築すると二重構造になって舞台も面白くなるというような。
・・・意味わかるかしら? へんちくりんなことを私たちはやっていたの(笑)」
あの柄本明さんが、この頃の白石さんの舞台を観て衝撃を受け、芝居の道に入ることを決意したという。彼だけでなく、当時、影響を受けた演劇人は多かった。
「私自身、自分はこの道が好きだとわかって、たとえ批判されても、自分の中にガンとした筋が1本あってね。
紆余曲折はいっぱいあったけど、泣きながら乗り越えたという思いはあるのね」
前衛的、かつ実験的な演劇は世界中から注目され、招聘されて海外公演も。
「『トロイアの女』など、ギリシャ悲劇を。何作か作って、ヨーロッパはほとんど回りました。
非常に体を使い、精神的にも追い込まれるような舞台が多くて、それが10年くらい続いたでしょうか。そんなことを続けていたら、外国で体調を崩したこともありました」
『さいごの1つ前』で、記憶をたどるカオル役を演じる白石加代子さん。
80代の今、ターニングポイントとして蘇るのは、人生のちょうど半分、40代のときの体調の大ピンチだった。そこからどうしたかのお話は、後編に続く!
(81歳の白石さんが今も元気な理由についてのインタビュー後編はコチラ)
KAAT キッズ・プログラム 2023 『さいごの1つ前』
天国と地獄の分かれ道で、なくした記憶を探す物語。“子どもたちと一緒に楽しめる、遊べる作品を創りたい”と、劇作家・演出家の松井周が書き下ろした。上演中は舞台と客席のコミュニケーションがあり、事前に行うワークショップの成果も反映される。22年8月に初演、好評を博した。
【横浜公演】2023年7月21~24日 KAAT 神奈川芸術劇場〈大スタジオ〉
【座間公演 (神奈川県)】7月30日 ハーモニーホール座間 小ホール
【逗子公演 (神奈川県)】8月6日 逗子文化プラザ なぎさホール
【久留米公演 (福岡県)】8月13日 久留米シティプラザ 久留米座
【松本公演 (長野県)】8月19、20日 まつもと市民芸術館 小ホール
【美濃加茂公演 (岐阜県)】8月26日 美濃加茂市文化会館(かも~る) ホール
作・演出:松井周
出演:白石加代子 久保井研 薬丸翔 湯川ひな
公式サイト:https://www.kaat.jp/d/saigono_hitotsumae2023