世界の注目を集める舞台に、若村麻由美さんが登場する。
同時期に上演する『La Mère(ラ・メール) 母』には母として、『Le Fils(ル・フィス) 息子』には妻として。
濃密な舞台空間の中で展開するのは、私たち世代の女性ならではの悩みと苦しみと怒り、そして哀しみ。
心に残るのは、答えがでないままの、生きることへの切実な問いかけだ。
撮影/富田一也 ヘア&メイク/保坂ユミ(eclat) 取材・文/岡本麻佑
若村麻由美さん
Profile
わかむら・まゆみ●東京都出身。仲代達矢主宰の無名塾養成期間中の1987年に、朝の連続テレビ小説『はっさい先生』のヒロインに選ばれ俳優デビュー。エランドール新人賞をはじめ『金融腐蝕列島 呪縛』で第23回日本アカデミー賞優秀助演女優賞、『チルドレン』で第44回菊田一夫演劇賞、『ザ・空気』『子午線の祀り』で第25回、『Le Père 父』で第27回読売演劇大賞優秀女優賞を受賞。近年の主な出演作に【舞台】『ハムレット』『頭痛肩こり樋口一葉』『Le Fils 息子』『首切り王子と愚かな女』、【映画】『老後の資金がありません』『みをつくし料理帖』『一粒の麦 荻野吟子の生涯』、【ドラマ】『この素晴らしき世界』『初恋、ざらり』『科捜研の女シリーズ』など。
私に、できるの? って思いながらの挑戦です
『La Mère 母』のポスターで、若村麻由美さんは鮮やかな赤いドレスを着ている。劇中で着る衣装だ。でもこの赤い色は、華やかな赤ではない。実はとっても哀しい赤だ。
「そうなんです。実はとても意味のある、真っ赤なドレスなんです。この母親は娘が23歳、息子が25歳。始まってすぐ、こんな台詞があるんですよ。
『私はふたりの子どもの世話をした。いや3人よ、夫の世話もしたから』って。
これは多くの妻たちが共感できますよね。命がけで目の前の家事を、24時間365日やってきた。そして今、子どもは巣立ち、夫は自分に無関心。自分がもう誰にも必要とされていないことに気付いて愕然とし、そして街に出かけて、このドレスを買うんです」
母として妻として、精一杯頑張ってきたヒロインが突然感じる孤独と絶望感。そこで手にするのが、この赤いドレス。
「日本にも、空の巣(からのす)症候群という言葉がありますよね。子どもが成長して家を出て行った後、残された母親はどうしようもない孤独を感じる。
もちろんこのヒロインも、そうなることはわかっていたんです、頭の中では。子どもはいつか親離れしていくものだし、夫にも『あなたは好き勝手すればいいわ』って、強がりを言ってみたりして。
でもそれが、本人の心と体が不安定になる年頃と重なるものだから、悲劇なんですよ。ひとり取り残されるこの孤独を、どうすればいいの?っていう」
私たち世代の女性にとっては、他人事じゃないこの状態。これってまさに更年期クライシスだ。しかも同時に舞台の上のその姿は、自分の母親の姿とも重なって見える。
「母もこういう思いをしたのかな、自分は母親にこういう思いをさせたのかなって思いますよね。だから女性男性関係なく、このテーマは刺さるみたいです。母はこうだったのか、妻はこうなのかって身につまされる方が多いみたい(笑)。男性にもこの舞台、観て欲しいですね」
さらに若村さんは、同時上演される『Le Fils 息子』にも、息子の母親として舞台に立つ。東京芸術劇場のシアターイーストとシアターウエストで、同時期に2つの戯曲に挑戦するのだ。
『Le Fils 息子』は2021年に岡本健一&圭人親子が父と息子を演じ、そのときも若村さんが母を演じて、話題となった作品。
思春期の息子が不登校となり、父親は息子と対話しようとするが、ふたりの会話はなかなか嚙み合わない。今回の再演でも岡本親子が父子を演じ、若村さんが母を演じる。
「岡本圭人さんとは、昨年舞台『ハムレット』で共演して、今年1月の朗読劇『ラヴ・レターズ』では恋人役で、ずっと一緒なんです。毎回、会うたびに俳優として大きくなって、大きな花が咲いて、まるでひまわりみたい。前回よりもさらに素晴らしい息子を演じてくださると思います」
その岡本圭人さん、幼い頃からイギリスに留学し、大人になってからもアメリカの演劇学校に留学していた。語学が堪能で、今回、原作の戯曲を翻訳する作業を『ちょっとだけ手伝いました』と、製作発表の場で言っていた。
2021年に『Le Fils 息子』に主演したのが、彼にとっては本格的な演劇デビュー。会見で明かしてくれたそのときのエピソードが、ちょっと面白い。
「初日の幕が開く15分前に、僕の楽屋に父が来てくれたんです。『ここからお前の新しい人生、道が広がっていく。自分を信じて歩いていけ』って言ってくれた。うれしかったし、すごく心が満たされたんですけど、でもそれ、僕がこれから不安定な息子を演じる直前だったので(笑)。いやいや、満たされている場合じゃないぞって、気持ちを切り替えるのが大変でした。父が悪いわけじゃないんですけど」
父・岡本健一さんも、『Le Fils 息子』と『La Mère 母』の両方に出演。「この特別な2作品は、観た方の感情を揺さぶる、とてつもなく凄い作品になることを確信しています」というコメントを出している。
実力派俳優たちが、かなりの覚悟をもって臨む、すごい舞台になりそうだ。
ちなみに『La Mère 母』『Le Fils 息子』『Le Père 父』は、フランスで最も有名な気鋭の劇作家であり、作家・映画監督でもあるフロリアン・ゼレールの三部作。世界各地で上演され、『Le Fils 息子』『Le Père 父』は映画化もされている。
日本でもすでにこの2作は上演されていて、若村さんも出演している。『La Mère 母』は日本初演で、この三部作すべてに出演する俳優は、若村さんが世界初なのだとか。
「この三部作すべて、台本には父、母、息子とだけあり、役名が書いてないんです。どの作品も父はピエール、息子はニコラ、母はアンヌという名前で、でも3つの作品は別々の家庭という設定なんです。
お互いに名前を呼ぶことはあるけれど、台本は『父』『母』『息子』という表記で、固有名詞じゃない。すべての父、すべての母、すべての息子がそう語っている。どの家庭にも当てはまることなんだって、それがゼレールのメッセージだと思います」
TVドラマの『科捜研の女』に登場する監察医・風丘先生のイメージが強いかもしれないけれど、もともと無名塾出身の実力派俳優。日本舞踊の名取でもあり、映画でもドラマでも舞踊でもオールマイティに活躍し、多くの賞を獲得してきた。50代の今、まさに円熟の季節を迎えている。
とはいえ、今回の舞台は本当にハード。いったいどうやって乗り切るのかという話は、インタビュー後編でみっちり!
(若村さん自身の更年期と健康についてのインタビュー後編はコチラ)
『La Mère 母』
フランスの著名な作家・劇作家フロリアン・ゼレールの家族三部作のうち『La Mère 母』『Le Fils 息子』を東京芸術劇場で同時期に競演。『La Mère 母』は2010年にパリで初演し、イギリス、スペイン、南アフリカなどさまざまな国で上演。最近ではイザベル・ユペール主演によりブロードウェイで上演され、高い評価を集めた。
出演:若村麻由美 岡本圭人 伊勢佳世 岡本健一
2024年4月5日(金)~4月29日(月・祝) 東京芸術劇場 シアターイースト
『Le Fils 息子』
2021年東京芸術劇場プレイハウスで初演、岡本健一、岡本圭人親子が父と息子を演じ、話題となった作品の再演。原作は世界中で上演され、作者ゼレール自らが『The Son 息子』として映画化もしている。
出演:岡本圭人 若村麻由美 伊勢佳世 浜田信也 木山廉彬 岡本健一
2024年4月9日(火)~4月30日(火) 東京芸術劇場 シアターウエスト
両作品とも演出はフランスのラディスラス・ショラー。東京公演の後、鳥取・兵庫・富山・山口・高知・熊本・松本・豊橋での上演を予定している。