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松本千登世/ほんの少しの無理、ほんの少しの無駄

松本千登世

松本千登世

美容エディター。客室乗務員、広告代理店や出版社勤務を経てフリーランスに。自らの経験に基づいた審美眼によって語られる、エッセイや美容記事はつねに注目の的。温かくやわらかな人柄にもファンが多い。著書は『もう一度大人磨き 綺麗を開く毎日のレッスン76』(講談社)ほか多数

※この文章は、MyAge 2020 春号(3月2日発売)に掲載されたものです。

 

久しぶりに予定のない土曜日。夜は映画を観ようか、本を読もうか、いや、ひたすらぼんやりと過ごすのもいいなあ…。そんなことを考えながら早めに夕飯を終え、ゆっくりと入浴をすませ、さあ髪を乾かそうとスマートフォンに目をやると、一通のメッセージ。

 

「今、仕事が終わりました。これから二人で乾杯しようと思うんだけど、よかったら来ません?」

大人磨き イメージ

まもなく午後8時半。髪はまだ濡れていて、もちろんノーメイク。ええーっ、もう少し早い時間だったらいいのに…と思う間もなく、「行きたい、行きたい! 今、お風呂から上がったばかりだから、髪を乾かして、なるべく早く行くね」。頭で考えるよりも先に、心と体が動いてた。なぜ、私は迷いなく行きたいと思ったのだろう? 自分でも正直、不思議だった。そして、思ったのだ。ぞくぞくするような、そわそわするような、あの「感覚」、いつぶりだろう? って。

 

こんな粋な誘いをしてくれたのは、私よりひと回りも年下の女性二人。いつも刺激を受ける仕事仲間であると同時に、女性として人として尊敬し、信頼し、一緒にいてほっとさせられ、はっとさせられる大好きな友人たちだ。実際、会うと、愚痴や不満、悪口がいっさいないどころか、「こんな写真がキレイだと思わない?」とか「こんな企画に挑戦してみたいよね」とか、夢、希望、未来につながる話ばかり。

 

この夜も、私たちは機会を奪い合うように話し続け、ふと気づくと12時をとうに回ってもう真夜中。またねと別れて帰路についたものの、家に着いてしばらくは、興奮していて眠れないほどだった。楽しかったのだ、とにかく。

 

そういえば、と思い出した。まもなく役職定年を迎えるという友人が語っていたこと。

 

「定年って、どんな気持ちだろうと不安だったけど、いざそれが視野に入ると、まったく平気なんだよね。それどころか、その後何をしようって、どきどきしてるの。これまで、結婚は? 出産は? と、定年よりもはるかに人生を左右する『決断』を迫られてきたから、定年はひとつの節目にしかすぎないと素直に思える。私たちはまだ、ほんの少しの無理、ほんの少しの無駄ができるとき。楽しさって、そこにあるんじゃない?」

 

「もう、無理ができなくなったよね」「もう、無駄なんてしていられないよね」。最近、それが挨拶代わりになっていた。明日のことを考えると、今日、無理ができない。将来のことを考えると、今、無駄をそぎ落としておかなくちゃ。人生も後半に差しかかると、無理も無駄も、ないほうがいい、あってはいけない。「断捨離」「ミニマリズム」、極めつきは「終活」まで。人生をシュリンクさせていくべきときという声も耳にするようになった。ある意味、注意深さや落ち着きは、本当の大人だからこそ身についた心のあり方、身の処し方。でも、でも…! 寂しいと感じるのはきっと、私だけじゃないはず。無理も無駄も、今思えば、あんなに楽しかったじゃない? と。

 

自分をもっとわくわくさせたいと思う。自分をもっとどきどきさせようと思う。「ちょっと無理」「ちょっと無駄」に価値を見出せる、軽やかでみずみずしい大人でいたいと思うのだ。それこそが、私たちの今とこれからを輝かせる原動力だと信じて。

 

 

原文/松本千登世  写真/興村憲彦

 

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