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松本千登世/誰のために?

松本千登世

松本千登世

美容エディター。客室乗務員、広告代理店勤務、出版社勤務を経てフリーランスに。心に届く美しい言葉で綴られたエッセイや美容特集は、つねに多くの女性の支持を集める。著書に『いつも綺麗、じゃなくていい。50歳からの美人の「空気」のまといかた』(PHP研究所)ほか多数
撮影/目黒智子

時代が停滞する中、男性用化粧品の売り上げが好調だと聞く。しかも、40代以降のアワエイジ世代に、スキンケアのみならず、メイクアップにまで火がついたのだと。それだけにとどまらず、彼らは美容クリニックやエステティックサロンにも足を運びはじめているという。

 

「頰のしみを取りたい」「額のシワを取りたい」「どうしたらいいかわからないけれど、とにかく若返りたい」…。編集者やライターとして、10年以上前から、幾度も「男性も美容を」というページを作ってきたけれど、正直、手応えを感じたことがなかった。それなのに、こんなにも急激に、こんなにも劇的に、いったいなぜ?

 

背景には「リモート」があるのだという。画面に映った自分を見て「誰、これ?」。疲れて見える、老けて見える、不機嫌に見える、威圧的に見える…。自分がまわりにこんなふうに見られていたという現実に、はっとさせられた。「他人から見た自分」を初めて意識したというのだ。

 

片や女性は、総じて物心ついたときから、知らず知らずのうちに身だしなみ、つまりは他人から見た自分を意識していたのではないかと思う。特に、社会生活を送るようになってからは、女性はそうあるべきと求められるのが「常識」だっただろう。

 

でも、でも…! 生活の変化をきっかけに、男性たちが自分を見直したように、私たちも自問したはずなのだ。ファッションは、メイクアップは、はたして「義務」なのか? それは他人のためにあるのか、自分のためにあるのか? と。

 

写真/興村憲彦 もう一度、大人磨き Vol.16

 

 

誰にも会わない、どこにも行かない、だから部屋着で過ごそうが、すっぴんで過ごそうが、許される。ステイホーム期間中、不安や恐怖、不自由を強いられる苦痛などネガティブな感情が心を占める一方で、どこか「見られる自分」「見せる自分」から解放された気もして、正直、快感もあった。

 

ところが、服もジュエリーも、靴もバッグも、ファンデも口紅もぱたりと出番がなくなり、それが当たり前になったとき、改めて自分の気持ちに気づかされたのだ。私は服を着たい、口紅を塗りたい。見られるからではなく、見せるためでもなく。自分が生き生きと生きるために着たい、塗りたい。突き詰めると、身だしなみだけがその理由じゃないと確信したのである。

 

もしかしたら、男性の場合は見られる自分を思い知り、女性の場合は見られる自分から解き放たれて、その意味や価値がより明瞭になったのかもしれないと思う。このパンプスを履くと背すじがすーっと伸びる。このマスカラを塗ると相手と真っすぐに目を合わせられる。このしみが、このシワが消えたら、思いきり笑えるだろう…。

 

人それぞれだけれど、「自分らしい自分」「自分を好きな自分」にするための「答え」を選び取りたい。そう、私は断言したいのだ。美容やファッションは自分に自信を持つため、楽しく生きるために存在すると。これが、未曾有の出来事が教えてくれた真実。

 

ダイヤモンドのピアスにTシャツ、デニム。日焼け止めで整えた肌にベージュブラウンの口紅を直塗りして、ヘアクリームをのばした髪を手ぐしでさっと流すだけ。いつか、そんな自分でいられたらと思い描いている。これも美容、これもファッション。以前よりもずっと、ワクワクしている自分に気づかされた。

 

 

原文/松本千登世 写真/興村憲彦

 

 

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