着物に対して、かねてから一抹の抵抗感を持ち続けていた。着るのも動くのもなにかと面倒で、それでも絶対ステキに見えるのならいいけれど、実際はそうでないことも結構あるからだ。
あれは二十代も終盤にさしかかった頃のこと、軽やかなピンクや爽やかなブルーが似合う新婚の友人が、姑が選んだというくすんだ色の着物を身につけているのを見たときはショックだった。二十代の彼女は、普段はとてもかわいらしいのに、着物姿はどこから見てもおばさんだったのだ。
それから数十年。リアルにおばさんと呼ばれる五十代になった私は、粋な着物姿でビールジョッキをかたむける友人に触発されて、着物をサラッと着られたらカッコイイと思いついた。そろそろ洋服限定のワードローブに飽きてきた、という想いもわずかばかりあった。
【大掃除を手伝う、オバちゃん出現】
思い浮かんだのは、母の着物だった。十年前に遺品となったときはまるで興味がわかず、夫の母に預かってもらっていたのだ。
さっそく義母に連絡して、数枚の着物と帯を選んで持ち帰らせてもらった。
着物を広げたら、試しに羽織ってみたくなった。今はインターネットであらゆる情報が出てくる時代だ。着付けの方法を紹介する動画サイトを頼りに、襦袢と着物を身につけ半幅帯を結んでみた。
あらためて鏡を見たら、なんかイマイチだなと思った。
イマイチというか、かなり残念感が漂っていた。着付けがテキトーなのを差し引いても、全体の印象はモッタリと覇気がない。
夫も同じ意見のようだ。
「大掃除の手伝いに来た、親戚のおばちゃんにしか見えない。洋服だと姿勢がいいのに、着物はズングリむっくりですごく老けて見える」
着物が似合わないのなら、それはそれでいい。金輪際、着物と無関係に過ごしたって困ることなど1ミリもない。だがひとつだけ、腑に落ちないことがあった。
もう十年近くも袖を通していないが、浴衣は自分でもそれなりに納得のいく着姿になった。着付けは我流だが、「スッキリした印象で、いいね」と老若男女ともにわりと好評だったのだ。
着物も浴衣もデザインは同じなのに、なぜ着物だけがダメなのか?
しかし、誰に何を訊けばいいのだろう。もし着物専門店に私のような知識ゼロのド素人がノコノコと出かけて行っても、ただのカモネギでしかなく「似合う着物がある」と総力をあげて持ち上げられて、根本的な疑問解消からは遠のくばかりだ。私が必要としているのは、商魂ゼロのうえ遠慮やお世辞とは無縁で、それなりに着物に詳しい人の意見だった。
イラスト/田尻真弓
【老けパワーの原因をYahoo!知恵袋に訊く】
ふと思いついたのは「Yahoo!知恵袋」だった。わからないことを質問形式で書き込むと、それを読んだ誰かが答えてくれるコミュニティーサービスで、何度か目を通したことがあったが、自分で利用したことは一度もなかった。
なぜ着物が似合わないのか? 原因は私の体型にあるような気がした。
身長162センチ、痩せ型だが骨格はしっかりした感じでいかり型。首は細めだが短く、肌は黄味が強い。
普段の服装は、カッチリしたコンサバ系のものは皆無で、抜け感のある組み合わせがメイン。優しげな色より、原色やハッキリした色合わせがシックリくる。
そんなプロフィールとともに、着物が似合わない理由を求める書き込みを投稿した。こんなパーソナルすぎる質問に、答えてくれる人などいるのだろうかと心配になったが、最終的には七名もの人から回答がよせられたのだ。なにより驚いたのは、皆さんとても親身ということだった。
集まった意見を総合するとダメポイントは主に、①衿もとの着付け、②着物の色柄選び、の二点らしい。
首が短い人は、少しでも衿もとがつまった着付けをすると、確実にズングリむっくりになり、老け効果に絶大な威力を発揮してしまうという。
着物の色柄についても、身長が高めで骨格がしっかりしたタイプは優しい色やくすんだ色味、細かい花模様などの着物は似合わないと指摘された。
浴衣は違和感ナシな理由も明確だった。カチッとした着物にくらべて、浴衣はカジュアルで大胆な色柄のものが多く、いかり肩タイプは粋に着こなすことができるという。
つまり着物もカジュアルで粋な路線で選べばいいというわけで、具体的にはハッキリした縦縞の柄、大胆な色柄のアンティーク、デニム着物などをおすすめされた。母の遺したタンスにはないものばかりで、着物にこんなにもいろいろな種類があることを初めて知った。
思えば母は、色白なで肩で、体型的には私とはまったく違うタイプだった。
日本人なら誰でも着物が似合うというが、家族や親族から受け継いだものをそのまま着ればいいというわけではないのだ。
でも洋服におきかえれば、あたりまえすぎる話だ。どんなに良いモノといわれようが、ある程度の年齢になれば一定の線引きが確立して、好みに合わない、似合わないものに袖を通そうとは思わない。
「着物ワールドの落とし穴」に少しだけ気づいた私は、着付け教室をさがすことにした。(つづく)