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着付け教室はなぜ「無料」が多いの?【前編/“無料”のカラクリ】

片野ゆか

片野ゆか

1966年、東京生まれ。広告営業職を経てノンフィクション作家に。
得意分野は、犬と人の生活全般、アジアの食文化、美容・健康など。2005年、『愛犬王 平岩半吉伝』で第12回小学館ノンフィクション大賞受賞。

 

とかく約束事が多い、着物の世界。「これが決まりだから」と頭ごなしに言われ、なんだかモヤモヤ……。着物超初心者のノンフィクション作家・片野ゆかさんが、その“謎解き”に挑戦!今回は「無料着付け教室」の仕組みに迫る。「無料」の裏にあるのは……?

着物を意識しはじめてから、ずっと気になっていたのは「無料」の着付け教室の存在だ。広告はどれも華やかで、なかには人気女優をイメージキャラクターに起用しているところもある。

 

受講料もとらないで、広告制作料や高額な出演料をどこから捻出しているのか? 経済の仕組みに詳しくなくたって疑問に思う。「着物販売はいっさいしません」と明記している教室もあるけれど、常識的に考えれば、着物をバンバン売りつけでもしないと、とても成立しないだろう。

 

各教室のサイトからカリキュラムを見ると、初心者コースが6回から12回くらいで構成されていて、そのなかに「親睦会」「産地見学会」「販売会」などの名称が含まれているけれど、これレッスンじゃないし。試しに某教室に「興味のあるところだけ参加可能か」と問い合わせたら、参加条件は全回出席という回答だった。

 

【着物知識ゼロから4時間で着付けをマスター?】

 

いずれにしても、10回前後も休みなしで通うのはスケジュール的に厳しかったので、前回書いたように、下北沢のアンティーク着物ショップ『着縁(きえん)』のオーナー、小田嶋舞さんに個人レッスンをお願いした。1回2時間で、受講料は3,000円。未経験者でも3回で着物が着られるようになるという内容だ。

 

初回は襦袢を服のうえから羽織って、衿合わせ、衿の抜き方、紐の結び方など一連の手順を何度か説明してもらい、「ここまでを自分でできるまで練習してください」と言われ、その場で反復練習スタート。数十分の自主練タイムを経て「大丈夫そうなので、次の段階にいきますね」という感じで進みながら1回目のレッスンが終了した。

 

「ここまでの内容は、次回までに練習しておいてね」

 

舞さんの言うとおり、せっかく習ったのに忘れたらもったいない。襦袢と着物、腰紐をハンガーにひっかけて、仕事コーナーの脇につり下げていつでも手に取れるようにした。毎日は無理だったが、仕事の合間に1日2〜3回ずつ練習した。

 

2回目のレッスンは、約3週間後。1回目の復習を兼ねて、習ったところまで着てみる。自主練のおかげで問題なくクリアしたので、約1時間で着物の上半身の整え方を習い、残りの1時間で半幅帯の結び方を教えてもらった。

 

「これで完成! カジュアルシーンなら、いつでもお出かけできるわよ」

 

舞さんの言葉を聞いたとたん、達成感がおしよせてきた。当初は3回の予定だったが結果的には2回、つまり経験ゼロから4時間でひとまず着付けを習得することができたのだ。

時間的にはあっという間だったが、初めてづくしの内容だけに密度はやたらと濃厚だった。やったー! と喜ぶのと同時に再燃したのは、アノ疑問だ。

 

一般的な着付け教室では、初心者コースが六回から十二回のレッスンで構成されているけれど、そんなに長い時間をかけて何を教えているのだろう?

 

「私が教えている事と、基本的には同じよ。内容を小出しにしているから、時間がかかっているだけ」
なるほど有料教室であれば、回数が多いほど安定収入が期待できる。
「着付け教室って、簡単に着られないように教えているの。だって簡単に着物が着られるようになったら、商売あがったりでしょう」と舞さんはバッサリ。

 

着るだけで何か月もかかるなんて、たしかに気の短い私にはとても無理だ。
でもなかには、とにかくゆっくり教えてほしいという人、着物についてすべて習ってからでないと外出はイヤという人、自宅で自主練する時間がまったくとれない人、あるいは教室に通うことそのものが息抜きや気分転換になっている人もいるだろう。そう考えると、むしろ需要は多いのかもしれない。

 

【着付け教室の「買うしかないしくみ」】

 

有料着付け教室のビジネスモデルがうっすらとわかってくると、益々気になるのは無料着付け教室のカラクリだ。

 

着付け講師から着物や帯の購入を奨められたり、勉強会と称する販売会に連れていかれたとしても、ひたすら強い意志を持って挑めば、無料教室で着付けの技術のみ習得するのも不可能ではないような気もする。

 

しかし、敵は何枚も上手だった。無料着付け教室の生徒のなかに、サクラがまぎれていることもあるという。

 

舞さん曰く、これは着物業界ではよく知られた手口。ドキドキしながら習い事をはじめて、同じ教室で友人ができれば楽しいし心強い。回数を重ねるごとに仲良くなった相手が、産地見学会や販売会で「こんなに良いものが安く買えるなんて、私たちってラッキーだね」と言いながら、目の前で着物や帯を購入していたら、警戒心も財布の紐も緩むだろう。

 

実際に着物をかじってみて、この状況だったら買ってしまうかもしれない、と思う状況がもうひとつある。それはサイズの合う着物を持っていない場合だ。着付けの世界では、自分のサイズにぴったり合った着物、つまりお誂えの着物ほど楽でキレイに着られるといわれているのだ。

 

新しい着物が欲しい人は、それでもいいだろう。
しかし、着付けをはじめるきっかけは、お下がりの着物やかわいいアンティーク着物を着てみたいという人も多いはずで、それらがジャストサイズであるはずもない。講師から「この着物はあなたに合っていない。きちんとしたサイズの着物を購入すれば、もっとキレイに着られる」と言われたら、お誂えの新品着物を検討しないではいられない気持ちになっても不思議ではない。

お誂えほど着付けがラクというのは、どうやら事実らしい。ジャストサイズのものは、着るときに調整や工夫が必要ないので、着付けの技術や経験値が低くてもキレイに仕上がるというのだ。

 

しかし、私自身は、経験値が低いぶん完璧をめざしても仕方がないと思っているせいか、今のところリサイクルやアンティークの着物でもまったく不便を感じない。

 

選ぶときのポイントは、つぎにあげた4点のサイズがほどほどに自分に合っているかどうかだ。

① 着物の丈=身長プラスマイナス5センチ
② 袖の長さ=手を伸ばした状態で、首の真後ろから手首のグリグリまでの長さ
③ 着物の前幅(前身頃の片方の幅)24.5センチ
④ 着物の後幅(後ろ身頃の半分)30.5センチ

 

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ここに書いた③④の数字は平均サイズなので、細身タイプは前後合わせて1〜2センチマイナス、ふっくらタイプは1〜2センチプラスを目安にすればマイサイズの着物を選ぶことができる。

 

でも初心者が手軽に着物とつきあおうと思っても、こうした情報はなかなか届かない。まして是が非でも新しい着物を買ってほしいと思っている人々は、絶対に教えてくれないのだ。

 

(つづく)

 

イラスト/田尻真弓

 

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