【教えていただいた方】
一般社団法人育母塾代表理事。1991年、看護師免許取得。1993年「国境なき医師団」の活動で上海に赴任。帰国後、阪神・淡路大震災で実家が全壊したのを機に災害医療に目覚める。以降、国際緊急援助隊医療チーム(JMTDR)において国内外の被災地で活動。現在はフリーランスのナースとして講演、防災教育、被災地支援活動を行う。『レスキューナースが教えるプチプラ防災』(扶桑社)ほか、防災関連の著書多数。
防災の目的は「被害ゼロ」ではなく「減災」。できるだけ早く日常に戻るために
防災の必要性は感じていても、何から始めたらいいのか、どこまでやればいいのか…。そんなイメージを持つ人も多いはず。
実際、OurAgeで2023年8月に実施したアンケートでも「防災意識は強く、準備しているほうだと思う」と回答した人はわずか5.7%。
残りは「知識はあるが、準備が足りないと思う 57.9%」「準備したいが、何をやればいいのかわからない 31.0%」「最終的には国や地域が、なんとかしてくれると思っている 4.3 %」「その他 1.1%」との答えでした。
(OurAge読者793人が回答。平均年齢51.1歳)
防災教育や講演で多くの40代~50代女性と話をしてきた辻直美さんは、「実は、防災に取り組むまでのハードルでいちばん多いのが『備えると実際に災害が起こりそうだから』という心理です」と言います。
「災害に対しての不安から、目を向けたくないという人の声をよく聞きます。
でもね、備えをしていてもいなくても来るときは来ます。不安なのは、どんな規模の災害が来てどうなってしまうかがイメージできないから。
だったらまず敵を知ることから始めてみましょう。
防災を頑張ったとしても、被災ゼロにはできない。規模の大小はあれど何かしらの被害は受けます。
ただ備えがあれば、被害を小さくくい止めて早く日常に戻ることができる。つまり目的は『減災』です。
災害が起きたときに慌てず、騒がず、怒らず、冷静に対応できる人こそが、早く日常を取り戻せる。
防災を“非日常”ととらえるとなかなか実践しづらいですが、 “日常を取り戻すための防災”と考えると、もっと身近に感じられるのではないでしょうか」(辻直美さん)
ライフラインの断絶日数や必要な備蓄の量を割り出して、具体的にイメージしよう
災害は遠い話ではなく、防災がいかに日常と隣り合わせであるかを実感するために「まず自分の『立ち位置』を把握することから始めて」と辻さん。
「防災を考えるときに、『〇〇を準備しておかないと助からないよ』という不安をあおる伝え方をしても、なかなか人は動きません。
自分がどんな災害にあうか、そのときどうなるのかが客観的にわかるほうが、よほど一歩を踏み出すきっかけになります」
辻さんがおすすめするのは、住所や家族構成などを入力するだけで、被災の度合いや備蓄すべきものの量などがわかる以下の3つのサイト。
辻さんのおすすめ1
「地震10秒診断」
(防災科学技術研究所/日本損害保険協会)
「自宅や実家、職場など、自分がいる可能性が高い場所の住所を入力すると、30年以内に震度5弱以上の地震が起こる可能性をパッと示してくれます。
それが5%や10%などあまり高くないと『なんだ、こんなものか』と軽く受け止める人が多いのですが、その下に停電やガス停止、断水など、ライフラインが復旧するまでの日数が示されると『こんなに長い間!?』とびっくりするはず。
これは大げさな数字ではなく、『防災科学技術研究所』という国の防災研究機関が運営しているので、かなり現実に近い数字です」
辻さんのおすすめ2
「pasobo(パーソナル防災サービス パソボ)」
「『簡単1分防災診断』で、住んでいるエリアや家族構成、アレルギーの有無やよく食べるものなど細かく設定していくと、自分にフィットした備蓄品を提案してくれます。
被災した際にどういう行動をとるべきか、在宅避難がいいのか避難所がいいのかまでアドバイスしてくれるので、イメージをしやすいでしょう。
また、提案された防災グッズをすぐに購入できる通販機能もついているので便利。防災は『やろう』と思ったときのスピード感も大事です。
ただこのとおりに用意しただけでは快適な避難生活ができるとはいえないので、さらにアレンジしていく必要がありますが、きっかけとしてはいいと思います」
辻さんのおすすめ3
「東京備蓄ナビ」
「備蓄と言われても何をどのくらい用意したらいいのか見当がつかない、そんな人にとても便利。家庭で必要になる備蓄品の種類や数量などがわかる『東京備蓄ナビ』を紹介します。
『東京備蓄ナビ』という名前ですが、どの地域の人でも参考になります。(雪や防寒対策など地域差のある備えについては、この限りではありません)
家族構成(性別・年代)や住まいの種類などの質問に回答するだけで、用意すべき食料や日用品など具体的な備蓄品目を、目安となる量とともにパッと割り出してくれます。
同ページにショッピングサイトへのリンクボタンがついているので、足りない備蓄品をすぐに購入することができます。
戸建てでは3日分、エレベーターが止まったときに荷物を持っての階段の上り下りが難しい集合住宅では7日分備蓄が必要になる設定となっています。『地震10秒診断』で調べたライフラインの断絶日数も考慮し、各家庭で必要な備蓄について考えてみましょう」
「自分が元気でいられるか」で選べば、防災が楽しくなる!
避難生活イコール「日常に戻るまでのつなぎであり、最低限で乗り切るもの」というイメージも強いけれど、辻さんが伝えたいのは「自分を大切にする防災」。
「例えば、ドライシャンプーで髪を洗っても『香りがだめで気持ち悪くなってしまった』という被災者の声をたくさん聞いてきました。
つまり、『これを用意しなさい』と言われたものをただ用意するのは本当にファーストステップ。そこからいかに『自分仕様』にしていくかがポイントなんです」
食べ物にしても、備蓄リストの分量をそろえるのはまず第一段階。そこから「どう食べるとおいしいのか」までイメージしておくのが大切。
「インスタントラーメンは備蓄食の定番ですが、毎日それでは飽きてしまいます。それなら『今日はラーメンにして、次は焼きそば風に炒めてみよう』とかアレンジしてみる。
アレンジというとハードルが高いように感じられるかもしれませんが、自分がどんなふうに食べたらおいしいと思えるか、元気が出るのかでイメージしてみたらいいと思います。
衛生用品ならどんな質感や香りのものなら心地よく使えるのか、どんな環境ならぐっすり眠れるのか…。
40代~50代女性は人生経験が長い分、自分にとって必要なもの、心地よいものが決まっている人も多いはず。いつもの自分に引き寄せて考えてみると、防災は日常と地続きだということが改めてわかります。
人は自分の欲求が満たされると元気になれる。
快適な避難生活が送れるように、平常時で時間があるときにイメージして備蓄品を選んでいくと、防災が楽しめると思いますよ!」
イラスト/ミヤウチミホ 取材・文/遊佐信子