日頃の「知る」「考える」が、もしものときの「行動」につながる
こんにちは。防災士、防災食アドバイザー、管理栄養士の今泉マユ子です。
この連載では、これまでの9回で「災害時にどのように行動し、命を守るか」についてお伝えしてきました。
とはいえ…。どれだけ備えていても、災害は想定外の形でやってきます。そんなときに大切なのが、「対応できる引き出し=手持ちのカード」を複数持っておくこと。
もしも、カードを1枚しか持っていなければ、そのカードが使えない局面に遭遇した際、どうすることもできなくなります。でも、2枚、3枚とカードがあれば、状況に応じて切り替えることができます。
例えば、第1候補として考えていた避難ルートが通れなくなっていても、第2、第3の選択肢が想定されていれば、すぐにそちらのルートに変更して避難することができます。また、自宅での在宅避難が難しい場合でも、避難所、車中泊、親戚宅など、複数の場所を考えておくことで、慌てずに避難をすることができます。
では、こうした「対応できるカード」を増やし、「複数の選択肢を持つ力」を養うにはどうすればよいのでしょうか。
まず、重要なのが「知る」こと。自分自身が経験したことのない災害を頭の中で想像していても、いったいどんなことが起きるのか、どんな状況に陥るのか、リアルに思い浮かべるのは難しいでしょう。ですから、まずは過去の災害を「知る」ことが重要です。
そして、知ることができたら、それを自分事に落とし込んで「考える」こと。自分が暮らしている場所で、もし同様の災害が起きたらどうなるか…。日頃から頭の中でシミュレーションし、もしもそのときが来たら、どのように行動するかを考えてみましょう。
こうして日常の中で「知る」と「考える」を繰り返すことで、もしものときに確実に行動できる力が育まれます。
「知る」ことで考えられるようになり、「考える」ことで、いざというときに自分が取るべき「行動」が見えてきます。これこそが、命を守るための一番の備えです。
ぜひ訪れたい、過去の災害について学べる災害伝承館
全国各地に、過去の災害の記録や資料を展示する「災害伝承館」があります。
地震・津波・水害・火山・大雪など、災害の種類ごとに、発生当時の状況や被害の実態を、写真・映像・模型などでありありと伝えています。施設によっては、被災者の体験談を直接聞ける機会を設けています。
災害を実際に経験した人の言葉には、資料や映像では伝えきれない「生の教訓」があります。どうやって命を守ったのか? 災害のあと、どのようにして生き抜いたのか? その声にぜひ耳を傾けてください。
こうした展示を見学し、体験した方の話を聞くことで、「自分だったらどうするか?」ということを考えるきっかけになります。
例えば、兵庫県の「阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター」が運営する「日本災害伝承ミュージアム・ネットワーク」では、全国の災害伝承館の情報をまとめて紹介しています。お近くの施設を探して、ぜひ訪れてみてください。
また、内閣府、国土交通省は、地域で発生した災害の状況をわかりやすく伝える施設や災害の教訓を伝承する活動などを「NIPPON防災資産」として認定。災害伝承に関する良質な施設や活動の普及・拡大を目指しています。
注目したいのは、「災害の記録」を「資産」と呼んでいる点です。災害の痕跡や証言を未来への学びとして残し、地域や個人の防災力を高めるために生かす。そうした思いが、この名称には込められています。
記事が続きます現地を訪れることで得られる気づきがたくさんある
私は、上記でご紹介したような全国の伝承館を訪れて、過去の災害について学んできました。
例えば、そのうちのひとつ。岩手県釜石市の「うのすまい・トモス」の伝承施設「いのちをつなぐ未来館」では、震災を経験したスタッフから直接お話を伺い、避難ルートをたどる「避難路追体験プログラム」に参加しました。現地での学びは、机上では得られない気づきを与えてくれます。

震災を体験したスタッフに当時の様子を伺いながら、館内を案内していただきました ■写真提供:『防災教室 過去の災害から学ぶ本』(理論社)

「避難路追体験プログラム」では、津波被害にあった場所を訪れ、当時の様子を聞きながら実際の避難路を歩きました ■写真提供:『防災教室 過去の災害から学ぶ本』(理論社)

旧鵜住居小学校・旧釜石東中学校の跡地(釜石鵜住居復興スタジアム)に建てられた石碑には、悲劇を繰り返さないようにとの遺族らの願いが刻まれています
日頃から、災害に対応できる「カード」を増やしていきましょう
防災というと地震や津波といった自然災害に対する対策を思い浮かべがちですが、事故などの人災も含め、災害の危険性は日常のさまざまなところで起きる可能性があります。あなたの住む地域で起こるかもしれない災害はなんですか?
例えば先日、強風による倒木によって東京都内の私鉄が不通になり、交通が止まりました。インフラの停止や道路の遮断は、規模の大小にかかわらず、いつ、誰にでも起こり得る災害です。
皆さんも、ぜひ一度、自分の住んでいる地域にはどのような災害が起きる可能性があるのかを考え、周囲の人と話し合ってみましょう。
この連載を通じてお伝えしてきたのは、「防災を特別なことにせず、日常の中に自然に組み込むこと」。日常の延長線上に防災はあります。今日からでも、身近な場所や道具、行動を見直して、「対応できるカード」を1枚ずつ増やしてください。
その積み重ねが、いざというときに役立ちます。ぜひ、日々の暮らしの中で災害に備える力をつけていきましょう。

管理栄養士としてレシピ開発、食育、SDGsクッキングの指導を行うとともに、防災食アドバイザーとしても活躍。災害時でもポリ袋と湯煎で簡単にできる調理法「お湯ポチャレシピⓇ」の指導や備蓄アドバイスなどを行う。さらに、2017年には防災士の資格を取得。食の範囲にとどまらない幅広い防災活動に従事する。これまでに、全国で行ってきた講演は400以上。日本栄養士会災害支援チーム(JDA-DAT)リーダー。東京消防庁から拝受した感謝状は11枚になる。著書に『SDGsクッキング(全3巻)』『親子で学ぶ防災教室』シリーズ(理論社)『かんたん時短、「即食」レシピ もしもごはん』(清流出版)など23冊。テレビ出演200以上、ラジオ出演300以上。新聞、雑誌、WEBサイトなどでも活躍中。
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《From 編集部》
全国の被災地を訪れて取材をしている今泉さんの新刊発売!
災害についての記録をまとめた書籍を読むことも、防災のひとつです

『こどものための防災教室 過去の災害から学ぶ本』(理論社)
今泉さんが訪ね歩いた全国各地の伝承館での学びが、書籍『こどものための防災教室 過去の災害から学ぶ本』(理論社)として、2025年8月20日に発売されました。
この本は、今泉さんがこれまでに手がけてきた『こどものための防災教室』シリーズの新刊。これまでの3冊(『災害食がわかる本』『身の守りかたがわかる本』『防災グッズがわかる本』)は「備える力」がテーマですが、本書は過去の災害から学んで、「知る→考える→行動する」という「対応力」がテーマです。
取材・文/瀬戸由美子


