これは私の主観だけど、人生を豊かにするのって、生活に直結したところにあるのではなく、たいていはミニマリストが嫌がる無駄なところにあるのではと思うんだよね。
たとえば買い物。生活必需品をいくら買っても、『ふふ、コレでトイペは一年もつわ♪ ルンルン』とはならないが、普段買う豚バラをTOKYO.Xにしたら『ふふ買っちゃった♬』にはなるな。臨時収入があった『よっし!今日は回らない寿司屋だ!』(笑)とか、そういう、普段は抑えてるちょっとした無駄使いをした時にこそ、楽しさとか喜びを感じます。
時間の近い方もそう。早起きして、掃除洗濯して、着替えして…って、すごく有効な時間の使い方をしたとしても、「頑張った!偉いぞ私」とは思っても豊かさは感じないなぁ。
南の島で1日ボーッと浜辺で無駄な時間を過ごしたって時に、人生の豊かさを感じるんじゃないかと思うのよね。
つまり、やる必要のないことをわざわざやる時、人生の無駄と言うか時間の無駄遣いをする時に抱ける心の妙な充実感。日常では得られない、非日常感の中に存在する《私だけの贅沢な物と時間》コレだな。
以前、この連載で、「人は趣味では死なないが、道楽では死ぬ」という話をしたと思います。もし趣味にお金がかかりすぎて水道代が払えなくなったら、たいていの人は、その趣味を制限するよね。一方、散財上等、他人なんか関係ねえ、好きなモンで身を滅ぼすんなら願ったりでぃっていうのが道楽。なぜか江戸っ子(笑)。つまり無駄の最たるものが道楽で、道楽に生きてる人は周囲からはあまり幸せに見えないかもだけど、本人は自分だけの至福の時間を過ごしてると思うよ。
考えてみたら、ヲタクってかなり道楽に近いから、今も昔も日本人はヲタク気質のヲタク国家。だからこそ、アジアで一番ノーベル賞を取ってるのは日本ってことですね。ノーベル賞ってヲタク中のヲタクじゃないと絶対取れないと思います。
ちなみに私にとって漫画は、趣味じゃなくて道楽でした。
お金なんか稼げなくていいから、好きなものを好きなように描くことができれば幸せだったんですね。漫画のためならと、青春も学歴もすべて投げ捨てて命を削りながら喜んで、漫画の奴隷になりました(笑)。それが幸せだったんだから、道楽って、気がふれてると言うか、余りに恐れ知らずの非常識と言うか…いやあ若さの暴走ってマジ怖いわ(笑)。
この辺で止めておこうが出来るのが趣味。
もっともっとを目指しまくるのが道楽。
気力体力があるなら、人生賭けて道楽、いかがですか?

「有閑倶楽部 南海の秘宝」りぼん1986年1月号扉
取材・文/佐藤裕美
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