気持ちよく暮らす「生活のしきたり」/57:近所迷惑になるとわかっていることは、あらかじめ家主やご近所に伝える
季節の行事のすごし方や、親戚・ご近所とのおつきあい。恥ずかしくなく普通に暮らすため、カジュアルな決まり事を覚えましょう!
ここでは、各テーマごとに全部で84の「しきたり」をご紹介します。
教えてくださるのは、生活研究家の阿部絢子さんです。
このパート【上手なおつきあいのための「心得」】では、心地よいつきあいに関するしきたり44~61をご紹介します。
今回は、しきたり57:近所迷惑になるとわかっていることは、あらかじめ家主やご近所に伝える、についてです。
●上手なおつきあいのための「心得」●
家族、友人、恋人、親戚、子ども同士、仕事など、人と人とのコミュニケーション=つきあいほど難しいことはありません。電車の中で肩が触れた、触れないの言い争いから喧嘩となり、重傷を負ってしまった、近所のピアノの音がうるさいと、近所づきあいが疎遠になってしまったなど、つきあいはときとして争い事にもなり、そのために人を傷つけてしまうことだって起こりかねません。
我慢すべきときは我慢、言うべきときは言う、そして、かかわりのないときにはかかわらない、といったように、つきあいにはほどよい距離感を保つことが欠かせません。すべて自分の価値観と同じと思うのではなく、人には人の考え、思い、思惑などがあり、無理してつきあっても決してうまくいくとは限らないのです。
しきたり57
近所迷惑になるとわかっていることは、
あらかじめ家主やご近所に伝える
自分が決めた土地で住み暮らす以上、近所づきあいはできるだけ波風を立てずに穏やかに暮らしたい、と誰もが願っているはず。ところが、近所とはいえ、同じ考えの人ばかりが暮らしているわけではありません。考え方が違えば、そこには少なからぬ波風が立つものです。近所づきあいが親しければ、迷惑なことをあらかじめ伝えるだけで、ご近所の方は迷惑とは思わないもの。でも、つきあい下手で挨拶すらろくにしなかったとしたら、そこには嫌な空気も漂ってきます。
近所づきあいはまずは挨拶からです。
ドイツでは数カ所にホームスティしましたが、どの家でも、週一回は必ず近所を散歩して歩きました。そんなとき、近所の人とは決まって立ち話をします。内容はよくわかりませんでしたが、今日の天気や気温のこと、葡萄畑の様子、健康のこと、近所の話などだと思います。近所とはまず顔見知りになる、次には挨拶をする、そして次第に話をする。話をして初めて人となりがわかってくるのです。わかったときに、合わないと判断すれば、また挨拶だけのつきあいでいいのです。
こうした近所づきあいは、ドイツだけではなく、ちょっと前まで私たちだってしていました。ところが、みんなとても忙しくなり、近所も目まぐるしく人が入れ替わるようになってくると、近所に暮らす人の顔さえわからなくなってきたのです。それで、立ち話は当然のこと、挨拶さえできなくなってしまったのです。
迷惑がかかると予測できることでも、前もって話せない状況になっているのが、現代です。近所に暮らしている人の顔が見えなければ、お互いさまの気持ちなど生まれようはずがありません。他人はどうであれ、自分中心の暮らしを満喫することになります。自分中心ですから、平気で迷惑を近所中に広げていきます。例えば、夜中に平気で音楽をかける、洗濯機を回す、掃除機を使う、大勢で夜更けまで酒盛りをする……。すべての人が自分と同じリズムで暮らしているかのような自己中心的な暮らし。これでは近所づきあいもできません。
暮らしのリズムは千人千色です。朝が早い人、夜が遅い人など、その人なりのリズムで暮らしています。そこに自分のリズムだけを押しつけられたのでは、ほかの人は迷惑です。顔の見えにくい近所では、当然迷惑が降りかかれば、それを訴える、文句を言う、迷惑を阻止する行動をとるなど、波風はいっそう荒れ狂い、ともすると、傷害事件をも起こしかねません。
もし、自分があらかじめ近所迷惑をかけると予測できることであれば、集合住宅では、家主、管理組合、町内会などに伝えておく必要があるでしょう。自分では迷惑でないと思った行為でも、それを迷惑と感じる他人がいるかもしれないからです。
私たちは、「野中の一軒家」や「無人島」で暮らしているわけではないことを十分理解して暮らさなければならないのです。
次回は、しきたり58:正しく分別されたゴミ出しは、ご近所づきあいの基本、についてご紹介します。