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第1章 巡礼旅は怖くない 5・清く正しく美しく!? 巡礼者の毎日のスケジュール(午後編)

大滝美恵子

大滝美恵子

フードライター&エディター、ラジオコメンテーター。横浜生まれ。「Hanako」からスタートし、店取材を続けること20年。料理の基礎知識を身に付けたいと一念発起、27歳で渡仏。4年の滞在の間にパリ商工会議所運営のプロフェッショナル養成学校「フェランディ校」で料理を学び(…かなりの劣等生だったものの)、フランス国家調理師試験に合格。レストランはもちろん、ラーメンや丼メシ、スイーツの取材にも意欲を燃やし、身を削って(肥やして!?)食べ続ける毎日。

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歩く、歩く。青い空の下をただひたすら歩く

 

いや、もう暑いんです、とにかく。太陽が出始めてから、気温は上昇する一方。

 

明け方の寒さが嘘のように、強い日差しが照りつけてきます。フランスを出発する時に「スペインの暑さは半端じゃないから、気を付けて」と言われた意味が、よくわかりました。湿度が低い分、太陽の光が「チリチリ」と肌に直接、突き刺さるイメージと言ったら伝わりますか!?

 

その代わり、どこまでも青い青い空。いま、私の目の前にあるのは空と大地だけです。ビルや電線や看板、人の影さえ見当たらないなんてシチュエーション、少なくとも普段の東京の生活ではありえません。青い空、緑の丘、黄色い花、そして白い道。子どもの頃にクレヨンで描いたような、とてもシンプルな、そしてきっと純粋だった絵のなかに私がいます。

 

太陽光やら粒子やら科学的な理由があるのはもちろんですが、空が青く見えるのは「人間の目が青色を鮮明に捉えられるようにできているから」なのだそうです。うっすら老眼が始まってイライラすることがあった私の眼も、この上ない目の保養に喜んでおりました。

 

…とはいえ、その感動的な風景も、しばらく続くと「フツウ」になってくるから勝手なものです。だってだって、もう足がジンジンと痛いんですもん!

 

厳しい暑さからくる体力の消耗に加え、10kg以上の荷物を背負う肩、腰にも疲労が溜まっているのが判ります。元気な時の私の歩く速さは時速4km程度(渋谷駅から新宿駅までを山手線に沿って歩いて1時間弱かかるイメージ)なのですが、4、5時間も歩き続けると、歩幅は狭くなり、足が上がらなくなってきます。巡礼出発を決めてから、よせばいいのにトレーニングでもやってみるかとお正月にちょっと長い距離を歩いた結果、痛めてしまった膝にも鈍い痛みが…。フランスをスタートしてからしばらくは、夜、膝を真っ直ぐに伸ばして横になることができず、うつらうつらしながら膝が痛まないポジションを探し、深く眠ることができませんでした。疲れ果てて泥のように眠りたいのに、膝が痛くて眠れないなんて、あぁ、巡礼はやっぱり苦行なのでしょうか…。

 

 

今回、人生で初めて登山用のストックを使ってみました。これがないと800kmを歩き通せなかったかもしれません。

 

どれだけ私が登山初心者かという呆れ話です。出発地点のサン=ジャン=ピエ=ド=ポーに向かうのに、ヨーロッパ内のLCC(ローコストキャリア)の航空会社を使ったのですが、搭乗した空港の保安検査場でストックを取り上げられてしまったのです。そう、私は先端部のゴムキャップの下に、尖った石突があるとまったく判っておらず、ストックを背中のリュックに差し込んで、笑顔で凶器(!?)を機内に持ち込もうとしていたのでした。あぁ、無知って恐ろしい…、とほほ。

 

そして、サン=ジャン=ピエ=ド=ポーで買い直した二代目ストック。なんと、使用3日目でゴムキャップに穴が開いちゃった! 初日の山道でキャップをしたまま歩いたせいか(キャップは外すのが正しいとおっしゃる方もいます)、バランスを取るための道具なのに体重をかけて使ったのか。いずれにしても正しい使い方、歩き方をもっと調べておくべきだったと思いました。

 

中世の巡礼者は、つばの広い帽子に、長いマント、水筒代わりの瓢箪を結んだ杖をついて歩いていたと言う。何も判っていなかった私は、たまたま見かけた運動用品店で適当に安いストックを購入。いまにして思うと、専門店で話を聞いてからなり、使い方を調べて吟味するなりすべきだったと反省(とはいえ、結局、この初代ストックは巡礼デビューを果たせなかったのですが)。エンヤコラと山道を登っていたら、私の意味のない使い方を見かねた通りすがりの優しい男性が突き方を教えてくれ、ストックの長さを調節してくれたことも。

 

 

つらい時に口ずさんだのは、あのヒーローの歌

 

ランチは教会前の噴水の脇や公園のベンチに腰掛けて簡単に済ませます。買ってあったパンにチョリソーやツナ缶、チーズを挟んで、即席のお昼ご飯。お昼にお店に入ることはほとんどありませんでした。目的地にしている比較的大きな街に着くまでは小さな村々が続き、食欲をそそられるような店がなかったせいもありますし、何より先を急がなくちゃと言う気持ちがあったからです。

 

保存状態が良くないのか、村の食料品店で買うバゲットはパサパサしていることが多く、口が切れそう。それよりはと、工場生産モノだけれど、街のスーパーで食パン1本(!)を購入していた私。なかなか嵩が減らず、リュックの上の方にそっと入れてはみたものの、当然、パンはぺっちゃんこ。1gでも荷物を軽くしようと、ツナ缶は蓋が紙状のものをセレクト。非常用のおやつとしてドライフルーツとくるみをいつもリュックのポケットに入れていた。

 

 

 

最初のうちは、毎日、ただひたすら歩いていました。一生懸命歩いているのに、私の足が短いのか、大勢の巡礼者たちにどんどん抜かされていくのです。私が誰かを追い抜かすなんて、ほとんどなかったような…。

 

とくに初日のピレネー越えは本当に不安で胸がいっぱいでした。立ち寄れる最後のバルを後にしたら、その先、約17kmの山道の途中には店も宿も何もないのです。あまりに抜かされていくので、今日、サン=ジャン=ピエ=ド=ポーから出発した巡礼者のなかで一番ビリなんじゃないか、もし暗くなる前に着かなかったら野宿するしかないかもと、泣き出しそうでした。

 

そんな時、頭のなかに浮かんできたのは、あの時代劇ドラマ「水戸黄門」の主題歌。歌詞があまりにもいまの自分の状況にぴったりで、一度、メロディが浮かんだら、もう頭から離れません。改めて調べてみたところ、♪ダ ダダダ ダ ダダダ ダ ダダダダダダダダダというボレロ調で始まるあの歌は、「ああ人生に涙あり」と言う曲名だそう。子供の頃から慣れ親しんでいた(?)とはいえ、巡礼の途中でこの歌を口ずさむ日が来ようとは…。いつしかこれが、巡礼中、つらい局面に差し掛かるとふと口をついて出てくる、私の応援ソングになりました。

 

 

 

街の入り口に最も近い宿が一番人気!?

 

午後3時頃、足を引きずるようにして、目的地に到着。疲れ果てて思考能力はゼロの状態ですが、今晩泊まる宿を探さなくてはいけません。巡礼者向けの安価な宿泊施設であるアルベルゲ(Albergue)でも、もちろん観光客向けの高級ホテルでも、どちらに泊まろうと自由です。

 

街の入り口にある教会の前で宿泊リストを広げてみると、今晩泊まる街・エステーリャにあるアルベルゲは5箇所。この時期にはまだオープンしていない1箇所を外し、さらに私の隣で同じようにガイドブックを見ていた巡礼者が、ひとつを指差して「ここは坂の上で遠いんだって」と教えてくれました。残りは三択、でももう比較して選ぶ気力すらありません(そもそも携帯をどこでも使えるような準備をしていないので、wifiがないと調べようもないんですが)。今日は一番最初に目についた宿泊施設に泊まろう、たまにはホテルで贅沢したっていいじゃない!?

 

 

最後のひと踏ん張りと、再びリュックを背負って歩き始めました。するとわずか100mほど進んだ大きな橋のたもとに、巡礼者たちの人だかり。どうやらそこが街の入り口から一番近い市営のアルベルゲのようです。強力なゴキブリ捕獲器のごとく、吸い寄せられていく疲労感満載の巡礼者たち。そうだよね、もう歩けないよね…(泣)。さっきの散財の覚悟は何処へやら、チェックインをしてみると、お値段、一泊6ユーロ(2017年4月は1ユーロ約120円だったので、1泊720円程度) 。巡礼手帳(クレデンシャル)にスタンプを押してもらい、ようやく本日の巡礼ノルマ達成です。

 

大きく蛇行するエド川に抱かれ、巡礼と共に発達した古い街・エステーリャ。藻が茂る川底が見えるほど美しい澄んだ川に沿って、11世紀頃、聖堂や教会、救護院などが建てられた。スペイン語で「星」を意味するこの街は、牧童たちが星に導かれて山中で聖母マリア像を発見したのが始まりだと言う。

 

今日から笑顔で私も「Yes, I can!」

 

シャワー、洗濯を済ませ、心身ともに生き還った心地…。できればこのままベッドで横になっていたいのですが(実際、お昼寝をしている仲間たちもたくさんいます)、いま寝てしまったら、絶対、夜、寝られなくなってしまいます。それにせっかく大きめの街にいるのだから、今晩、そして明日食べるものを買いに出かけなくては。

 

ファサードの美しいサン・ミゲール教会、12世紀に建てられたナヴァラ王の館、 ロマネスク&ゴシック様式のサン・ペドロ・デ・ラ・ルア教会…。中世に栄えたこの街には見所が幾つかあるのですが、あぁ、ヘタレの私には全部を回る余力がありませぬ…。もったいない? 本当にそうですよね。でも、まず最初に向かった、城塞のようにそびえる真っ白なサン・ペドロ・デ・ラ・ルア教会。長い石段を前に、一瞬、さすがにひるみました。行きは壁に摑まりながらでないと筋肉痛の足で登ることができず、帰りは一段、一段、足を下ろすたびに腿がビクン!と震える衝撃…。ひとつの街で1箇所、無事到着のお礼をしに教会に寄ればいいことにしようと言う、いささか図々しいルールを決めたのは巡礼前半のこの頃でした。あぁ、イエス様、ごめんなさい。

 

だいたいシエスタという昼寝の習慣が厄介なんです。昼間に通り過ぎる教会は閉まっていて、残念ながら中に入れないことが多々。スーパーマーケットや雑貨店も開くのはだいたい17時で、自由に買い物ができません。レストランも夜のオープンは夜8時頃なので、9時には就寝したい、清く正しい巡礼者の私には、待っていることがなかなか厳しくて…(泣)。

 

 

結局、アルベルゲに備え付けのキッチンで自炊をする、というのが経済的にも一番いい選択になります。キッチンにはお鍋やお皿、電子レンジなどが備わっていて、中央の大きなテーブルはみんなの社交場。最初はひとりでドギマギしていましたが、地元ワインや生ハムのお相伴にあずかったり、ひとりでいるからこそ、色々な人が話しかけてくれます。

 

なんとなくひとりぼっちでいることを恥ずかしく感じていたのですが、そんなことは杞憂だとようやく気付き、「周りからどう思われようと関係ない」スイッチに切り替えられた5日目の夜。

 

ひとしきり自己紹介の会話が終わると、どうしたって明日の話になり、「明日の登り坂はどんな感じなのかな」「ちゃんと歩けるか心配…」などと、つい不安を漏らしてしまう私。そうすると、ありとあらゆる人に「Don’t worry, of course  you can!(心配ないよ、もちろん大丈夫!)」と言われました。若い子にも、年上の人にも、あまりにもみんなに励まされるから、段々、自分が情けなく思えてきました(苦笑)。そう、なんやかやで5日も歩いてるのだから、歩けない訳はないのです。ただアラフィフの、太ったこの身体がつらいだけで。

 

もう弱音を吐くのは(できるだけ)やめようと思いました。わかっているんです、実は。荷物を背負って歩くのはつらいけど、楽しい気持ちを味わっていることも。

 

「競争じゃないんだから、ゆっくりで構わないんだし、自分のペースで歩けばいいんだよ」。優しいセリフに頷きます。そうだね、「Yes,I can!」。

 

(次回に続く)

 

 

  • MEMO 第5日目 計22.4km

プエンタ ラ レイナ(スペイン/ナヴァラ地方)

エステーリャ(スペイン/ナヴァラ地方)

 

麦と菜の花に加えて、ブドウ畑が現れるようになってきた。急ではないものの、そこそこの坂を登って下る、を繰り返す。小さな丘全体を家々が覆うシラウキという街は、古い建物の間を細い路地がくねる様子が印象深い。巡礼が始まるよりずっと以前の、古代ローマ時代に作られた石畳や中世に造られた半円が二つ並ぶ様式の石の橋を渡り、とても歴史的な感慨を覚える一日だ。

 

 

地図イラスト/石田奈緒美

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