年齢を重ねるほどに美しく__
〝大人磨き〟はこれから
第1回 人間としての色気を感じさせる、本物の、粋な大人とは__ ?
いつか、こんな大人になれるのだろうか? このエピソードを思い出しては、自分に問いかけている。
まだ編集者だった頃のことだ。以前から憧れていた女性への取材。実際お目にかかると、ずっと向こうからオーラで気づかされてしまう圧倒的な存在感に度肝を抜かれた。興奮と緊張に包まれながらも、無事、撮影は終了、あとはゆっくりとお話を伺うだけだ。私たちはその人を囲むように陣取り、普段はインタビューに立ち会うことの少ないカメラマンも、その人の磁力に吸い寄せられるようにやってきて、端の席へ。
そしていざ、話を始めようとしたときだった。ぶるぶるっ、ぶるぶるっ…携帯電話のマナー音が激しく鳴っている。最後に座ったカメラマンのものだった。まずい、取材中なのに。でも誰より焦ったのはきっと彼だっただろう。恐縮しながら慌てて電源を切るも、案の定、場はしんと静まり返ってしまった。
「こういうときは、あらかじめ電源をオフにしておくのがマナーなのよ」
ごめんなさい、どうか気にしないでね、何でも口にしてしまう性格だから、と前置きをしながら、穏やかなトーンでその人は言った。
この空気、あーっ、どうしたらいいんだろう? なんとかしなくちゃ…と、そのとき。
「それはさておき、あなたの携帯、すごく素敵じゃない? さすがはカメラマンね。美意識の高い人は、選ぶものが違うわ。どこで買えるのか、あとで教えてね」
さあ、続きを話しましょう。
満面の笑みで重苦しさを一掃したのはやっぱりその人だったのだ。このひと言がなかったら、彼は針のむしろに座る気持ちだっただろうと想像する。もしかしたらいたたまれずに席を立っていたかもしれない。私たちもきっともやもやが残ったのじゃないかと思うのだ。ところがこの人は、素通りしようと思えばできたことをそうしなかった。きちんと正したうえで、それまでよりも爽やかで温かい空気にがらりと変えたのである。
極めつきは見送りのときだった。再び、平身低頭する彼に対して、ひと言。
「いえいえ、こちらこそ、さっきはごめんなさいね。でも、ね。あなたの写真、最高だったわ。ありがとう」
ありがとう、をさえぎるように、エレベーターの扉がすーっと閉じた。それはまるで、ドラマを観ているよう。しばらく、心がじんじん痺れる不思議な感覚に包まれていた。同時に、隣で放心している彼の気持ちが手に取るようにわかった。今、この女性に「惚れた」んだなって。頰がほんのりピンクに染まっていたのはそのためだろう。
本物の大人がいるだけで、ありきたりの時間がきらきらと輝く時間に変わることがあるのだと身をもって知った。教科書にも女性誌にも書かれていなかった、美しさ…粋って、こういうこと。色気って、こういうもの。素敵な大人って、こういう人。
この女性、実は、江波杏子さんである。ご存じのとおり、日本を代表する「美人女優」。でも、何よりすごいのは、生まれつきの顔立ちや女優であるという真実をすべて超えてしまう、人間としての色気だった。年齢も男女の別も問わず、触れ合った人の心には残像が刻まれる。だから何度も何度も、あの笑顔を思い出すのである。そのたび思うのだ。いつか、こんな大人になれるのだろうか? と…。
撮影/江原隆司 器協力/吉沢 博