年齢を重ねるほどに美しく__
〝大人磨き〟はこれから
第4回 「自分がどうありたいか」を軸に、発想を変える知恵を身につける
300本? いや、500本はあっただろうか? 所狭しと並べられていたのは、数えきれないほどの口紅、口紅、口紅…。
その日は、次シーズンに発売される新色特集のモデル撮影。ヘア&メイクアップアーティストの「その人」は、持ち前の「集中力」で、あれよあれよという間に思い通りの色を選び出していった。
「この10本は、どうかしら?」と、手渡された色を見たら、まったく同じ口紅が2本入ってる。
あれっ? 1本ずつしかないはずなのに…よくよく調べてみると、なんと製品撮影に使うはずのものが1本だけ紛れ込んでいた。
いけない、いけない、私の初歩的なミスだ。ごめんなさい、ほかのものに替えていただけますか? 恐縮しつつも、一方で、脳は思いきり興奮していた。
気が遠くなりそうな膨大な数の中から、そして、微妙なニュアンス違いの色味がそろっている中から、同じ色を見つけ出すなんて。しかもわずか数分で。この人って、やっぱりただ者じゃない。藤原美智子さん、その人である。
藤原さんの天才ぶりを語るにふさわしいこのエピソードを、先日久しぶりにお目にかかったご本人に伝えてみた。すると藤原さんは、私の「記憶力」を心底褒めてくださり、「私なんて、3歩歩くと忘れちゃうのに。まるで犬みたいよ」と自嘲する。そして、冗談めかしてこう続けた。
「最近、自分の短所は自分の長所で補おうと決めたの。私の場合は、ね。どんなに努力しても『記憶力』はあまりよくならないから、その代わりに、得意の『集中力』で補おうって」
目から鱗が落ちる思いがした。そうか。短所をなんとかしようと躍起になったり、どうせ私はと卑下したりするのでなく、認めたうえで長所に目を向け、プラスに持っていけばいい。そのほうが、断然心地いいし、効率的で生産的。発想を変えるという知恵は、穏やかな自信と健やかな謙虚さを生み、人生すべてを好転させる。これこそが大人ならではの魅力、「成熟」なのじゃないか、そう思ったのだ。
誰よりもプロフェッショナル。見た目の美しさもパーフェクト。それなのに、どこか人間くさくて、茶目っ気たっぷり…藤原さんの「人たらし」たる所以がわかった気がした。軸は「他人にどう見えるか」じゃなくて「自分がどうありたいか」。それがぶれないから、あるものに執着しない、ないものを渇望しない。そのうえで、時代とも年齢とも、うまく「呼吸」しているから、考え方や生き方から、ファッションやメイクまで、つねにしなやかで軽やかなのだ。
出会いから何年がたとうとも、いつも新鮮で、会うたび同性の私がどきどきワクワクさせられるのは、きっとそのため。「今まで」もそうだったように、この人が日本の大人の女性たちを進化させ、「これから」を変える…そう予感させられたのである。
年齢を重ねるほどに、生きるのが楽になる。年上の「いい女」たちは必ず、私に言った。藤原さんも、そう。でも、実際の自分はまわりと比べたり、過去の自分と比べたり。「もっと素敵になりたい」と思えば思うほど、肩のあたりにずっしりと何かが重くのしかかり、心も体もこり固まるのを感じている。
できないこと、かなわないこと、手に入らないもの、失われるものを嘆くのは、もうやめよう。今の私に何ができるのか、何をしたいのか、もう一度自問して、発想を変えること。成熟こそが、大人の美しさと信じて。
撮影/江原隆司