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東京のモスクで、 1日トルコ旅行体験をする

吉田さらさ

吉田さらさ

寺と神社の旅研究家。

女性誌の編集者を経て、寺社専門の文筆業を始める。各種講座の講師、寺社旅の案内人なども務めている。著書に「京都仏像を巡る旅」、「お江戸寺町散歩」(いずれも集英社be文庫)、「奈良、寺あそび 仏像ばなし」(岳陽舎)、「近江若狭の仏像」(JTBパブリッシング)など。

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こんにちは。寺社部長の?田さらさです。

いつもは仏教の施設である寺と神道の施設である神社を主にご案内していますが、今回は、ちょっと視点を変えて、イスラーム教の施設、モスクに行ってみます。ここは、東京の渋谷区代々木上原駅近くにある東京ジャーミイ。東京にお住まいの方の中には、車で前を通った際に「あの不思議な塔は何?」と驚いた経験のある方もいると思います。

こちらは、伝統的なオスマン・トルコ様式で建てられた、日本国内で最大のイスラーム教の礼拝所です。ジャーミイとは、金曜礼拝が行われる大きなモスクという意味です。人が集まり、礼拝が行われる場所で、仏教のお寺と同じ役割を持っていますが、お寺は、僧侶が修行をする場を兼ねる場合もあるため、山の上など人里離れた場所に建てられることが比較的多いのに対し(※これに関しては、国や宗派、その時々の社会的状況などでいろいろ変化しますので、一概には言えません)、ジャーミイは街の中心部に建てられます。それは、ジャーミイが、より密接に人々の生活にかかわる存在だからです。礼拝は1日5回行われますが、それ以外の時間も門戸は開いており、誰でも自由に出入りできます。冠婚葬祭も行われ、市場もあれば無料で食べ物を提供する場もあり、心身の支えを求める人の避難所にもなる、さまざまな集まりが行われる公民館のようなものでもある、それがジャーミイです。

こちらのジャーミイもそうした性質を備えており、イスラーム教徒でない人も見学したり、内部で行われるイベントや講座に参加したりできます。一見敷居が高そうですが、建物の外壁に「見学はご自由です」という大きな垂れ幕もありますので、気軽に訪問してみましょう。基本的に、10時から18時までならいつでも見学が可能で、土曜日、日曜日、祝日の14時半から日本語ガイドによる館内ツアーもあります。いずれも無料で、予約は不要です。ただし、金曜日は集団礼拝があるため、一般の人の見学は14時以降となります。

今回は、ガイドの方の案内による館内ツアーに参加してみます。

館内に入る前に、外側の見どころもチェックしておきましょう。

入り口の扉に幾何学文様があります。こうした文様はジャーミイ内部でも随所で見られます。このような複雑な幾何学文様は数学の知識がなくては描けません。イスラームの人々、古くから、進んだ数学の知識を持っていたのです。

扉の隣には蛇口と水道があります。これはチェシメという人間や動物のための水飲み場です。昔は、馬やロバに乗って礼拝に来る人がいたため、とても大切な要素だったのでしょう。

外壁の上部には、4か所に、鳥の巣箱のようなものが見えます。これは、鳥の宮殿と呼ばれ、空を飛んでいる鳥に、「おお、あそこに巣箱があるぞ。ちょっと休んで行こう」と思ってもらうためのものです。ジャーミイは、人間だけでなく、動物や鳥など、神が創ったすべての命のための避難所となります。

見上げるように高い塔はミナレットと言い、これから礼拝を行いますよという呼びかけ(アザーン)を行うためのものです。イスラーム教徒の多い国に行くと、夜明け前から、このアザーンが聞こえてくることがあります。また、この塔は、街のどこにいても、ジャーミイがどこにあるかがわかる目印の役割もします。

 

 

さて、中に入りましょう。

玄関ホールはとても美しく、あちこちに、トルコ・イスラームの芸術品が飾られています。すべて、本国から運ばれてきたもので、まるで日本でないような空間になっています。

こちらは伝統的なトルコ民家の応接間を再現したゲストルームです。誰でも利用でき、どれだけ座っていても、布教されたりすることはありません。イスラーム教には、人に信仰を強制してはならないという掟があるためです。

トルコ紅茶とデーツ(なつめやしの実)のサービスもあります。

ムハンマド(モハメットともいう)が最初に建てた礼拝所にデーツの実がたくさん置いてあり、誰でも自由に食べることができたという故事に基づくものです。先にも書いたように、無料で提供される食物があるのもジャーミイの特徴のひとつです。

ブックショップもあり、イスラーム教やトルコ関係を中心とした本がたくさん並んでいます。

 

案内は、広報の下山茂さんがしてくださいます。

礼拝堂見学の前に、まずは、イスラーム教とは、どんなものなかを知る必要があります。

日本人がイスラーム教について知ったのは明治以降ですが、当時ヨーロッパ経由で伝わった情報が、キリスト教徒の目から見たものであったため、本来のイスラーム教の姿とは少し違ったものになっていました。その傾向は今も続いているため、現在でも、野蛮であまり文化的ではない宗教のように思う人もいるでしょうが、それは間違いであると、下山さんはおっしゃいます。

たとえば、わたしたちはこの数字を日常的に使っていますが、これは「アラビア数字」と言って、イスラームの文化の中から生まれたものです。イスラーム教徒の商人たちはラクダに乗って砂漠を移動することが多かったため、自分が今いる位置や時刻、方角などを知るために、月や星の動きを正確に知る必要があり、そのため、天文学や数学が発達したのです。この例からもわかるように、イスラーム教はたいへん進んだ文化を持っていました。

こちらは、現在、世界中に広がっているイスラーム文化を起源とする物や技術を示すパネルです。コーヒーやカメラ(写真の原理)など、わたしたちの生活に欠かせないものがたくさんあります。

1年に1度行われる大巡礼のときにメッカに集まった無数の人々の写真です。1983年ごろに下山さんご自身が撮影されたものです。イスラーム教徒は、現在も増え続けています。これだけたくさんの人を動かす宗教なのだから、もっと関心を持ち、正しい情報を知って欲しいと、下山さんはおっしゃいます。

こちらはトルコで焼かれた美しい陶器です。

原種のチューリップとカーネーションが描かれています。これらの花は、もともとトルコの原産で、ヨーロッパを経由して日本にも伝わったものです。チューリップは、一本の茎にひとつの花しか咲かないため、一神教であるイスラーム教を象徴する花となっています。そのため、ジャーミイのあちこちに、チューリップをモティーフとした植物文様があります。

植物文様の装飾タイルを貼った壁の前に、日本とトルコの国旗があります。トルコの国旗には月と星が描かれていますが、これは、砂漠を旅する商人にとって、月や星がもっとも大切なものであったことを表します。こうした装飾タイルは、色が美しく半永久的にあせないということもあり、イスラーム圏の建物で多用されます。

 

 

次に、この東京ジャーミイ自体の歴史をお話ししていただきます。この写真は、最初にここに建てられた初代の礼拝堂です。1917年にロシア革命がおき、ロシア国内にいたイスラーム教徒たちは、迫害を逃れるために、他国に亡命せざるを得なくなりました。カザン州というところにいたトルコ系民族のタタール人たちは、はるばる日本にもやってきて暮らしはじめ、1938年、この場所に礼拝堂(東京回教礼拝堂)を建設しました。長崎県に数多くあるカトリック教会と同じく、宮大工さんが建てた建物で、ミナレットの部分以外は木造だったそうです。1986年、老朽化のために取り壊され、2000年に現在の東京ジャーミイが開館しました。

礼拝堂は階段を上って2階にあります。2階のテラスから見上げるミナレットもきれいです。

女性の方は、礼拝堂に入る際、髪の毛を何かで覆う必要があります。貸し出しもしてくれますが、手持ちのスカーフやストール、頭を覆う形の帽子でも大丈夫です。

 

おりしも、遅い午後の礼拝(3時ごろ)が行われていました。礼拝中は私語を慎み、写真撮影も禁止です。

イスラーム教には、仏教の僧侶やキリスト教の神父に当たるような専任の聖職者はおらず、イマームと呼ばれる人(コミュニティの中の年長者やクルアーン※をよく知っている人など)が祈りを先導します。礼拝は1日5回行われますが、これは、心の食事のようなもので、すべての人が必ず1日5回礼拝に立たねばなりません。

※イスラーム教の聖典、コーランとも呼ばれる

礼拝が終われば、自由に写真を撮れます。あまりにも美しい堂内の装飾に息を飲みます。イスラーム教では偶像崇拝をしないため、人間や動物の絵を描くことも禁じられています。その結果、装飾美術が発達しました。幾何学文様、植物文様、文字装飾(カリグラフィ)、ステンドグラスなど、すべてこの礼拝堂内で見られます。

こちらは礼拝でなく、見学ツアーに訪れた人々です。7~80人くらいでしょうか。比較的若い世代の人が多く、テロのニュースなどによる偏見とはまた別に、イスラーム教に対する関心が高まっていることを実感します。

中央にあるくぼみはミフラーブ。こちらがメッカであるという方向を示します。イスラーム教では偶像崇拝をしないため、仏教における仏像のようなものがありません。そのため、聖地がある方角を向いてお祈りします。

こちらは説教壇。金曜日の集団礼拝の日にイマームが立って説教をする場所です。

クルアーンの内容を長時間にわたって講義する時などに座るための台です。横と正面に幾何学文様の装飾があり、図形は完全に対照になっています。数学的知識がなければ、このような精密な形は描けません。

美しいドームの下にあるシャンデリア。真下から見ると、このように雪の結晶型になっています。

後部には2階のバルコニーのようなところがあります。礼拝の際、女性はここでお祈りします。イスラーム教では男女の区別が厳密ですが、これは女性蔑視のためではないと下山さんはおっしゃいます。神の前に立つ礼拝の時に、異性が隣にいては落ち着かないので、お互いに離れていた方がお祈りしやすいという意味があるとのことです。

壁や柱など、あちこちに、このようなカリグラフィも見られます。これはアラビア語で書かれた文章を装飾化したもので、クルアーンなどに書かれている神のメッセージやムハンマドの言葉です。

こちらは2階の中央にある大きなカリグラフィ。上部にイスラーム教を象徴する花、チューリップが見えます。

 

 

礼拝堂の見学を終え、1階に戻ります。玄関ホールの奥に、ハラルマーケットと呼ばれる、主にハラルフードを売る店があります。これは、人々が集まる場所には市場も必要というジャーミイの特徴のひとつを表しています。イスラーム教では、食べてよいものと食べてはいけないものが厳密に分けられており、「ハラル」とは、神から食べてよいとされているものという意味です。

 

イスラーム教徒は、豚肉や豚肉に由来するもの、アルコール、定められた方法(血抜きをするなど)で屠殺されていない肉などを食べることを禁じられているので、日本に住んでいるイスラーム教徒のために、ハラルフードを売る店があるのはとても大切なことです。こちらのお店はなかなか品ぞろえがよく、珍しい輸入食材が手に入るため、一般の人も買い物にやってきます。

店員のアヌアルさん、28歳。2015年から日本在住で、日本語も流暢に話せます。お勧め商品はゴマペーストとぶどうジャム。混ぜてパンに塗って食べるとヘルシーでおいしいとのこと。

お肉も新鮮でおいしく、お手頃価格なので、ムスリムだけでなく、日本人もたくさん買いに来ますよと、アヌアルさん。

他では買えないざくろジュースもお勧めです。

 

美しい礼拝堂を見学し、イスラーム教について勉強させていただき、お買い物も楽しみ。まるでどこか遠くに旅行に来たような充実した1日となりました。海外に行けない今、こんな時こそ、自分が住んでいる街の気になるスポットを訪ねてみると、新しい発見があると思います。

 

見学などに関する詳しい情報は、こちらの東京ジャーミィの公式サイトをごらんください。https://tokyocamii.org/ja/

 

 

吉田さらさ 公式サイト

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