先日、ファイザーとエーザイが共催した「痛み」に関するプレスセミナーに参加し、とても興味深いお話を伺ってきました。
社会心理学からみる日本人特有の「我慢は美徳」
最初に登壇したのは、新潟青陵大学大学院 臨床心理学研究科の碓井真史先生。
社会心理学とは、社会環境などに影響される個人の心理や行動を科学的に捉えた、いわば私たちの暮らしの中の心理学。その観点から、私たち日本人の「我慢」の実態についての分析がありました。
「職場では、日本人は仕事を休みづらい環境にあります。有給休暇の取得率は世界と比べても圧倒的に低く、“体調が今ひとつでも仕事だけは行く”のが日本人。定時に帰るときに、他の社員に謝るのも私たちです」。まさにその通り!と、頷いている人も多いのでは?
スポーツの世界でも、勝って嬉しいはずなのに対戦相手に配慮して喜びを表現できないでいたり、怪我などに耐えて無理をしてまで頑張ったことが美談とされたり。「現代の子どもは我慢が足りないなどと言われていますが、小学生でも“お母さんに心配をかけたくないから”と相談や報告ができないでいる現状があります」
そんな私たちの「我慢」は、遺伝や育った環境的要因、社会的役割による行動意識から身に付けられてきた、と碓井先生。さらに、国の文化的側面の影響も大きく、個人の感情表現によって和を乱してはいけない、まわりに迷惑を掛けてはいけないという価値観から「我慢は美徳」が根付いてきたと言います。
そして「我慢は美徳」の文化は、痛みや不快感などの感情表現を抑えてしまうことにつながっているとも。病院で診てもらったときに、医師に対して不必要に気を遣ってしまった経験はありませんか? 本当は痛いのに、「医者にとっては大したことはないレベル」「面倒な患者と思われたくない」「弱音を吐くのは恥ずかしい」などの思いから上手く伝えられない人も多いそう。
「医師とのコミュニケーションが取れないままでいては、“わかってくれない”と医師への不信感にもつながり、適切な治療の妨げにもなってしまいます。我慢が悪影響を及ぼすこともありますから、その時々にふさわしい感情表現をすること。我慢し続けることは避け、小出しに発散するのが良いのです」
次のページで、もう1人の教授のお話をご紹介します。
慢性的な痛みの実態と、その問題点
次にお話をしてくださったのは、慶應義塾大学 整形外科の中村雅也先生です。
4人に1人が65歳以上という、超高齢化社会を迎えた日本。「それだけに、運動器疾患の予防と治療がとても重要です」と中村先生。上の表を見ると男性の平均寿命は79.55歳で女性は86.3歳。健康寿命(日常生活に制限のない期間)は男性70.42歳、女性73.62歳となっています。つまり、男性は9.13年、女性は12.68年も“要支援・要介護”の期間があるわけです。
高齢になって動けなくなる原因は「麻痺」と「痛み」。上の表のように肩こり、腰痛、関節痛などの痛みは多くの人が抱えている問題で自覚症状もあります。しかし、「実態がわからない」「致死的ではない」「各科にまたがる領域」などの理由から、個別の行政施策があまり行われていない領域でもある、と中村先生。
そこで、中村先生は慢性疼痛に関する疫学的エビデンスを収集、整理するために、約12,000人を対象にした調査研究を2011年から行っているのだそう。その結果からも、痛みを放置している人が多いという事実が浮き彫りに。また、治療を受けたけれども効果に満足できなかったなどの理由で、治療を中断したり、治療機関を替えるというドクターショッピング状態に陥っている人も少なくないことがわかったそうです。
「治療する側の医師としても、痛みという見えないものを相手にしている難しさがあります。しかし、痛みを感じている本人が“たかが腰痛”などと甘く考えないでいただきたいのです」
治療が必要かどうかは自己判断するのではなく、まずは診断を、と中村先生。これがとても重要で、将来のQOLにも大きく影響すると言います。治療すれば良くなるのに、ADL(日常生活動作)が落ちるほどまで放置していたら、“要介護”につながってしまうこともあるのです。
まずは「痛み」を我慢しない。お医者さんにかかったら、遠慮をせずに「痛み」をちゃんと伝えて理解してもらうこと。そんな心がけが、健康寿命を延ばすために大切なことだと言えそうです。