私のところへ相談に来られた58歳パート主婦のM美さん。
相談内容は
★退職金で住宅ローンを返済しようと思っていたところ、友達が退職金で住宅ローンを繰り上げ返済してはダメって、テレビ番組でやっていたと言う
↓
★本当のところ、どうなのか?退職金でローンの一括返済って、まずいのか? でも毎月のローンの利息を考えると……
というものでした。
確かにM美さんご夫婦のように毎月のローンの利息と貯金をしてもたいしてつかない金利を天秤にかけ、退職金でローンを片づけてしまおう、というご家庭は多いんです。
それに対する私の答えはこうです。
退職金で一括返済しない方がよい場合が多い
もちろん退職金を住宅ローンの繰り上げ返済に回してもよいかどうかは、それぞれの家庭の状況によります。
今までの貯蓄状況や老後のお金の考え方、日常的なやりくりの仕方などを見てみないと最終判断はできません。
が、たくさんの方の老後のお金の相談を伺い、いろいろな事例を目の当たりにしてきた結果、
退職金で住宅ローンの一括返済をすると、別のリスクを負う可能性が出てくる
ことをご相談者にはお伝えしています。
なぜかというと手元にある現金(貯金)こそ、老後の一番の保険だからなのです。
Aさんの事例をお話します。
退職金で住宅ローンの残債を一括返済したAさん。
アルバイトをして生活費の補てんをしつつ、趣味の釣りも楽しむつもりでした。
ところがローンの残債を返済して間もなく、ガンに罹っていることが判明。
運の悪いことにやっかいなタイプのガンでした。
手術代、入院費。
長期にかかる治療費、薬代。
病院まで通う交通費。
高度な治療を望めば、さらにお金が必要となります。
ガン保険だけでカバーするのは無理があります。
そんなとき、必要なのは手元資金(貯金)なのです。
けれど退職金でローンを返済してしまったため、Aさんの手元資金は大きく減っていました。
でも、夫に治って欲しいと願うAさんの妻は高度な(高額な)治療をあきらめるなんてできませんでした。
その結果、自宅を売ったのです。
今この瞬間は元気でも1年後、いえもしかしたら数か月後も同じように元気だという保証はありません。
病気になったとき一番便りになるのは現金なのです。
もし亡くなってしまった場合、住宅ローンの残債は貸主と結んだ生命保険で全額返されます。
(ローンを借りるとき保険に加入させられましたよね?)
だから私は
「退職金で住宅ローンの一括繰り上げ返済はした方がいいでしょうか」と聞かれたら
「おすすめしません」
とまずお答えするのです。
繰り返しになりますが
退職金を住宅ローンの繰り上げ返済に回してもよいかどうかは、それぞれの家庭の状況によります。
残債額、貯蓄状況、日常的なやりくりの仕方などを見てみないと判断はできません。
話をM美さんに戻します。
★M美さんの家計診断は次ページに続きます!
M美さんの家族は、夫61歳。
子供はふたり。
結婚してこの前第一子が生まれたばかりの会社員の長男と、大学生3年生の次男。
夫は新卒で就職した建設会社(中堅クラス)に定年まで勤め、支給された退職金は1900万円。
今は再雇用で元いた会社の関連会社で働いています。
夫の手取り月収は30万円(今も単身赴任中)。
自宅は埼玉県のマンション。
住宅ローンは、あとまだ約500万円残っています。
貯金は現在1900万円。
退職金をもらう前の貯蓄が400万円でしたから、退職金1900万円が支給されたときは2300万円があったはずです。
となると、、、、、退職から丸2年で400万円、減っています。
退職記念のハワイ旅行に100万円、自宅のリフォームに100万円を使ったそうなので、合わせて200万円。
では残りの200万円は、一体何に使ったのか?
その使途内容が「老後貧乏」になるかどうかのポイントになります。
「さぁ……記憶にないです。何だろう」と答えるM美さん。
これこれ、コレです!
退職貧乏へとつながる落とし穴は。
「退職後の生活費の補てんのため取り崩した」という落とし穴です。
これといった贅沢もせず、何となく日々の暮らしを送っているだけのはず。
なのに、予想以上に貯金が減っている……。
定年退職後も65歳まで再雇用で働いたとしても、そのお給料は、退職前から比べると大幅減。
その落差にやりくりが追い付いていかないので、家計は毎月赤字。
その為、貯蓄を取り崩し始めるご家庭が多いのです。
その毎月の補てん額が思いのほか大きいのですが、日ごろから毎月の生活費の赤字をボーナスで埋めたりするのに慣れていると、貯金の取り崩しに抵抗感がないのです。
さらに退職金が出たことで「退職金もあることだし」と、なぜか大らかに受け止めちゃえるのです。
毎月、大赤字であることに切迫感がないのです。
M美さんのご家庭もその落とし穴にはまっていました。
M美さんの夫は、ずっと単身赴任で日本のあちこちの大規模工事現場で働いてきました。
退職前の年収は約900万円。
ボーナスは150万円前後で、月給の手取り額は約48万円でした。
退職後、再雇用されたもの月給の手取り額は約30万円になりました。
現在はもはやボーナスはもらえませんから、手取り年収は360万円。
M美さんの場合、月の手取り給料が48万円から30万円に減ったという落差と、もはやボーナスで補てんはできないという状況での家計のやりくりができていなかったのです。
M美さんに確認したところ、退職後の月々の赤字は最初の頃は15万円くらい(!)だったそうですが、今はやっと5~8万円内で収まりつつあるとのことでした。
M美さんのパートで得たお金(月4~6万円)を生活費に回しても足りないので、毎月赤字を貯金から補てんしていたとのこと。
なのでM美さん自身は赤字であることは自覚していましたが、すでに200万円も貯金を取り崩していた事実に驚いていました。
「貯金を取り崩していても、今まで何とかなってきたんだから、これからも何とかなるって思ってたんですけどねぇ」
とつぶやくM美さん。
今まで何とかなってきたんだから、これからも何とかなる(はず)
……
ところが何とかならなくなってくるのが、老後です。
いったん緩んだ財布のひもは、なかなか締まりません。
50歳になったら、50代後半から60歳以降の収入を想定し生活費を引き締めてみましょう。
50歳ってキラキラ老後を過ごすためには、本当に大事な歳なんです。
月々5万円の赤字を続けていけば、夫が65歳になるまでの3年間で180万円をさらに取り崩すことになります。
となると退職後の5年間で、合計580万円が預金口座から減ってしまっているでしょう。
★しかもこのままいくと20年後には……!! 気になる続きは次ページに
とはいえここだけの話、M美さんには言えませんが、M美さんのご家庭は、まだましな方なのです。
60歳で退職してから年金支給の始まる65歳までの5年間で旅行と毎月の生活費の補てんで960万円使ってしまった、というご家庭の相談も受けたことがあります。
私の受けた相談の中では、この方が一等賞(?)でした。
さて、再びM美さんに話を戻しましょう。
M美さんの夫が65歳を迎えるまでの取り崩しについて、先ほどの予想を加味して計算してみると、
65歳になったときの貯蓄残高は
1900万円+400万円-400万円-180万円=1720万円
となります。
これだけで取り崩しが終われば良いのですが、年金生活に突入した後も取り崩しは続くでしょう。
M美さんご夫妻が二人とも年金をもらえるようになる6年後、もらう年金の合計額は毎月約21万円。
今の再雇用のお給料よりも少なくなります。
1か月21万円で生活ができないとなると、さらに取り崩す金額は増えていくことに・・・。
簡易計算をしてみましょう。
6年後から夫婦が年金生活に入り、収入は年金のみで月21万円。
月々の支出(社会保険料も含めて)を26万円に抑えたとしても、毎月5万円の赤字。
6年後の年金支給開始時の貯蓄残高が、仮に1200万円だとし、毎月5万円の赤字を続けていった場合
20年間で貯金は尽きます。
そのとき夫87歳、妻84歳です。
毎月必要な金額としたこの26万円の内訳は、生活費だけです。
レジャーをたのしんだり、孫に渡す小遣いや進学のお祝いなどの分は含まれていません。
その分を加味すれば、もっと早く貯金は尽きます。
M美さんにこれらを説明したところ、しばらく考え込んでしまいました。
実はM美さんは、今後の生活について次のようなことを考えていました。
次男もあと1年半で大学卒業だし、これからはいままで我慢して切り詰めてきた分、趣味のフラダンスをもっと楽しみたいし自分の還暦祝いにはお友達から見せてもらった素敵なジュエリーも買いたい……。
一方夫は夫で車を買いたいのだとか。
「長男に子供ができたでしょ、息子一家と私たち夫婦で休みの日にあちこち出かけるのが夢らしくて、大勢乗ってもゆったりできるバンを買いたい、バーベキューの道具なんかも積めるし・・・とか言うの」。
と、この希望にM美さんもまんざらでもない様子。
車は維持費がかかるものの、確かに孫はかわいいし夫の夢もかなえてあげたい。
二人で遠出して温泉旅行もいいかもしれない。
そう考えると車の購入はありだなぁと、そう思っていたのです。
私のところに相談に来るまでは・・・。
私のところに相談に来るまでは…。
私のところに…。
来るまでは…。
私はこう提案しました。
①まず、ご夫妻で残りの大切なお金の使い道を話し合う
②夢の一部でも実現させるため家計の見直しをし、毎月の貯金の取り崩し額を減らす
③毎月の支出総額を21万円(65歳以降の夫婦の収入額)に近づける努力を今からする
④夫妻で65歳以降も働くことを検討する(だとするとどんな仕事があるのか?真剣に考え始める)
実際に65歳から夫婦でそれぞれアルバイトなどをして月に2~3万円を稼げば赤字はなくなりますので、65歳以降も働くことが大事になってくるんです。
ということもふまえて、まず上の①~④を行ってから住宅ローンの返済は考えましょう。
繰り上げ返済せず働きながらローンを返済することは、案外ご夫妻が働き続けるモチベーションにもつながるかもしれません。
M美さんご自身への〝60歳のご褒美〟は、今やっているパートの時間を増やすなど新たに収入が増える方策をとり、その増えた分を積み立てて、60歳になったときそれを自分の好きなように使う……。
というのもひとつの方法です。
(例えば週に3時間増やすとすると月に12時間。
年間で144時間。
60歳まで2年間あるので計288時間。
M美さんの時給は980円なので282,240円貯められる!という計算になります)
夫には、定年退職という節目と「お疲れ様」という周囲からの声はあるのに、妻には60歳になったとき家事や子育てを頑張ってきたことに対する評価もお礼の言葉もない。
だったら自分で自分にご褒美をあげるわ、というM美さんの気持ち、よくわかります。
でも退職金はご褒美なんかじゃなく、年金では足りない老後の生活費の補てんなのです。
計画をしっかり練らないと、あっという間に底を尽きます。
本来は40代からしっかりとした「老後マネー計画」を立てて夢を現実的な範囲内で膨らませ、実際に退職金の額が視野に入ってきたら夫婦で「退職金の使い道作戦会議」を開くようにするのが理想です。
(「ご褒美プラン大作戦」にならないよう注意してくださいね)
最後に、OurAge読者のみなさんにぜひお伝えしたいことを3つ。
一つ、 40代から老後について考え始めよう
二つ、 50歳になったら、50代後半から60歳以降の収入を想定し生活費を引き締めること
三つ、 老後の夢を叶えるために、65歳以降も働き続けることを想定し計画を立てる
さぁ、キラキラ老後を自分自身で叶えていきましょう!
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