いつもは目の前の“やるべきこと”に追われているけれど、年が改まるこの時期は、もっと長いスパンで時代について、人生について考えてみたくなる……
そんな気分の方にオススメしたい本が、中島京子さんの『かたづの!』。
江戸時代に実在した唯一の女大名に着想を得た中島さんが、豊かな想像力と女性ならではの視点で描いた歴史小説です。
時は慶長五年(1600年)。八戸南部氏20代当主の妻・祢々は、角を一本しか持たない羚羊(かもしか)と出会います。
彼女はそのとき15歳。一目で惹かれあったふたり(ひとりと一匹?)は友情を育み、絆を深めることに。その関係は、羚羊が亡くなったあとも続きます。
なぜなら、羚羊が遺した一本角=片角(かたづの)に、意思が宿っていたから。
しかも片角いわく「なぜだか人様の噂話が、取捨選択の余地なく私の耳に――というか角にというか――、届くようになってしまった」から。
とはいえ、片角にそんな特殊能力が備わっているとは、祢々はみじんも知りません。
彼女はときおり片角に自分の胸の内を語りかけるだけ。
また、片角が人間に憑りついて噂話を伝えるのも、「ここぞ」というときだけです。
こんなふうに書くと、ファンタジックな物語と思われるかもしれません。
もちろんそういう面もありますが、祢々が聡明な夫と過ごした幸福な時期は29歳まで。その後の彼女の人生には、次々に試練が訪れます。
最初の悲劇は、夫と長男が相次いで亡くなったことでした。背後には、祢々の叔父で南部宗家の当主・利直の謀略の疑いが。
八戸は海の幸にも山の幸にも恵まれていたため、利直はその地を奪おうとしたのだと、誰もが思ったのです。
突然未亡人になった祢々は、八戸を守るために「女亭主として家督を継がせてほしい」と利直に直訴。
とりあえず主張が認められ、祢々は八戸南部氏の当主になりますが、それは困難の始まりに過ぎませんでした。
とにかくこの利直という男が、しつこく八戸の土地を狙うのです。
まずは自分の近臣を祢々の婿養子にして、意のままにしようとしますが、片角が持ち前の特殊能力で噂をキャッチ。祢々は直前に出家して、難を逃れます。
その後も祢々の娘たち――福姫と愛姫に“自分にとって都合のいい縁談”を持ってくるという図々しさ!
それでも何とか八戸は守られていましたが、ついには利直から当時無法地帯のようになっていた遠野への国替えを命じられ……。
そんな状況になっても、祢々(この頃は清心尼)は若い頃からのポリシーを変えませんでした。
それは「戦をやらない」ということ。
平和な時代ならともかく戦乱の世に、ですよ! 男たちが領地の争奪戦に血眼になっていた時代に、ですよ!
いくら清心尼が「(戦わずに)遠野へ移るのです」と力説しても、家臣たちから猛反発を受けたのは当然のこと。
そこで彼女がとった行動というか、とらされた行動には仰天! 中島さんのユニークな発想に感服すると同時に、「これぞ小説の楽しさ」と胸が躍りました。
この物語に一貫して流れているのは、「生死をかけた戦いで争いごとを解決するのではなく、たとえ時間はかかっても知恵で解決しよう」という考え方です。
これには私も大賛成!
だって「人が死ぬのはイヤ。大切な人を亡くしたくない」という気持ち以上の本音って、私にはないと思えるから。それはいつの時代も変わらない、真実だと思えるから。
「武士たちの大義名分や“何でもいいから思う存分叩きたい”欲望なんて二の次でしょ!」と力説したくなるこの気持ち、特に女性にはわかっていただけるのではないでしょうか。
またこの物語で活躍する動物は、羚羊だけではありません。ぺりかんや河童(これは動物じゃない?)なども愛嬌や個性を発揮して、女大名の厳しくも充実した人生にいろどりを与えています。
私が特に好きだったのは、存在感たっぷりのぺりかん。彼はあるところから抜け出して、ぺったらぺったらと歩き回っては、片角にいろいろなことをつぶやきます。その言葉には、時空を越えられる怪鳥だからこその意味があるような……。
ひとりの女性の波乱の一代記をドキドキしながら読むもよし。「私が人生で大切にしてきたことって? 次の世代に伝えたいことって?」と考えながら読むもよし。
一風変わった、しかも現代に通じるものがある歴史小説を、ぜひ満喫してみて下さい!