岸圭子写真展『いのちをむすぶ・佐藤初女』@岡山 絶賛開催中!
ほんとうに偉大な存在は、決して人に気づきを強いない。
吉本ばななさん
このことばは、今春刊行された佐藤初女さんの著書『いのちをむすぶ』の帯に吉本ばななさんから寄せられた一文です。初女さんは青森県弘前市の霊峰・岩木山のふもとに建つ小さな家<森のイスキア>で、全国から訪れる悩める人たちを、おいしい手料理でもてなし、傷ついた心に寄り添うことで、人々の再生のきっかけとなってきました。残念ながら去る2月に94歳で逝去され、この本が遺作となりました。
撮影を担当したのは写真家・岸圭子さん。編集担当は集英社学芸編集部の武田和子さん。そして私、ライターいしまるこが構成を担当しました。
私たちが初女さんと初めて会ったのは1995年3月。女性誌『モア』の取材で、森のイスキアを訪問。以来20年、公私にわたり交流を重ねてきました。
その中で、「みなさまのご支援、尊いお心をまとめたいの」と初女さんに依頼され、三人で『いのちの森の台所』を5年がかりで制作。2010年集英社より刊行。その後も、初女さんが懇意にしている支援者の方たちから、「初女先生の次の本はいつ出すの?」とありがたい言葉をたくさんいただきました。
けれども、90歳を超えても、国内はもちろん、海外にまで講演やおむすび講習会に出掛けられ、お休みの日にも来客があり、月に3日も休まれない。そんな過酷な日々を送られている初女さんに、さらなる負担をかけるのは忍びなく…。
また個人的には、初女さんの本は続々と出版されていたので、新しく本をつくることに迷いもあり、何より、初女さんの本をつくることはプレッシャーのかかる重い仕事だったので、なかなか腹をくくることができなかったのでした。
私が宙ぶらりんなままでいる間にも、初女さんは求める人々の声に応えて働き続けていましたが、会うたびに小さくか細くなって、車椅子で出掛けることもままならなくなっていきました。その姿をいたたまれない気持ちで見ていた私は、ある時、「今、一番したいことは何ですか?」という質問を投げかけてみました。すると初女さんは、まっすぐ私の目を見てこう答えたのです。
「もっと働きたいですね」
私は、その答えに打ちのめされました。限界を超えて働き続ける初女さんを「かわいそう」などと思っていた、自分の浅はかさ、傲慢さに恥じ入りました。
いのちを賭して人のために生きる初女さんの姿を、その祈りを伝えなくては。
それは20年来おつきあいをさせていただいた、私たちの使命だと思いました。
初女さんはひとこと、「何よりの喜びです」とおっしゃってくれました。
2015年夏。私たちは、これまで取材してきた膨大なインタビューからことばを拾い、撮りためていた膨大な写真をセレクトし、新たに取材・撮影を進めました。議論を重ね、ときにぶつかりながらも、同年秋には構成がほぼ固まりました。
ブックデザインは、『ku:nel』『つるとはな』でもお馴染みのアリヤマデザインストアの有山達也さんと岩渕恵子さん。有山さんのご指名でプリンティングディレクターに「印刷の神さま」と称される千布宗治さんを迎え、百戦錬磨の凸版印刷の営業・稲葉茂さんも加わり、最強のプロフェッショナルが集結。デザインの力、プリンティングの力で感涙の仕上がりに。この本にいのちを吹き込んでいただきました。
2015年12月、初校を持って弘前のご自宅へ。初女さんは寝床の横に置いた座椅子にきちんと腰掛け、1ページ1ページ丁寧に眺めながら「よく働いてきたわねぇ」としみじみ。続けて「来年からは原点に戻ってイスキアの活動を再スタートしますよ」ときっぱりと宣言。
その目は力強く希望に満ちていて、私たちはうれしい気持ちでいっぱいになり、お花見の約束までしてお別れしたのですが、それが初女さんとお会いした最期の1日となりました。
私はなんにも心配していないの。
今を生きているから。
心配する人は必ずといっていいほど先のことばかり考えますが、
先の見えない未来のことにあれこれ心を惑わしても
不安が募るばかりです。
今ほど確実なものはありません。
今に感謝していると、とても自由な気持ちになり
一歩一歩確実に進んでいけるように思います。
(『いのちをむすぶ』〝今を生きる〟より)
『いのちをむすぶ』は3月4日に刊行。奇しくも、私たちが初めて森のイスキアを訪れた同じ日付けなのでした。
『いのちをむすぶ』では、泣く泣く落とした写真が数多くありました。
「未収録作品も含めて、初女さんの写真展を全国で開催できるといいね」と、編集作業をしながら三人で話していたのですが、なかなか準備に手が回らず、慌てて動き出した時には会場候補は軒並み埋まり、刊行記念の写真展さえもあやぶまれるという状態に。そんな時、なんと東京表参道の青山ブックセンター本店でぽっこり空きが出て、写真展を開催することができたのです。
これは初女さんのはからいに違いない! 全国巡回するぞー! おーっ!
と勢い込んだ私たちが次なる開催地に選んだ街、それは岡山でした。
東京からなぜにいきなり岡山??
ハイ、それはいしまるこの生誕の地だからなのでした。といっても、高校卒業以来、たまに帰省してもほとんど誰にも連絡しないという不義理をしてきた私。たったひとり、保育園からの幼なじみで親友のいくちゃんが結婚して岡山市にいることだけが頼りです。「どこかいいスペースない? しかもタダで」という無茶なリクエストをしてみたところ、なーんと「あるよ」とあっさり。
紹介されたのがルネスホールの公文庫カフェギャラリー!
オサレ! 使用料タダ! 後楽園や岡山城にも近い! と想像を超えた素敵物件に「やるやるすぐにやる!」と色めき立ついしまるこ。しかし冷静ないくちゃんは「すぐは無理かも」と釘を刺します。
なぜなら人気ギャラリーで1年先まですぐに埋まってしまうとのこと(そらそうだ)。ところがここでもミラクル。6月にキャンセルが出て、まるっと2週間の空きが出ていたのです。公文庫カフェの安田久美子さんの全面的なバックアップもあり、6月15日〜29日まで、岸圭子写真展『いのちをむすぶ・佐藤初女』開催の運びとなったのでした。
いくちゃんと公文庫の安田さんの口コミ大作戦で、知り合いからそのまた知り合いへとどんどん宣伝してくださり、地元のマスコミからも取材が殺到。NHK岡山放送、RSK山陽放送イブニングニュース、山陽新聞、岡山FM、リビングおかやまのみなさん、丁寧に取材してくださりありがとうございました!
取材対応は岸さんにお任せするつもりでしたが、私が岡山の最果て、かぶとがにと『獄門島』のロケ地で知られる笠岡市出身ということに引きがあり、不肖いしまるこも取材を受けることに。
奇遇にもNHK岡山の看板アナ・塩田慎二さんは、いしまること同じ笠岡出身で高校の後輩! 収録後は超ローカルネタで盛り上がりました。さらに、山陽新聞の記者・鈴木麻美さんもなんと笠岡出身!! もしや時代は今、笠岡?! 笠岡キテル!?
岡山県民のみなさまの多大なるご協力のおかげで、写真展はいい感じに賑わっています。私たちは2日しか在岡できませんでしたが、その間にも、弘前まで初女さんのおむすび講習会に行かれた時の思い出を楽しそうに語る方、ずっと森のイスキアに行きたいと思いながら叶わなかったけれど、写真から初女さんの祈りを感じたと涙ぐむ方、『いのちをむすぶ』を胸に抱いて初女さんの写真の前にじっと佇む方——。来場者おひとりおひとりに、初女さんの祈りが通じていることを実感しました。
公文庫カフェギャラリーの展示は6月29日(最終日の展示は17時まで)で終わってしまいますが、7月1日〜7月29日まで、岡山の人気ナチュラルフードカフェ『ichi-café』で引き続き写真展を行います。公文庫とは展示内容も一部替えて点数も増やしますよ。
現在、オーナーの戸田雅子さんが、初女さんのレシピを参考にした写真展期間限定メニュー「初女さんのごはん」を試作中。こちらもお楽しみに!
『いのちをむすぶ』はイチカフェさんでも販売中。ほかにも、岡山の『スロウな本屋』、『451ブックス』、倉敷の『蟲文庫』と小粒ながらセンスのいいセレクトで人気の本屋さんでも取り扱っていただいています。3軒とも個性的で空間も気持ちいいので、ぜひお立ち寄りください。
岸圭子写真展『いのちをむすぶ・佐藤初女』は、この秋、初女さんのふるさと青森県弘前市で開催を予定しています。10月3日の初女さんの誕生日に向けて、みなさんが集えるような会も計画中。来年は大阪、東京での写真展開催を予定しており、さらには、新潟、福岡なども候補地に挙っております。
会期が近づきましたら、またご報告させていただきます。
佐藤初女さんに関する情報は、担当編集の武田さんがフェイスブックで随時発信しています。「佐藤初女『いのちをむすぶ』集英社学芸編集部」で検索してみてくださいね。
学芸編集部のサイトでは、初女さん追悼のリレーエッセイも続いています。
吉本ばななさん、鎌田實さん、田口ランディさん、高山なおみさんなど、初女さんと深く交流があった方々が参加。いしまるこも書いていますよ。
「出会いから出会いへと結ばれて、大きなうねりとなっていくのが見えます」
初女さんのことば通り、この写真展がみなさまの出会いの場となることを願っています。
撮影/岸圭子(初女さん) 文/石丸久美子