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吉野一枝先生の診察室より「婦人科で行う更年期のメンタル不調の治療例」

更年期のメンタル不調にはイライラ、落ち込み、気力の低下、不安感などが重複しています。背景には体調不良や考え方のクセ、介護や家庭内のストレス、職場ストレスなど、さまざまな要因がありますが、婦人科ではどのような治療を行うのでしょうか。

【教えていただいたのは】

吉野一枝
吉野一枝さん
産婦人科医・臨床心理士
公式サイトを見る

よしの女性診療所院長。 一般企業での勤務経験を経て、帝京大学医学部を卒業。更年期世代の心の悩みに寄り添う親身な診察に定評がある。女性の健康啓発に力を入れているほか、LGBTQ当事者に性知識を伝える講演活動も行う。『40歳からの女性のからだと気持ちの不安をなくす本』(永岡書店)など、著書多数。

婦人科での治療の基本はHRT(ホルモン補充療法)+話を聞くこと

 

更年期のメンタル不調の背景はさまざま。ホットフラッシュをはじめとした体の不調に加えて、親の介護、または職場のストレス(パワハラ、セクハラ、モラハラ)、パートナーのモラハラやDV、子どもの心配事、家族との死別、ペットロスなどのつらい経験が重なり、メンタルがガクンと落ちてしまうケースが少なくありません。

 

「イライラする、気持ちが落ち込む、眠れないなど、症状の出方は人それぞれですが、いずれのケースもHRT(ホルモン補充療法)の処方と、患者さんの話を聞くことが治療の基本です」と吉野先生。臨床心理士でもある吉野先生は、患者さんのストレスの原因について耳を傾けることを大切にしています。

 

「『ホルモン剤を使うだけで体が楽になり、よく眠れるようになった』というケースも多いんですよ。これは、女性ホルモンの減少による不快症状がHRTで改善されるからです。不快症状が改善されると気持ちが上向きになるので、まずは2~3カ月にわたってHRTの処方を行います。それでも不眠や不安感などが続く場合は、入眠導入剤や漢方をプラスします。ケースバイケースで、症状に応じて足りないものを補っていく感じですね」(吉野一枝先生)

かかりつけ婦人科医に相談する女性イラスト

 

とはいえ、なかにはHRTや漢方を処方しても効果が表れず、不調を訴え続ける人もいます。メンタル不調をこじらせてしまう人は、背景に介護や職場、家庭内の問題を抱えていて、追い詰められているケースが多いのです。

 

 

症状に応じて、プラスアルファする具体例(よしの女性診療所の場合)

 

◆不眠を訴える人には、HRT+睡眠導入剤+話を聞く

 

眠れないと頭の中でグルグルと考えてしまい、負のスパイラルにはまりやすいので、睡眠導入剤の力を借りて、入眠しやすくします。

 

「睡眠導入剤を処方する際は睡眠の質を保つために、『就寝する30分前に服用して、その後は脳に刺激を与えないように、テレビやスマホを見たり、本を読んだりしないように』とアドバイスしています。『睡眠導入剤を使うのはイヤ』という人には、漢方の加味帰脾湯(かみきひとう)を処方することも」

 

◆ホルモン剤の使用が禁忌の人には、漢方の処方+話を聞く

 

乳がんなどホルモン依存性のがんを経験した人、心筋梗塞や脳梗塞など血栓症の既往歴がある人はホルモン剤の使用が禁忌となるため、漢方を処方します。

 

「婦人科でよく使われる三大漢方の当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)、加味逍遙散(かみしょうようさん)、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)はメンタルにも効果的なので、体質(証)によって使い分けています。また、お腹まわりの冷えに効く温経湯(うんけいとう)、気滞に効果がある女神散(にょしんさん)など、数種類の漢方を体質(証)に応じて組み合わせることもあります」

 

◆パニック障害の人には、HRT+話を聞く+自己暗示法

 

パニック障害は「動悸がして電車に乗るのが怖い」「恐怖を感じて車の運転ができない」「このまま死んでしまうかも」など、パニック発作が起こるのが特徴。問診時に「実は電車に乗るのが怖くて…」という話になって判明します。更年期症状を併せ持っている人たちなので、治療の基本はHRTと話を聞くこと。不眠がある場合は睡眠導入剤をプラスしますが、向精神薬を処方することはありません。吉野先生は、プラスアルファの治療として、自己暗示法を伝授しています。

 

パニック発作に対処する自己暗示法のやり方は?

 

「パニック発作が起こったときには、まずはゆっくりと深呼吸。次に『大丈夫、大丈夫。私はこんなことでは死なない』と心の中で唱えましょう。電車の中でパニック発作が起こったときには次の駅で降りて、ホームの椅子に座ってから『大丈夫、大丈夫』と唱えます。一方、車の運転中にパニック発作が起きたときには、安全確保のために車をいったん路肩に止めてから行うことが大切です」

 

◆グルグルと考えてしまう人は、「書くこと」で自分を客観的に見つめることができる

 

グルグルと考えて負のスパイラルにはまってしまう人、ストレスがたまって寝つけない人、パニック発作が不安な人に対して、吉野先生は「自分の気持ちを書くこと」をすすめています。頭に浮かんだことを考え続けていると、堂々巡りしてしまいがちですが、書いてみると自分の気持ちが整理されて、自分自身を客観的に見つめることができるのです。

 

例えば、「私は苦しんで死ぬに違いない」「誰も私のことをわかってくれない」と書いたとします。でも、数日後には「私ったら、あのときはこんな気分だったんだ」と、客観視できることもあるのです。

嫌なことを書き出す女性イラスト

 

◆不安感が強い人には、HRT+話を聞く+論理療法(書くこと)がおすすめ

 

不安感が強いケースには「論理療法」という心理療法を取り入れることもあります。イヤな気持ちに支配されそうになったとき、「書くこと」によって、自分自身を前向きな方向に軌道修正していくことができるのです。

 

「ノートに書くときは、まずは左ページに今の自分の思いをありのまま書きます。そして、右ページにはそれに対するニュートラルな思いに書き換えていただきます。患者さん自身が『右ページにどう書いたらいいのか、わからない』というときは、次の受診時にノートを持ってきてもらって、カウンセラーやドクターがニュートラルな思考に書き換えるお手伝いをすることもあります」

 

例えば左ページに「私は苦しんで死ぬに違いない」と書かれていたら、右ページには「自分がどういうふうに死ぬかはわからない」「今はできるだけ治療を続けていこうと思う」などと、ニュートラルな気持ちに書き換えるのです。

 

「そして、自分がイヤな気持ちになったときには、右側のニュートラルな部分だけを読んでいただきます。すると、『自分がイヤな気持ちになっているのは、ネガティブな感情に縛られているからだ』と気づくことができるようになっていきます。この作業を数カ月間続けるだけでも、ネガティブな思いがやわらいでいくんです。『書くこと』はとても大切な行為。自分の頭の中の考えを客観視できるようになっていきますよ」

 

イラスト/内藤しなこ 取材・文/大石久恵

 

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