松本千登世/居心地のいい「無重力状態」

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松本千登世

1964年生まれ。美容エディター。客室乗務員、広告代理店勤務、出版社勤務を経てフリーランスに。自らの経験に基づいた審美眼によって語られる、エッセイや美容特集がつねに注目の的。著書に『結局、丁寧な暮らしが美人をつくる。今日も「綺麗」を、ひとつ。』(講談社)などがある

彼女は化粧品会社のPRとして、私は美容担当の編集者として、出会いからもう20年以上。誰より誠実でどこまでもひたむき、すべてに対して一切力を抜くことなく、愛を注ぐ。そんな人柄と仕事ぶりに惚れ込み、尊敬し、信頼し、公私の垣根なく事あるごとに語り合っている友だ。そんな彼女からある日突然届いた「退職を決めました」の便り。30年勤めた会社を辞める決断をしたという。潔いところがいかにも彼女らしいと拍手を送りたい一方で、そこにいたるまでには、人知れず揺れ動いたり、思い悩んだりした時間があったに違いないと、切ない気持ちになったりもして。積み重ねてきた経験も人脈も、何より自信も、唯一無二の宝物。私なりに彼女の背中を押したい…そう強く思ったもの。

 

こうして、50歳を目前に、ネクストステージへと一歩踏み出した彼女は、こんな機会もそうないからと、およそ2週間の「デトックス旅」に出たという。何か、変わった?

 

 

「実は『お腹が空く』っていう感覚を思い出したの。当たり前の感覚が、こんなに心地いいんだってことも」

聞けば、会社員時代は、「時間だから」と食事をとっていた、と彼女。空腹だから、ではなく、時間だから。忙しすぎる毎日を繰り返すうちに、食事さえも仕事のルーティンの一部になり、しだいに本能の「声」が聞こえなくなっていたことに気づかされたのだ、と…。晴れやかに語る彼女に、はっとさせられた。肌が透けるように明るく、表情が光を放つように輝いていたから。
ああ、なんてきれいなんだろう、と見とれてしまったのだ。

 

 

実は、50歳を迎えようとする頃から、同世代たちの「決断」のニュースが次々と舞い込むようになった。冒頭の彼女のように退職を決めた人もいれば、離婚を決めた人もいる。学生時代以来、ずっと人生を過ごしてきた東京を離れて、故郷に帰る決断をした人も、子どもの独立を機に、念願だった語学留学をかなえたという人も。もっと小さなことでは、家中の「断捨離」をしたという人、ワードローブをすべて買い替えたという人、あっ、そういえば、白髪を染めるのをやめたって人もいたっけ…。

 

 

内容はまちまちだけれど、共通しているのは、彼女たちが決断と同時に、突き抜けた美しさを手に入れていること。仕事とプライベート。見た目と健康。子どもと親。夫と自分。50歳という年齢が、さまざまなベクトルにおける「今まで」と「これから」を俯瞰で、そしてクリアに見渡せるときだからなのだろう。それまで持っていたたくさんの「何か」をひとつひとつ見極めて、必要のないものは手を放し、後回しでいいものは手を緩め、その人その人の居心地のいい「無重力状態」にふわりと収まった感じに見えるのだ。そのたび確信する。これこそが本物の大人の美しさだって。

 

 

ココ・シャネルの名言のひとつに、「20歳の顔は自然からの贈り物。30 歳の顔はあなたの人生。50歳の顔はあなたの功績」があるけれど、もしかしたら、私たちには、その続きがあるのかもしれない。功績を刻んだあと、自らの意思でそれを軽やかにしなやかにして、もう一度創り上げる、次なる「顔」が。まだ無重力を感じられない私は今、何を放そう、何を緩めようとワクワクしている…。まだ、新しい顔があると信じて。

 

 

写真/興村憲彦

 

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