コロナや人種差別の危機に「文化」で応えるニューヨーク
この秋、劇場が再開したニューヨーク。リンカーンセンターではメトロポリタンオペラ史上初めて、黒人作曲家、Terrence Blanchardによるオペラ「Fire Shut Up in My Bones」が上演され、ブロードウエイでも「Thoughts of a Colored Man」という、黒人男性が主人公のミュージカルが話題になっています。ダイバーシティーを意識した動きがますます広がっています!
黒人の方々の次は是非アジア人、特に日本人に頑張ってほしいなぁと思っているのですが、そうした中、明るい話題を耳にしました。
ニューヨーク在住のジャズ・ミュージシャンの宮嶋みぎわさんが、2019年以来2年間で4つの助成金をニューヨーク市から受け取ったというのです! 宮嶋さんについては、今年2月の記事で、ニューヨーク市から「女性限定」の助成金を得たことをご紹介しました。それを含めて全部で4つ。
もちろん宮嶋さんの活動が素晴らしいからですが、アメリカ国籍を持っていなくても、才能さえあればサポートしてくれるニューヨーク市の懐の大きさにも感銘を受けました! ダイバーシティーを実現するなら、人種や国籍を問わず少数者側をサポートすることは、おのずと必要になりますよね。
宮嶋さんは受け取った助成金の1つ「City Artist Corps Grants」を使って、オリジナルのイベント「サムライ・ジャズ プロジェクト 2021秋」を10月に開催しました。
「サムライ・ジャズ プロジェクト 2021秋」では、ジャズ・ミュージシャンの宮嶋さんと、ニューヨークで波濤流の殺陣を教える道場「TATE Hatoryu NY」を主宰する香純恭(かすみ・きょう)さんとがコラボ。さらに舞台演出や作家として活動されている後藤緑さんが共同プロデューサーとして加わりました。チェルシーにある教会、The Church of the Holy Apostlesで行われたイベントには約90人が来場。無料とはいえ、予約は受け付け後1時間半でいっぱいになったそうです。
宮嶋さんが今回受けた助成金「City Artist Corps Grants」は、コロナで打撃を受けたニューヨークを拠点とするアーティスト3000人(!)に対し、5000ドルずつ支給されたもの。3000人という人数にも、ニューヨークのアートに対する理解の深さが感じられます。
イベント開催には助成金の5000ドルだけでは足りませんでしたが、Mt. Fuji RestaurantとTATE Hatoryu NY が協賛して追加の資金を確保。さらに在ニューヨーク日本総領事館、NY市立のハンターカレッジ、和食で日本とその他の国の文化をつなぐ非営利団体のThe Gohan Societyが後援しました。ハンターカレッジからは、学生ボランティアがたくさん入ってくれたそうです。
コラボしたのは、NY大学に助成金を出す基金を作った日本人女性アーティスト!
もちろん私も観に行ったのですが、このイベントで宮嶋さんと共演した、ニューヨークで活躍されている殺陣師、香純恭さんから、最近ニューヨーク大学で「マイノリティーのクリエーターを支援するファンド(=基金)」を設立されたと聞いて、また嬉しくなりました。
ニューヨーク市から何度も助成金を受け取る日本人女性も素晴らしいですが、助成金を出す側にも日本人女性がいることに感激! 文化を通じてダイバーシティー前進を目指す、お2人の思いに胸を打たれます。
宮嶋さんと香純さんは、2019年8月にも同名のイベントを開催しています。ジャズと殺陣を掛け合わせたのは、そこに多様性(ダイバーシティ)と包括性(インクルージョン)を象徴的に表現できるから。異文化のミックスって、それに慣れていない人たちは、「大丈夫?」「うまくいくんだろうか?」と警戒しがちですよね。でもその壁を打ち破れば、多様性と包括性に繋がります。
「侍とジャズってすごくキャッチーだから、そのキャッチーなものを利用して『ほら見てよ。新しいものって怖くないでしょ? 新しいものってむしろすごくいいでしょ』、って言っていきたいんだよね」と宮嶋さんは話します。
香純さんは言います。
「私達2人の共通点と言えば、このニューヨークで、0から1を作り続けている者同士ということです。みぎわさんはアジア人女性として西洋の伝統芸能であるジャズビッグバンドを引率する作曲家。私は、アジア人女性として東洋の伝統芸能である殺陣の世界を海外で開拓している殺陣師。
毎日大木にぶつかったり転んだりしながら道なき道をいく私たちが、全く畑の違うジャズと殺陣を融合することで、新しい概念や見たことのない世界に怯むことなく進み、芸術の力で少しでも世の中の陰を照らしたい。
特に世代の若い方々には、国や文化や宗教の垣根を超えて、芸術的開拓者でいてほしい、というメッセージを込めています」
香純さんが登場した演目のタイトル、「守破離」と「Trailblazer」にも、そうした思いがみてとれます。
ふたりの姿に勇気が湧いてくる。それこそが「大成功!」
このイベントでは香純さんは出演者ですが、一方で、先に触れたように、クリエーター支援のファンドを立ち上げたひとりでもあります。
かねてより、若い世代のクリエーターの支援について夫といろいろ話し合ってきた香純さん。夫の母校であるニューヨーク大学が、エンターテインメント業界&学会におけるマイノリティーのクリエーターや研究者の支援を目的とした表彰制度「HEAR US (Helping Elevate and Recapitalize Underrepresented Stories) 」を設立すると知り、そこで貢献したいという気持ちがわいてきました。
殺陣の映画もつくってきた香純さんは、映画界に関わる若いクリエーターを中心に支援できる基金設立をニューヨーク大学に持ち掛け、1年間かけて大学側とすり合わせをして基金を設立。基金の名前は、本名を冠した「Kyoko Arai Fund」。香純さんたちは50万ドルをKyoko Arai Fundに投じ、大学側はその50万ドルを運用した運用益をHEAR US運営などの原資にするもので、恒久的な制度として継続されるそうです。
香純さんの殺陣道場には子供からティーンエージャー、大人まで多くのお弟子さんが通っています
香純さんは言います。
「私自身、いちマイノリティーのクリエーターとして、ここニューヨークでくじけることなく創作活動を行い、多くのチャレンジをしてきました。未来を担う若手のクリエーターのみなさんには、是非自分たちの芸術の力を信じて、社会の影に光を当ててほしいと思います」
こうした活動に私も刺激を受けています。自分のできることで周りの人や次の世代に貢献していくことや、「多様性を尊重する社会」の実現のためにアクションすることが「素敵だなあ」と思えたら、おふたりのプロジェクトは大成功。そして「私も何かしたいなあ」と思う人の輪が拡がりそうな気がしています!