「今離婚したら、私の場合慰謝料はいくらもらえるのでしょうか?」
と相談に来た56歳のパート主婦・I子さんに説明していた「財産分与とは」の続きです。
I子さんのような一般的なサラリーマン家庭の場合、退職金以外ではご夫婦の預貯金や金融資産と生命保険が財産分与の対象になります。
預貯金や金融資産の場合、財産分与の対象になるのは結婚以来夫婦で築いてきた財産だけです。
結婚前や親からの贈与または相続による財産は、財産分与の対象にはなりません。
I子さんの家庭の場合、現在も教育ローンを払い続けているのであまり貯蓄はありません。
まとまった財産は、
・夫の財形が500万円。
・I子さん名義の貯金が300万円。
そのうちの100万円はI子さんが結婚前に貯めたお金です。
なので財産分与の対象は合計700万円となり、I子さんが手にするのはその半分になります。
お次は生命保険です。
生命保険は保障がメインではありますが、貯蓄性も兼ね備えている保険もあるので、金融資産の一つと捉えて財産分与を考えていきます。
一般的に解約をすれば返戻金が支払われる生命保険は、解約した場合の解約返戻金の額を財産分与の対象として離婚時に分けます。
解約返戻金の生じない生命保険は評価額が0になり、財産分与の対象になりません。
なお、実際に生命保険を解約するかどうかは、別の問題になります。
離婚後の生活にも保障は必要になりますから、必要に応じ継続することも考えてみましょう。
I子さんの家庭では夫の死亡保障も医療保障も掛け捨て保険を上手に利用してきたので、解約金が支払われる保険は夫が加入しているがん保険だけでした。
保険証券から判断すると、解約金は約60万円ほどでした。
ここまでの説明で
・慰謝料はもらえない
・夫の退職金はもらえるとしても総額の半分ではない
・貯金が少ない
とあり、I子さんの顔は曇っていくばかりでした。
いえいえ、そんなにがっかりしなくても財産分与の対象になるものはまだありますよ。
それは自宅です。
結婚後に自分たちでローンを組んで購入した家ですので、財産分与の対象になります。
I子さんはこの自宅の取得に際し、頭金は出していませんでした。
また名義も100%夫になっているため、自宅がよもや財産分与の対象になるとは思っておらず最初からあきらめていたのです。
自宅を財産分与にする場合は、売却し(売却をしたとして)売却価格から諸雑費を引いて、さらにローンの残債を引いた残りの金額を半分ずつにします。
自宅は、4000万円で購入。
ローンは3500万円で組みました。
I子さんがパートに出て家計を切り盛りし〝一部繰り上げ返済〟を何度が行ってきたので、ローンの残高は現在500万円。
近隣の取引事例から考えて、売却価格は物件が駅から近いという利点があるので3000万円くらいになりそうです。
となれば諸雑費と残っているローンを引いても2200万円は残ると思われますので、I子さんが手にできるのはその半分である1100万円。
これは大きな金額です。
I子さんに笑顔が戻ってきました。
さらに、財産分与ではありませんが、I子さんは長いこと専業主婦でしたので夫からの年金分割があります。
パートに出るようになってからも夫の扶養の範囲で勤務をしてきたので、I子さん自身の年金はわずかな厚生年金と国民年金で合計10万円弱しかありません。
では夫の厚生年金からもらえるのでしょうか?
答えはイエスです。
でもこの年金分割って退職金のときと同様、夫が受給する年金の半分をI子さんが受け取れるわけではないのです。
婚姻期間/厚生年金加入期間になりますので、I子さんの場合はおよそ13万円くらい。
年金分割の額は年金事務所で試算をしてもらうことができますので、事前に確かめることをお勧めしますが『ねんきん定期便』からもある程度推察することはできます。
ということで記事の冒頭にあったI子さんのおたずね「今離婚したら、私の場合慰謝料はいくらもらえるのでしょうか?」に対する回答を出してみましょう。
(ただしI子さんの主張が全部通ったとしての希望的な金額ですが…)
ざっくり計算してみると……。
・慰謝料は0円
・財産分与が総額2190万円
(内訳は退職金は710万円、預貯金は350万円、保険は30万円、自宅が1100万円)
合計2190万円となりました。
ちょっと嬉しそうなI子さんですが考えなければいけないことはまだあります。
それは
離婚後の生活がどうなるのか=いくら生活費がかかるか
です。
実家は母親と兄夫婦が暮らしているため、戻ることはできません。
アパートを借りて暮らすことになります。
ではI子さんは離婚後どのような暮らしを考えているのでしょうか?
I子さんは近所の不動産屋のを見ながら一人暮らしを想定し、いろいろな物件の賃料を調べていました。
今よりははるかに住環境のレベルが落ちるのは覚悟し、最低限の広さとバストイレ付きの物件を探してみたそうです。
すると「ここならなんとか住めそう」という部屋となると家賃は月7万円くらいだったとのこと。
そこで家賃は月7万円を想定し、離婚後の生活を試算してみました。
その際大事なのは<年金支給前>と<年金支給後>に分けて試算することです。
<年金支給前(~65歳)>
支出
社会保険料や税金を払い、食費を押さえて生活費を6万円
家賃が7万円
合計支出:約16万円
収入
パート収入が月8万円。
赤字は月で8万円、年間で96万円となります。
さらに病気やケガでの治療費用、友達付き合いなど交際費の支出として年間40万円を計上すると、8年間で320万円。
一人暮らし開始の初めの年は引っ越し代金、敷金礼金、コンパクトな家電の購入などを考え100万円の特別支出があると見込みました。
つまりは57歳から65歳までの8年間で計1188万円を離婚によって得たお金から取り崩していくことになります。
75歳まではパートを続けるつもりだというI子さんですが、65歳から70歳には収入は月5万円くらいになりそうだといいます。
70歳からはさらに減って月3万円くらいかもしれない、という見通しになりました。
ほかに収入は年金が月13万円あります。
病気やけがによる治療費用、交際費等で年間40万円を支出として見込んでおきます。
となると65歳から70歳までの5年間は毎年80万円の取り崩しとなります。
収入から生活費を引いたもの:(13万円+5万円-16万円)×12カ月×5年=120万円
5年間で120万円残りますが、ここから治療費と交際費の計40万円を5年分引くと……
120万円-(40万円×5年)=△80万円
80万円の赤字です。
さらに70歳から75歳までの5年間についても同様に計算していくと200万円の取り崩し。
収入から生活費を引いたもの:(13万円+3万円-16万円)×12カ月×5年=0円。
ここから治療費と交際費の計40万円を5年分引くと……
40万円×5年=△200万円
ここまでの取り崩しの総額は1468万円です。
75歳の段階で残金は722万円です。
平均寿命までの13年間、この残金で不足分を補わなければなりません。
年間で約55万円の取り崩ししかできません。
人生100年時代ですから、平均寿命よりも長生きをするとしたらどうなるか……。
病気や介護などのリスクを考えると、もう少し余裕が欲しいところです。
60代の間のパートの収入を増やすか、生活費の見直しをし支出を減らすか。
そのどちらも実行しないと、余裕は出てきません。
民間の賃貸から公営住宅への住み替えを実行することなども考えた方がいいかもしれません。
離婚による財産分与で手にする金額は2190万円になりそうだと喜んだI子さんですが、このような未来予想となっても離婚をしたいと思えるのでしょうか?
単刀直入にきいてみるとI子さんは、
「離婚したらどうなるか、よぉくわかりました……。
私の考えが甘かったです。
でも、離婚はします。
退職金が出る頃に。
計画は練り直します。
これからは今まで以上にしっかり貯蓄し、〝そのとき〟に備えます。
夫の扶養から外れてもいいのでパートの時間を増やし、しっかり収入を得る基礎を作ってみます。
夫だけが悪いわけじゃないんです、わかっているんです。
私も悪かったんだって思っています。
私たちはお互いに夫婦という形を築く努力をしてこなかったんです。
でもいまさら夫婦としての暮らしをつくっていく気にはなれないんです。
もうやり直しはできません。
家は売ることになるでしょうね……
夫も大変な暮らしになると思います、家事なんか今までひとつもやったことない人なんですから。
それに子どもには申し訳ないと思っています。
家を売ればあの子が帰れるところが無くなっちゃいますものね。
でもどうしても離婚して、一人で人生をやり直したいんです。
子どものことは可愛いし、確かに子育てについていえば辛い思い出ばかりではありません。
母親としての幸福な時間もありました。
でも冷えた夫婦関係で空いてしまった心の穴を抱えながら、夫に対する我慢をどちらかが死ぬまで自分に強いて生きるのはもうできません。
私のわがままです……
許されるでしょうか?」
I子さんは、離婚は自分のわがままであることを自覚しています。
家族を巻き込み、迷惑をかけてしまう。
だから許されない行為ではないだろうかと迷い悩んでも、それでも人生のやり直しがしたいという気持ちが揺るがないのであれば、行動を起こしたほうがよいと私は思います。
だって一生に一度の人生ですから。
★明るく気さくな人柄でギリコもすっかりファンになってしまった安田さん。
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